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万象  作者: 桐崎浪漫
竹取物語(榊)
27/620


瞼を開くと、誰ぞに抱き上げられておる。


「帝?」


「覚えておったか」


帝は 儂を地に降ろした。


「榊さん!」


「おお! 娘... 柚葉ではないか!」


ならば、ここは...


「幽世だ」


帝が言うた。


先程までは、夢であったか。

儂は やはり首を落とされ死したのじゃな...


「死しても術が使えるとはな。

なかなかのものだ」と、帝が言うが

「先程まで、夢の中で人化けしておった故」と、ぼんやりと答えた。


「それでどうする? 俺の元に来るか?」


何? それは 夢ではなかったか?


よくよく見ると、帝は白い神御衣かんみそを身につけておった。この国の神の衣類を。


「まあ正しくは、俺に仕えるか と

いう意味だが... 」


「月詠さま! あれを!」


月詠 じゃと... ?


娘が大きな眼を見開いて、儂の背後を指差した。


柔らかな草と野の花の河のほとり

振り向いた背後の野原には、男が一人

倒れておる。


「泰河!」


儂が駆け出そうとすると、帝が止めた。


「榊、お前はまだ幽世の者ではない」


「それが何じゃ?!

あそこにおるのは、儂の... 」


「あの男には、お前が見えぬ。

娘にまかせるがよい」


見えぬでも、儂は側に行きたかった。


泰河


泰河よ、何故ここに来たのじゃ

こんな... このようなことが...


娘が泰河の側に着くと、泰河は身体を起こした。


「榊、見ろ」


帝は 河を指差して儂に言うた。

また振り返ると、あまの星々が流れる大河に

靄がかかり、白い橋が渡った。


「あれは、帝が?」


儂が聞くと、帝は「俺ではない」と答え

「いつまでも帝と呼ぶな。月詠だ」と

片方の眉を上げて儂を見た。


「おもしろい。無理に界を開きおった。

... あの男を取り戻す気だ」


朋樹じゃ


あれは、我ら狐には出来ぬ術じゃ。

しかし反魂は...


「俺の眼の前で、禁を犯している訳だが」


そう 反魂の術は

人であっても禁咒であると聞く。


世の摂理を侵すことになる。


施した術者にも、その罰は跳ね返ると...


泰河は、娘と歩き出した。

白い橋に向かって。


「さて、戻れるものかな」


「月詠様。橋の向こうは現世でありましょう?

どうか、このまま泰河を

そして朋樹も見逃しては頂けませぬか?」


月詠尊は袖の中に腕を組んだ。


「まあ、良いだろう。お前が犠牲となれ」


月詠尊の黒い眼には、まったくに心がなかった。


泰河は娘と別れ、橋を渡り出しておる。

儂は 元の姿になって走った。

この方がずっと速い。


橋の袂に着くと、娘が儂を引き止める。


「榊さん!ダメよ!

私や あなたはもう、戻る身体がないの。

さ迷うことになってしまうわ」


「かまわぬ。

柚葉よ、また会えてよかった。

お前が儂の首を繋げたのだな。礼を言うぞ」


娘は 儂を抱き締めた。


「榊さんが私を食べたから、それが施しという私の善行になったの。

お腹なんて空いてなかったんでしょう?

橋を渡り切らないで。お願いよ... 」


だが 娘が離れると、儂は 橋に足を踏み入れた。


深く白い霧の中を泰河の匂いを辿って進む。

足を速めると、泰河の背中が見えた。


泰河


名を呼ぶのを堪える。


橋の中央を越えると、橋の下から

長い長い腕が幾本も伸び、泰河を掴もうとする。


阻むな


儂は胸の宝珠を身の中で燃やした。


どうせ塵となるのだ。

もう意思も こころも要らぬ。

さ迷うのなら、ただ風に乗ってほどけるのがよい。


阻む腕は橋の下へと戻っていく。


泰河が立ち止まった。

もう、橋は終わるではないか...

そのまま行くのじゃ。


そうでないと、橋は綻び始めておる。


朋樹は、反魂に集中出来ぬ状態なのであろう。

橋の向こうに まだ藤の気配がある。


儂の隣に誰かが立った。


人じゃ 小さな嫗であろうか。


温かな気配のそれは、泰河に語りかけると

天へ戻って行く。


泰河が橋から出た。


よかった 無事に渡り終えた。

もう来るのでないぞ


橋が滅んでいく。


儂は、どこに墜ちるのであろう?

宝珠も使いきり、もう一歩も踏み出せまい。


海を 見てみたかったのう


足元が割れると、身体ががくりと落ちる。


「まったく、お前という者は

何故他の者のためばかりに動くのだ?」


堕ちた先は、あまの大河のほとりであった。


「月詠様。なぜ?」


月詠尊は 袖の中から片手を出し

自身の顎を指で撫でる。


「お前を見殺しにしておれば、娘が黙っておらぬからな。父神が娘を気に入っておる。

俺も邪険には出来まい」


「それでは、泰河や朋樹は... ?」


「心配するな。何の咎もない」


月詠尊はそう言うが、何かが禁の犠牲にならねば、摂理が狂うはずじゃ。


「榊よ、犠牲になるのだな?

ならば塵にはならず、俺に仕えろ」


「それで事が済むのであれば、喜んで」


月詠尊は片方の眉を上げ

「お前は俺が気に入らぬか?」と憮然とした顔をされた。

なんじゃ、子供のようじゃのう...


「そのようなことはございませぬ。

儂のような者でよろしければ、喜んで仕えましょう」


「まあ、よい」


そうは申されるが、まだ口は曲げておられた。


「禁のひとつやふたつ、犯すのが人であろうよ。この程度であれば俺が揉み消せる。

こう見えて、夜を統べておるからな」


「存じております」


儂が少し笑うと、月詠尊は口を曲げたまま

「宝珠は戻してある。人の姿を取れ」と

申された。


儂が人化けすると、月詠尊は儂の胸に手のひらを付けられた。

胸の宝珠が熱くなる。煮えたぎるようじゃ。


「榊よ。お前に 空狐の位を与える。

お前は界の番人となるのだ。

俺が命じる時に界を開け。良いな?」


「御意」


「どこにおろうが、俺が呼べば応じろ。

俺の前では、タイガやらトモキやらなどと

他の名ばかり口にするでないぞ」


「仰せのままに」


拗ねておられたか。


思わず くすくすと笑うと、月詠尊は儂の胸から手を離して 袖の中で腕を組み、ふいと横を向いた。


それにしても、なんと儂が空狐とは...


「勾玉が呼ばれておる」


月詠尊は

「またタイガやトモキのようだ。

なんなのだ、あいつらは」と

首にかけた白い勾玉を河へ投げ込まれた。


「ハクビ、行け」


ハクビ? それは...


いつの間にか、白蘭が立っておった。

長い白髪や黒き眼の幼き顔に変わりはないが

子らのように四肢には獣毛があり、白い狐耳と白い狐の尾が付いておる。


白蘭... いやハクビは、月詠尊に頭を下げると

儂に「榊様、また後ほど」と微笑み

新たに河に架かった橋を渡って行った。


「榊さん!」


娘が また儂に抱き付いた。

細い背に腕を回し、とんとんと叩くと

「よかった」と、儂を一層強く抱き締め

ようやく腕をほどいた。


このように腕に抱かれるというものは

なかなかに良いものじゃ。


「月詠さま、ありがとう」


娘はお辞儀をし、おかっぱの髪を揺らした。


「娘。あの男を橋に導いたな。

禁はどうであれ、それはお前の善行となる。

何か褒美を取らせよう」


娘は ニコっと笑い


「じゃあ、榊さんにも洋服をプレゼントしてください。だっていつも着物だもの。

洋服もきっと似合うわ。見てみたいの」


そういえば、娘は着替えておる。


「儂は洋装は ようわからぬ故... 」


「女の子はオシャレしなくちゃ!

ね、月詠さま。

秋にはシックな色がいいと思うの。

だって、木々が紅葉や黄葉になるでしょう?

私とお揃いにしようよ!」


秋ならば しっくな色か...


月詠尊は、ふむ と頷き

「褒美はそれで良いのか?」と娘に問うた。


「何か自分のことに使うがよい」

儂も言うが、娘は讓らぬ。


「私、社会に出たらデザイナーとかね

それが無理でも洋服に携わる仕事をしてみたかったの。

今着てるこれも、自分でデザインしたのよ」


月詠尊は「良いだろう」と

袖の中に組んだ腕を出し、指を鳴らした。


儂の着物は娘と同じ洋装に変わり

河のほとりには、大きな作業台とミシンが現れる。


「俺のも作れ」


月詠尊がもう一度指を鳴らすと、作業台の周りにバサバサと様々な生地が山の様に重なった。


「すてき! 榊さん、かわいい!!

月詠さま、本当にありがとう!」


可愛い、とは...

この年頃の娘は 何にでもそう言うのう。


足元が すうすうするが、まあ満更でもない。


「榊よ」


月詠尊に呼ばれ、身につけた洋装から眼を上げると「界を開いてみよ。現世うつしよだ」と仰せになった。


儂は無意識に、片手を肩の位置まで上げる。

すると、河のほとりに扉が現れた。


「よし」


月詠尊は満足そうな顔をされ、儂に頷く。


「戻れ、榊」


「なんと?」


呆けたように儂が聞くと、月詠尊は

「俺が呼ぶまで現世におれと言っている。

お前は現世にて界の番をするのだ。

首の紅い線は残るが、お前の身体はまだ現世にある」と...


また、会えるのか?

玄翁や浅黄に 泰河や朋樹にも

儂は里に戻れるのか?


「月詠様... 」


とても、言葉にならぬ。


「お前は美しい。側に置いておきたくはあるが、じっとしておれる性分でもあるまい。現世にて駆け回っておるがよい。

扉に入る時、会いたい者共を心に想い描け」


「榊さん、またね。

似合いそうなワンピースを作っておくね」


儂は 娘を抱き締めた。


扉を開くと、青空に 四の山の秋の木々。

懐かしく愛しい者たちの匂いが 胸を占める。


「榊」


月詠尊は 儂にくちづけた。


「行け」


呆けたまま足を踏み出すと

背後で扉が閉じた。


扉が消えると、秋の颯爽とした日差しの下の

いばらにからたちの白い花


泰河が、花から 儂に眼を移した。







********   「竹取物語」 了

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