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万象  作者: 桐崎浪漫
竹取物語(榊)
26/620


「嫗よ。ちらと思うたのじゃが

姫を嫁にやる気は... 」


ぽかぽかと日差しが当たる縁側から振り向き

玄翁が 藤に聞いておる。


「翁よ。吾は姫に幸せになってもらいたいのじゃ。翁とて同じ心であろう?

... この吾の、美しき姫にのう」


藤は座敷で、儂の髪を梳きながら

儂を何やら落ち着かぬ気分にさせた。

執着とは恐ろしきものよ...


座敷の襖が開き、使用人の女が

「梶谷様が参られました」と伝えた。


「何?」


藤の眼が赤黒く光る。


「通すがよい」


藤は真珠の櫛を置くと、扇子を手にした。



「これは梶谷様。

ずいぶんと早うございましたな。

して、姫が所望した鉢は?」


儂は所望しておらぬがのう...

口を挟めば扇子が鳴る故、黙って成り行きを見守る。


「おう、持って来たぜ」


泰河は付き人の二人に、石の鉢を運ばせた。

得意気な顔をしているが...


「梶谷様。われ... いや姫を愚弄するか?」


「えっ?」


「これは、山寺のただの鉢である」


「やべ。バレたか... 」


「帰られるがよい」


ふん、と見下した藤に

「おい、ちょっと待てよ」と

泰河はムッとしよった。


「てめぇ、ハナから無いもんを所望しただろ? 捨ててやらぁ、こんな鉢」


泰河は 鉢を縁側から庭へ転がした。


「けどな、姫はもらうぜ。

他のヤツだって物は持って来やがらねぇよ」


「はじ(鉢)も捨てたか!」


パン!と、扇子が鳴り

泰河は「うおっ」と身を縮めた。


「帰られよ!」


泰河は「くそ、ダメか... 」と、屋敷を出た。



泰河が来てから、一月程経ったであろうか。

次は 朋樹が参ったという。


「姫、蓬莱の玉の枝だ」


銀の根に金の枝

その枝には真珠の実がなっておる。

なんと、このような美しい物が

この世にあったとは...


だが、儂が手に取る前に

藤が「どこに生えておりましたので?」と

手に取った。


「ん?! いや、海を越えた異国に... 」


「ほう... 暫く お姿を隠しておられたが

異国に参っておられた、と」


「あ、まあ... 枝を探しに、ね」


どうも挙動がおかしいのう...

玄翁も ハラハラと見守っておる。


藤が もう一度「ほう」と呟いた時に、細工職人だという男が 屋敷に上がりこんできた。


「ちょっと、雨宮さん!

何勝手に 枝 持ち出してるんすか?

それ、代金まだっすよね?」


さては、異国に自生しておったものではなく

細工職人に作らせた偽物のようじゃな...


「... ほう」


三度目に藤が言うと、朋樹は肩を落として

屋敷を出た。


「たまさがなる であったが...

もう お見掛けすることはなかろうのう」と

藤は枝に呟いた。



蓬が来たのは、それから十日程後。


「唐の商人から買い取った」と

赤い皮袋を差し出した。


藤は庭で、使用人に火を起こさせる。


「火鼠の裘ならば、燃えますまい」


皮袋は ぶすぶすと燃えた。


「あえなし... ホホホ」


蓬は とぼとぼと帰って行った。



「姫よ、羊歯様は龍を探し海に出られたが

事故に遭われたようでのう...

病に臥せっておられるようじゃ」


不憫そうに玄翁が言うと、藤が


「おお、聞いた噂によると

珠は見つからなんだが、両の眼がすもものようになっておられるという。

あな耐えがたいのう... ホホホ」


「これ、嫗よ... 」


羊歯は棄権したようじゃ。



浅黄は、燕の子安貝らしきものを どこぞの屋根で見つけ、よじ登って手に取ったようだが

それは燕の糞であったという。


「それはそれは 貝もなく

いや、甲斐なしじゃのう... ホホホ」


おまけに屋根から落ちて腰を打ち

床にふせっておると聞いた。


気概ないのう...


儂は使用人に「待つかいもない」と、残念であったことを書いた文を浅黄に届けさせると、浅黄から「かいはなく ありけるものを」と返歌が届く。


浅黄は、儂の手紙に喜んだようだが

藤が 扇子で浅黄の返歌をパタパタと扇ぎ

「姫の手紙に 甲斐あり であったであろうが

どうやら そのまま亡くなられたようじゃ」と

わざとらしく赤黒い眼を臥せて見せた。



「おお、公家の方々は悉く失敗されて

残念であったのう、姫よ」


ホホホ、と藤は笑うていたが

玄翁が「帝から書簡が届いたようじゃ」と

その書を開くと、藤の笑いは止んだ。


「... して、帝は何と申されておる?」


「姫を貰い受けたい、との事じゃ」


まったくのう...

儂はため息をついた。


「儂は行かぬ」


ぼそりと言うと、藤は顔を明るくした。


「そうじゃのう... ホホホ。

いくらなんでも、身分違いであるしのう。

翁よ、帝には?」


「丁重に御断り申したが...

実はのう、もうこの書簡で三度目なのじゃ。

一目でも見たいと御執心じゃ」


藤は パン! と扇子を鳴らした。



「このような狭い屋敷に、仰々しくいらっしゃるとは... ホホホ」


「これ! 嫗よ... 」


帝が 座敷に上がられた。


儂等は 三人並んで頭を垂れておったが

「顔を見せよ」と、仰せになり

儂は顔を上げた。


「なるほど、美しい」


帝は年若く、まだ二十にもなっておらぬと見える。


りりしい眉の下の奥二重の黒い眼。

少年を脱したばかりの頬。


「さて、榊よ。

俺の元に来るか?」


帝は 儂の眼をじっと見た。


藤が頭を垂れたまま、ピシッと小さく扇子を鳴らし、玄翁が小声で嗜めておる。


「儂は... 」


どう御答えすればよいものか...


帝には、ガツガツしたところはなく

男であるという気がしない。


いや、男に違いないのだが...


つまり、儂は 嫌ではなかった。

はて嫁ぐとはこういったものであろうか?


迷うておると、襖が開いた。


「何者じゃ? 帝がおられるのであるぞ!

すぐに立ち去られよ!」と

帝の付き人達が立ち上がる。


開いた襖の向こうには白蘭が立っておった。


「私は 月より参りました。

そこにおられる美しき姫は、月の者です」


白蘭は 長い白髪の下の大きな黒い眼で

儂に微笑みかけた。


「時間です。

あなたは、月に帰らねばなりません」


「待たれよ!」


藤が頭を上げて言う。


「姫は、吾の... 」


白蘭は首を横に振り

「いいえ、嫗。

あなたの姫はこの方ではございません」と

眼を臥せた。


「この薬を差し上げましょう。

飲めば、不老不死となります」


「要らぬ! 姫がおらぬのであれば... 」


立ち上がろうとした藤を、玄翁が宥めた。


「姫よ。

お主と過ごした時は、夢のようであった。

どこにおろうが、お主を思うておる」


玄翁の言葉に頷く。


「儂もじゃ、玄翁。... 藤ものう」


儂が立ち上がると、白蘭が薄絹のような

羽衣を儂の肩にかけた。


「榊よ」 帝が言う。


「俺を覚えておけ」


庭に降りた牛車に乗り込むと

牛車は浮かび、月に駆けた。



********



「なかなか起きませんね... 」


「娘よ、心配なようだな」


... しかし俺も、こうして河を見つめているのにも飽きてきた。よく寝る狐だ。


月詠命は、娘が撫でている黄白色の狐の側に

またしゃがみ

「貸してみろ」と、狐を抱き上げました。


「どうなさるのですか?」


娘は不安そうな顔で

月詠命の腕の狐を見つめます。


「眼が覚めぬのなら、相場は決まっておる」


月詠命が狐のまぶたにくちづけると

娘は ぽっと頬を赤くしました。

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