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「娘。何をしておる?」
「月詠さま。
首を縫っておりました」
野の花が咲く天の大河のほとりに 娘がひとり。
黄白色の狐の落ちた首を拾い
その身体に縫い付けておりました。
「ふう。できました」
月詠命は、満足気な娘の膝に眠る狐の首に
りりしい眉をしかめました。
下手だな...
縫い目が出ているじゃないか。
「ふむ... 」
月詠命は、娘の側にしゃがむと
ぐるりとガタガタの縫い目がついた狐の首に手を当てます。
「おや?
この狐からは お前の匂いがするぞ」
「私がウツシヨで死した時、狐は私を食べて弔ったのです」
「左様か。情け深い狐よ。
父神がお前の元へ降りたのも、この狐の取り計らいにあるのだな」
月詠命が手を離すと、狐の首の縫い目は消え
ぐるりと紅い線だけが巻きました。
幾分はマシになったか...
「目を覚ましませんね」
娘が首を傾げると、おかっぱの髪の毛先が揺れました。
「夢をみておるのだ。
しばらくすれば、覚めるであろう」
月詠命は立ち上がり、さらさらと碧白に輝く天の大河の流れを見つめました。
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... ここは?
「おお、姫よ。
今朝もまっこと、眩しいばかりの輝きじゃ」
「玄翁? 何を言うておるのじゃ?」
里の屋敷ではないのう。
む? 玄翁は何故袴など穿いておるのか?
「舶来品は洒落ておる」と
普段よりもっぱら洋装を好んでおるのに。
「姫よ、美しき髪を鋤いて差し上げよう。
真珠細工の櫛を姫にいただいたのじゃ」
しとやかな女の声に振り向くと...
「藤!」
藍の着物を身につけた藤が、半月の真珠の櫛を片手に眼を丸くした。
「姫、いかがした?」
「おのれ、白蘭を... 」
立ち上がり、言葉にしてハタと気付いた。
そうじゃ
儂は、この藤に首を落とされたのじゃ。
此奴が ここにおるということは
玄翁や浅黄、泰河や朋樹の何れかの前に
倒れたということであろう。
ならば、玄翁も... ?
「姫よ、これは嫗ではないか。
姫が竹より生まれし三寸程の頃より
誠の母のように姫を育てて参ったというのに。
悪い夢でも見たのかのう?」
「おうな、じゃと?」
どうしたのじゃ、玄翁...
さては幻惑されておるのか?
しかしここは幽世や黄泉のはず。
果たして術など使えたものか?
「よいのじゃ、翁。
姫はもう、年頃の娘である。
時に こうしたこともあるのであろう」
藍の着物の袖で口許を隠し、楽しそうに
「ホホホ」と笑うた藤は
なんと儂に、愛しげな眼差しを向けた。
なんなのじゃ、これは...
うっかりと聞き逃す所であったが
“竹から生まれし三寸” とは?
まるで 竹取の物語ではないか。
その上、儂を姫などと...
はっ
着物の袖や帯に眼をやると
なんということか、狐火のような美しい緋地に、五色の花や金糸や銀糸の花が咲く。
同じ緋地の上等な帯には、紅玉の留めが巻かれておった。
素晴らしい...
思わず、うっとりとする。
「おう、そうじゃ姫よ。
毎夜のことではあるが、姫を一目見ようと
公家の方々が屋敷に覗き穴を開けるのじゃ。
いくら壁を塗ろうと、追い付かぬ程にのう」
「なっ... 覗き穴じゃと?」
玄翁は、ふむ と困った顔で頷いた。
「夜這いであるのう。
ついては、婿殿を選んではいかがか?」
「婿?! 何を言うておるのじゃ?
玄翁、儂は婚姻など... 」
「ホッホッホッ」
藤... その笑い方は なんとかならぬものか...
「姫よ、怖じ気づかぬとも良いのじゃ。
姫の年頃になれば誰しも婚姻するものじゃ。
姫は珠のように美しく成長いたした故
良い婿を選ぶことが出来よう」
藤は 儂をまたあの眼差しで見て
「ホッホッホッ」と、口元を隠した。
「おお、やっぱ美人だな」
泰河... 梶谷 皇子が口笛を吹いた。
「そうだな、絶世の美女と言ってもいい」
朋樹、雨宮 皇子は手の扇を鳴らす。
「... 朝露の 珠にも優りし きよげな君」
右大臣 蓬 御主人は下手な歌を詠み
大納言 羊歯 御行は恋の唄を唱和し
中納言 浅黄 麻呂は笛を吹いている。
「これはこれは、よう参られました。
こちらは私共の娘の サカキ姫と... 」
「オレが嫁にもらうぜ。帰れよ、おまえら」
「おい、待てよ泰河。
おまえが選ばれる訳ねぇだろ」
「姫よ... 世のどのような宝ですら、あなたに優るものがあろうか?」
「私の全ての財産を差し上げよう」
「俺なら、理解者になれる」
此奴等は本当に、儂が榊じゃと
わかっておるのだろうか?
姫 姫と、眼の色変えて気持ち悪いのう...
まるで幻惑されておるようじゃ。
白金の刀がここにあれば、まとめて魔境など断ち斬ってやるものを...
オレがオレが と騒いで話にならぬ。
口を開こうとした時に、藤が扇子をパン!と閉じた。
「静まるがよい」
皆、一様に藤を見る。
「... ホホホ。よう集まられた。
良い御方ばかりじゃのう、姫よ」
変わり身が早いのう。
藤は口元を扇子を持った着物の袖で隠し
楚々とした穏やかな眼を公家らに向ける。
「む? 儂は、婚姻など... 」
「おお! 姫よ、そうであった!」
藤は大きな声で、儂の話を遮った。
「良い方ばかりで、どうにも選びきれぬ。
じゃが、年若い今は良いが
姫が老いた後は どうであろうかのう?
他に目移りされはせぬか、姫は生涯愛され護られるのであろうか...
吾も嫁に出すのは不安にございます故」
眼に入れようと痛うない娘であるしのう... と
ぼそりと藤が添えると、何故か皆
ゾッとしたように顔から血の気が引いた。
「うむ、そうであるのう。我等は もう歳じゃ。
姫より先に冥土へ向かうであろうしのう」
いやいや、そうとは限らぬではないか。
儂らは疾うに寿命を遥か越えておるのだし。
儂が口を挟もうとすると
藤がまたパン!と、扇子を閉じた。
「けど、ちゃんと大切にするぜ」
「どうすれば信じるんだ?」
藤は声を出さずに ニコリと笑った。
「皆様には、姫の所望する品を用意していただきたく... 」
「おお、それは良い!
儂は アジの一夜干しなどが」
パン! と扇子が鳴る。
「まずは、梶谷様。仏の御石の鉢を」
「えっ? 何それ」
「お次は雨宮様。蓬莱の玉の枝を」
「いや待って。それ、実在したかな?」
「蓬様は火鼠の裘、羊歯様は龍の首の珠を、
浅黄様には燕の産んだ子安貝を御願いいたします」
公家達が渋ると、藤は「おや」と
扇子の上から赤黒い眼を流して向ける。
「まさか、皆様。その程度のお気持ちで
この美しき姫を娶りたいと申されておると?
それでは とてもとても... 」
「いやいや、違うって!」
「もちろん持って来るよ」
「すぐに取りに向かおう」
公家たちが口々に言うと、藤はホホホと笑い
「姫よ、楽しみでありますのう...
それでは殿方、今夜は引き取られよ」と
屋敷からさっさと追い払うた。




