98.だからこそ向いているんですけどね
男は手を握ったまま言葉を続ける。
「ラゴギョノテ討伐の立役者が一緒とは心強いな」
「いえ、運が良かっただけですよ」
「あはははは」
「何かおかしなことを言いましたか」
「君達は演技が下手すぎる。いや、君達ではなく、クーディ達がな。たぶん、これは面接なんだろう。俺は三人目か四人目ってところか。君等四人はともかく、クーディ達は慣れた様子が見て取れる」
どうもこの男は今までの者達とは異なるようだ。十分な観察眼を持っている。
貴族の子弟らしからぬ物言いもしている。
「クーディ達をご存知ですか」
「この街で冒険者に関わるような者なら皆知ってるさ」
「そんなに有力な冒険者でしたか」
振り返るとクーディ達はブンブン首を横に振っている。そこまで大層な冒険者パーティでは無いと言いたいようだ。
男は軽く続ける。
「いや。武芸だけなら、かろうじて中の上って所だな。それよりもどんな依頼でも確実にこなして、顔も広いのが良いのさ。総合で考えると、この街で五本の指に入るだろうな」
再び振り向くと、未だに首を横に振り続けていた。自己評価が低いと言うより、そんな風に思われている事を知らなかったのだろう。
「貴族の子弟と伺っていましたが、冒険者の事も詳しいのですね」
「男爵の三男ともなると、平民と変わらんさ。一番上の兄は、今年中か来年には男爵位を継ぐだろう。すぐ上の兄は、別の男爵家に婿入りしている。兄には長男もいるしな」
なるほど。もう予備の意味も無いと言う事らしい。仮に兄が急逝しても、その子が継ぐ事になっているのだろう。
兄の子を長男と言うからには、下に次男三男も居るのだろう。
この男が三男なら、長兄は三十五歳以上だろう。子供も十数歳にはなっている筈だ。もしもの時は、この者が後見として立つ事になるのかもしれない。
「俺にも既に平民出の女房子供がいるからな。三男坊など端から貴族などと思っちゃいないさ」
「それで伯爵令嬢の護衛指揮が務まるのですか」
少し意地悪くユーリが問い掛けた。ラフなのは構わないが、それでは他領や王都で馬鹿にされるのでは無いかと。
男はクスリと笑うと、言葉を改めて話し出した。
「これでも貴族の出身です。他の貴族への対応も弁えております。お嬢様にご迷惑をお掛けする事は無いと愚考いたしております」
「我々にそのような言葉遣いは不要ですよ」
「分かっている。だが貴君は異国の者のようだ。礼は必要であろう」
まるでユーリを、上官か上の貴族に見立てたような物言いに変わっている。
これなら他領の領主や代官などと話すのも問題ないだろう。
と思えば、今度は平民に対する貴族のような言い方に変えている。
使い分けも自由なようだ。三男とは言え、なぜ婿養子になるなどして貴族位を継がなかったのだろうか。
「今までに会った貴族子弟より、はるかに貴族に向いてると思いますが」
隊長やギルド長のほうを向いて、ユーリが告げる。
ギルド長は同じ感想を持ったようで肯いている。
隊長の方は自分が推薦した事もあるのだろう。少し自慢げにも見えた。
だが、その男はユーリの言葉に真っ向から反論してきた。
「冗談じゃない。領地を治めて、領民に気を配る。言っちまえば只の管理人だ。貴族なんて面倒臭いだけだぞ」
「それを理解出来る貴方が、だからこそ向いているんですけどね」
能力と性向が向いていない例なのだ。
貴族を管理人と言い切る。本質が分かっている事の、この上ない証拠だ。
その男にとっては、貴族の三男として産まれた事は喜ぶべき事なのだろう。王家や領主にとっては途轍もない損失に違いないが。
領主が奥の扉から姿を現した。息子と娘を伴って。
それを見た指揮官候補の男は驚いていた。
これが面接、試験である事は予測できた。だがまさか領主自らが試験官であるとは、予想もしていなかったのだ。しかも次期領主である嫡男と、今回の護衛対象である息女まで一緒なのだ。
慌てたように両手を胸に当てる礼を取って、名乗りを上げた。
「自分はスサジ男爵が三男、ドルーチと申します。この場での失礼の段、どうかご寛恕願います」
貴族、領主を管理人扱いしたのだ。
男爵である隊長、子爵位のギルド長は笑って許してくれるだろう。だが辺境伯である領主はどうか。賢侯である事は知っているが、こうも露骨に言われたら。
さすがに家の取り潰しまでいくまい。だが、彼自身の処遇がどうなるか。
冷や汗が流れるのを感じながら、領主の沙汰を待っていた。
「どうやら決まりのようだな。ノアルマも良いな」
「はい、お父様。ドルーチ・スサジ、王都までの護衛よろしくお願いします」
ドルーチは領主一家の会話に、しばらくポカンとしていた。だがすぐに気を取り直して声を張り上げる。
「護衛の任、承りました。必ずや御息女を無事に王都までお送り致します」
三人目でようやく護衛隊長が決定したようだ。
再選定をせずに済んで、ギルド長も胸を撫で下ろしている。
この男、ドルーチならば平民街担当の領兵とも上手くやっていけるだろう。もちろんユーリ達とも。
王都行きへの同行に、クーディ達は加わらない事をドルーチに告げた。
だがあまり気にしていないようだ。彼はクーディ達の実力を把握している。ラゴギョノテ三体の討伐が、実際は誰の手による物か分かっているのだろう。
明日の昼に出発、そして王都への往復でほぼ半季五十日も掛かる、緊急かつ長期の任務だ。しかも平民街担当の領兵と組んでの一個分隊の指揮官だ。
ユーリ達は確実に襲撃があると考えている。領主やギルド長も、その可能性が高いと考えている筈だ。
危険な任務なのだ。ドルーチは戻ってきたら、褒美を授かるだろう。一代爵、准男爵かそれ以上の。本人は望まないのかもしれないが。
ドルーチとは一旦ここで別れる。彼は率いる予定の領兵達と会う手筈になっているのだ。ギルド長が付き添うらしい。
ユーリ達とクーディ達は、商業組合に顔を出す予定だ。馬と馬車、荷物の検分を行うのだ。その後は、また晩に領主の館に向かうように懇願された。
ユーリはもう話す事など無いと考えていたが、それでも恩人であるジョン・ドゥと同郷の者と話したいという思いがあるのだろう。
くれぐれもと彼等に念を押しながら、領主達は館に戻っていった。
既に時刻は昼三刻、午後三時過ぎだろう。夕刻に領主の下に向かうなら、あまりゆっくりもしていられない。すぐに組合に向かう事となった。
組合に着くと正面入口から入っていく。門衛の男達も通告を受けているのだろう。彼等に対して誰何する様子も無い。
全ての受付はそこそこの列が並んでいるようだった。
さて、どの受付に並べばいいのかなと、ユーリは辺りを見回した。
すると、職員らしき女性が近付いて来る。チラッとエイティの黒髪を確認しながら、話し掛けてきた。
「ユーリ様ですね。代表がお待ちしております。ご案内しますので、着いてきて頂けますか」
一昨日とは異なり優遇されている。冒険者でなく、まるで貴族に対するような扱いだ。いや、危険人物としての扱いなのかもしれない。
女性の案内に従い、まずは昨晩にも通された二階の応接室に向かった。
室内には誰も居なかった。すぐに呼びに行くのだろう。家宰のような超能力は無いようだ。
ユーリ達は迷わずにソファに座る。そして部屋にはクーディ達用にだろう。簡易な椅子も用意されていた。




