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万象  作者: 桐崎浪漫
第一章 「狐」(泰河)
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バンガローのベッドで目を覚ますと

窓から 朝日が差し込んでいた。


いくらも眠れなかった。

朋樹は 反対側の壁のベッドでまだ寝ている。


シャワーで固まった血を流し

着ていた血まみれの服は捨てる。


汚れたジーンズを穿き、タオルを肩にかけたまま、キャンプ場の事務所に向かった。

シャツの一枚くらいあるかもしれない。


狐たちはまだ、祠の近くにいて

なにか話し合いをしている。


「泰河」


浅黄が駆け寄って来た。


「これからここに、周辺の山神が来訪する。

今、玄翁はそのための話し合いで出られぬが

大変に感謝している。俺もだ。」


「いや、そんなことは... 」


「世話になったが、もうひとつ。

山神との話し合いに、泰河と朋樹にも立ち会ってほしいそうだ。人の白い勾玉の件だ。

疲れておるだろう? 出れるか?」


「ああ。じゃあ朋樹が起きたら、話し合いに顔出すよ」


「本当にすまない。泰河」


「ん?」


浅黄は朝の空気に

溶け入りそうな顔をしていた。


「俺は... 」


浅黄は後ろを向き、祠の方へ戻っていった。

護れなかった と、言って。


事務所の鍵を開けて、部屋の隅にあるいくつかの段ボール箱を開けると、濃紺のパーカーが入っているやつがあった。

違うサイズで何枚もあるので、何かの催しで使うものなのかもしれないが、そこから一枚 一番大きいサイズの物を取って着た。


インスタントコーヒーを見つけたので

ポットに湯を沸かして淹れる。


紙コップから湯気が上がるのを見ながら

榊のことを思った。



アジの開きが 気に入ってたよな


派手な着物ばかり着て

すぐ怒り、よく笑う


切れ長の眼を

大きくしたり 細めたりして


狐火の下で、線香花火なんかを

なんて可愛い とか、普通の女の子みたいに言って


サイダー飲んで、でかいゲップ出しやがってさ


湯気を見ながら少し笑うと

ひどく泣きたくなった。



護れなかった


オレもだ


すぐ側にいたのに


今すぐに帰りたかった。

誰の顔も見たくない。


だけど、玄翁や浅黄は

オレらよりずっと榊と付き合いが深い。


山神との 話に 出なければ

榊は、この件で

だから、最後までちゃんと...


熱いコーヒーを 一気に胃に流し込むと

事務所を出た。



にゃあ という声がして足元に眼を向ける。


「露」


露はジャンプすると、胸の位置に収まった。


「独りで来たのか?」


返事の代わりに、オレの顎の下に

小さな頭を押し当てる。


小さく温かい露を腕に抱いたままバンガローへ向かうと、朋樹も目が覚めたようで

オレが着く前にバンガローから出て来た。


「コーヒー」


寝不足の疲れた顔で朋樹が言う。


「... の、匂いがする」


「飲んできた。インスタントだけどな」


「オレの分はよ?」


「知らねぇよ」


「気ぃ利かんよな、相変わらず...

後で 沙耶ちゃんとこに飲みに行こうぜ」


「おまえは、オレに対する礼儀が

なっとらんけどな」


「なんの話だよ、それは」


あくびをする朋樹に「ありがとうな」と

言って、オレらは祠へ向かった。


祠の前には、玄翁、浅黄

その背後に羊歯や狐たちが控え、白尾がおり

史月と、金毛の猪神、白い狸神と

青い着物の女... 蛇神がいた。


「先に話した、泰河と朋樹じゃ」


玄翁に紹介され、軽く会釈だけをする。


「それぞれの山の勾玉を取ってくれぬか?

此度は、儂の種の者が迷惑をかけた」


玄翁の手から、皆それぞれに片割れの勾玉を取った。


「これが、人の勾玉であるか... 」


玄翁の手に翡翠の勾玉がひとつと

白い勾玉が残っている。


「初めて見るのう」


「最近は、さほど山で祈る者もおらぬ故

我が山の勾玉のことも、さして気にかけておらなんだが... 」


「これは、人が持つと良い」


オレと朋樹は 眼を合わせた。


「いや... 」


断ろうとすると、露が玄翁に駆け寄って鳴く。


「露よ。

これを人里の社、人神の元に戻してくれぬか?」


露は もう一度鳴いて、白い勾玉を咥えた。


「山の長のことであるが... 」


どうやら、六山の長を決める話し合いに入った。

玄翁が長に、と 山神たちに言われているが

里のことで忙しい故、と 断っている。


オレは 上の空でその場にいたが

蛇神が長になったようだった。


ようやく、義務から解放された。

静かに長い息をつく。


新しい長の祝いと白尾の紹介を兼ね、これから

この山で酒宴を開くとなったが

オレらは最初だけ居て、その後は早めに帰ることにした。


広場の中央に酒宴の準備をするらしく

皆、祠からそちらへ移動する。

朋樹は露と遊んでいるし

オレは独り、ふらふらと歩き回った。


いばらに 白いからたちの花


そこには藤の姿もなく

榊の刀もない。


藤は、白い橋の向こうで

あの子に会えたのだろうか?


なんとなく、花の側に座り

朝日を浴びるその白い花を見る。


こうやって じっくりと花を見たことは

たぶん 一度もなかった。


隣に、焦げ茶のブーツが見えた。

低いヒールの


見上げると、膝丈のスカート。

キャメルの皮のジャケットに

パープルのリブニット。


黒く艶やかな長い髪の...


「どうじゃ? 泰河」


榊...


嘘だ


「娘が、お揃いにしたのじゃ。

秋の装いには、こうした しっくな色合いが

良いと聞いてのう」


榊は 隣にしゃがんで、オレを覗き込んだ。

切れ長の眼で。


「似合わぬか?」


オレは、言葉にならず

首を横に振る。


胸が熱い。


「むっ、似合わぬか... 」


「... いや」


掠れた声で呟く。

似合うよ、と 続けたかったが

涙が溢れそうになる。


「夏は海じゃ!

ちゃんと覚えておろうのう?」


連れて行くよ、もちろん。


なんとか頷く。


「榊」


いつの間にか、浅黄が近くに来ていた。

朋樹と玄翁も口を開けている。


「今、戻った」


榊は立ち上がって言った。


「見よ」


長い黒髪を、両手でひとつにまとめ

白い首を露にする。

首にはぐるりと、紅い線が巻いていた。


「儂は幽世にて、人神様に

様々な界を繋ぐ番人に命ぜられたのじゃ。

なんと、空狐の位であるぞ!

玄翁、金の帯は儂の物じゃ」


言い終わる前に、玄翁が榊を抱きしめた。


「... よう 戻って来た よう

帯でもなんでもくれようぞ、榊よ」


露が榊の背に飛び付き、肩に乗る。


「朋樹! アジ食い放題じゃ!」


朋樹は眼を潤ませ

「おう、夏にな」と、普通を装った声で答えた。


「榊」


浅黄が、玄翁の背をさすっている榊に

「俺は おまえを護れなんだ」と 言う。


「里で共に育ち、妹のように思うていたのに」


なにを言うか、と

玄翁と離れた榊が浅黄に近寄る。


「おまえには いつも護られておる。

おまえがおるから 儂は好きに出来るのじゃ。

此度は儂の不注意じゃ。

ふぁっしょんせんすは儂が上だがのう」と

浅黄の頬をつまんだ


「... 全部、柚葉ちゃんの受け売りじゃねーか」


オレが呟くと、榊は「申すな、泰河!」と

慌てて口止めをする。


「さあ、夜とは言わず夜明けまで

とことん飲むぞ。わかっておろうな?

何せ儂の、空狐祝いであるからな」


そうだな


夜とは言わず夜明けまで


からたちの花は明るい日差しを受ける。

見上げると、雲ひとつない秋晴れの空だ。


榊は露と広場の中央に走り

慣れないヒールで転びかけた。


「コーヒーは、明日の酔い醒ましだな」


また走る榊の後ろ姿を見ながら、オレが言うと

朋樹が「しょうがねーよな」と 頷く。


草の上に あぐらをかき

浅黄が史月に捕まっている様子を見ながら

湯呑みに注がれた酒に口を付ける。


青空に、赤や黄色の木々が映える。

きっと夜には月の下に狐火も上がるだろう。


霧の中では、憂鬱だったが

秋の山も悪くない。


「泰河! 飲んでおるのか?」


榊が オレの湯呑みに、どぼどぼと

溢れるまで酒を注ぎ足す。


「おい!待てって!」


広場には あちこちから笑い声が響く。


うん、悪くないな

オレも笑って酒を飲んだ。






********    「狐」 了

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