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万象  作者: 桐崎浪漫
第二章 「花の名前」(ルカ)
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18



午後4時の病室。

今日の面会は、神父が 一緒だ。


神父は、聖水を振りかけた後に

リンの中にいるヤツに 名前を聞く。


「べリト... べリト だ」


荒い息をしながら 男の声が答えた。


「父と子と聖霊のみ名の下

汝、べリトに告ぐ... 」


男の声は笑い出した。


「俺は、ベルゼブブだ! 偉大なる王だ!

地を舐めろ、俺に膝まづけ!!」


神父は詠唱を始めた。


「... 母なる神よ、教えてください

わたしが わたし自身に耳を傾けることができるように

恐れから もっと自由になって

わたしの いちばん深いところで聞こえている声に、信頼することができるよう

助けてください」


「無駄だ! おまえには俺を祓う術はない!

ケツにキスしろ!」


神父は、男の声をした リンの白濁した眼に

聖書を向け、また祈り始めた。


「... 恵みあふれる聖マリア

主は あなたとともにおられます

主は あなたを選び、祝福し

あなたの子イエスも祝福されました」


「やめろ! それを俺に向けるな!!」


「... 神の母聖マリア

罪深い わたしたちのために

今も、死を迎える時も祈って下さい

アーメン」


「あああ!! それを向けるな!!」


また聖水を振り掛けられ、絶叫すると

拘束されたまま身体を捩る。


「呪ってやるっ!!

クソ神父め! 死ぬのは おまえだ!!」


一瞬、リンの顔に

青黒い濡れた獣の顔が重なった。


人の顔をした獣は、牙の間から

黄色い液体を 神父に吐きかけた。


そのまま リンは気絶する。


神父は病室を出ると、床に倒れた。




********




「なぜ、すぐに言わなかったんだ!

おまえが魔法円のことを僕に聞いてから

もう ひと月になるぞ!」


母さんは泣きながら自分の兄、イタリアの叔父さんに電話した。

オレもジェイドに、リンが憑かれたと話すと

翌々日には 日本の空港から電話してきた。


最寄りの駅まで来たところへ迎えに行き

今は 病院へ向かう車の中だ。


神父は、あのまま入院することになった。


意識は はっきりしているし、身体にも年の割りには異常も見当たらない。

ただ、ひどく体力を消耗していた。


神父は、70を越える高齢だった。

心身を削り、無理をして臨んでいたようだ。


母さんも父さんも、オレも ひどく後悔した。

巻き込んでしまったことを。


そして今は、ジェイドを巻き込んでいる。


「ルカ! 聞いているのか?!

おまえだけじゃない。叔父さんも、叔母さんもだ!」


めずらしく声を荒げるジェイドに

「おまえを巻き込むのは... 」と言い訳すると


「これは、家族の問題だ!

日本の美徳など どうでもいい!

おまえたちは離れているから、僕を家族と思っていないのか?!」とますます怒る。


「... 悪かった。でも、父さんと母さんなりの

おまえへの愛情の示し方だったんだ」


ジェイドは やっと黙った。


アッシュブロンドの髪を くしゃくしゃと

かき混ぜ、ため息をつく。


「これまでの竜胆の様子を聞かせてくれ」


オレは、初めから順を追って話した。


てんかんの発作を起こしたことや

母さんの首を絞めて暴れたこと。

バッグから魔法円の紙を見つけたこと。

神父が祈ると、暴言を吐いて気絶すること。


「魔法円の紙は、人為的なものだな」

ジェイドは何か考え込んでいる。


「オレがリンをみた時は、青黒い猿みたいな獣人が見えた。

神父が名前を聞くと、べリトだとかベルゼブブだとか言ってた」


「このまま病院へ行こう」



病院の駐車場に車を入れると、ジェイドは

リンの病室はどこだ と聞く。


「もう少し待てよ。

まだ面会の時間じゃないんだ」


「病室には入らない。竜胆の顔を見るだけだ」

ジェイドは譲らない。


仕方なく、病室の前に連れて行く。


病室のドアをノックをすると

看護士の声が返事を返し、ドアが開いた。


「氷咲さん... 面会には まだ早いですよね?

妹さんは、眠ってらっしゃいますよ」


ジェイドは 看護士の肩超しに リンを見た。

拘束された身体は痩せ、眼の周りは青く落ち窪み、乾いた白い唇をしたリンを。

無表情になったかと思うと

ギリッと歯軋りをして、怒りの表情を露にする。


「はい、そうですよね。また後で来ます」


ジェイドの背を軽く叩き

「一度 家に帰ろう」と促すと

「神父の病室はどこだ」と、オレを睨む。


今度は内科病棟の、神父の病室をノックした。


「はい」という、神父の声。


ドアを開け、挨拶して入室し

従兄弟だ と ジェイドを紹介する。


「ジェイド・ヴィタリーニです。

イタリアの教会で、あなたと同じ司祭の身です」


ジェイドが 神父に手を差し出すと

神父は少し驚いたような顔をした。


だが、すぐにいつもの柔和な笑顔になり

ジェイドの手を握ると

「こんな格好のまま、すまない」と

自分のパジャマの胸をとんとんと叩く。


「竜胆さんのことは、聞いたかな?」


「はい、僕は エクソシストです。

今までの概要を お話していただけますか?」


神父は 咳き込みながら

自分が対峙した時の リンの様子を話した。


「私は、あの悪魔の名前を聞き出すことも出来なかった。どうか、私たちの姉妹が救われるよう

主に祈りを... 」


神父は また咳き込んだ。


ジェイドは神父の背をさすりながら

「必ず、悪魔は祓います。

お話していただき、ありがとうございました。

どうか、ご静養なさってください」と

心配げな眼を向ける。


神父はジェイドに

「いや、大丈夫だよ。本当にすまない」と、また謝り

「君のイタリアの教会では... 」と、教会の話や、なぜかジェイドの家族のことなども聞いていて

時々咳き込みながらも 明るい顔をしていた。



神父の病室を出ると、次に ジェイドは

リンの主治医に会わせろ と 言ったが

精神病棟で看護士に「医者と話がしたい」と言うと、外来の診療時間が終わるまで待つようにと言われた。


「僕は今日、竜胆には会わないよ。

負担をかけるからね」


ジェイドは、通路の窓から外を見て言う。


「明日、教会で祓う。

神父には 教会を使用する許可を得た。

... 桜は もう散ってしまったか」


窓の外には、初夏の新緑が輝いていた。


夏がくる もうすぐ。

そんなことにも気づいていなかった。




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