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97.想像力が無さ過ぎませんか

 その様子に呆れたように、隊長が口を挟んでくる。


「彼をどうしたのだね」

「ああ、下顎を外しただけですよ。嵌めて上げれば元通りです」


 ユーリは転がる男に目も向けずに答える。

 自分が治してやる気は無いらしい。隊長はまだ呆れたような態度だが、放って置く訳にもいかない。屈んで顎を嵌めてやった。

 次の瞬間、その男は立ち上がって大声を上げた。


「貴様。冒険者風情が。この私に向かって何をする。只で済むと思うなよ」


 ユーリは相変わらずギルド長に向いたままだ。

 肩を竦めて、ギルド長に話し掛けた。


「ご覧の通りです。昨日の男爵嫡男の同類なのでは」

「……そのようだな」


 無視された男は剣を抜こうとする。だが隊長に右手を押さえられて動かせないようだ。それでも喚き続けている。


「こいつは私を殴ったのです。男爵嫡男たる私を。何もしていない私をです。罰するべきでしょう」


 奥の扉から領主が出てきた。その後に娘と息子も続いて出てくる。

 それを目にした男は驚いたようだ。だがすぐに領主に同じ事を訴えかける。

 だが領主はそれを無視して、彼等の方に話しかけてきた。


「クーディ君だったか。彼は何を言ったのかね」


 クーディは感激のあまり、膝を付きそうになった。昨日褒賞されたとは言え、領主が一介の冒険者に過ぎない自分の名を覚えてくれているのだ。

 だが膝を付いている状況では無い。あの男が言った事をそのまま伝えた。

 領主はそれを聞いて溜息を吐く。そして訴え続ける男に言った。


「貴様の配属先を変更する。領内見回りの一般兵とする。そこで心根を叩き直せ。さもなくば、貴様の爵位継承は認めぬと思え」


 男は口を閉じた。ようやく気付いたのだ。これが試験であった事に。

 あくまで指揮官「候補」だったのだ。

 伯爵令嬢の護衛任務。信用される者にしか任せられない。その行程に護衛としてでなく付き添う冒険者達。彼等も領主に信頼されているのだろう。

 あの恐れ多いような態度も演技だったに違いない。なにしろ子爵位を持つギルド長と対等に話しているのだ。

 その者達に暴言を吐いた。もう今更何を言っても無駄だろう。

 男は諦めたように顔を伏せた。


 隊長が領兵を呼んで、かつて候補だった男を別室に連れて行くように命ずる。

 別の候補者に要らぬ事を言わせないようにだ。

 下手な事をすると確実に継承権は失うだろう。だが、この手の者は腹いせに何をするか分かったものではない。

 その男が連れ出されると同時に、領主一家も隣の部屋に戻る。

 そして別の候補者が呼び出されて来た。


 その男は二十歳過ぎくらいか。彼等やクーディ達より少し若い、身長はユーリ達の基準だと百七十センチほどだ。体格もクーディ達と同じくらいのようだ。

 ギルド長が先の男に言ったのと同じ事を告げる。

 振り向いた男は、先と同じように恐れ多そうに身を縮こまらせたユーリ達を見て尊大に話し掛けた。

 握手を求める素振りすら見せない。


「ふむ、冒険者か。我等領兵は令嬢の護衛が任務だ。お前等は離れた所を着いて来るがよい。邪魔にならぬようにな」


 ユーリは溜息を吐きながら、ギルド長を見る。

 ギルド長も溜息を吐いているようだ。ユーリに話し掛ける。


「……准子爵の長男だ。自ら志願してきたのだが」

「志願して、この態度ですか。本当に我々の事を連絡しているのですか」

「連絡はしている。父親も昨日の謁見に参列していた筈だが」

「何と言うか……想像力が無さ過ぎませんか」

「……君の言う通りだな」


 その男は、いきなり態度を変えてギルド長に対等に話し掛けるユーリに驚いているようだ。

 ラゴギョノテ退治の話は聞いた、だが七人で「一匹」を倒したからどうだと言うのだ。領兵なら五人も必要は無いのだ。

 その男は、連絡も父の話も聞き流していたのだろう。もしくは、そんな事はあるまいと高を括っていたのか。

 隊長がその男に告げる。


「残念だが、貴君には務まりそうに無い。戻って通常任務に就け」

「な!? お待ち下さい。なぜ駄目だと」

「連絡を回しただろう。彼等はラゴギョノテ三体討伐の『英雄』だ。その者達がお嬢様に同行する意味。それを考慮出来ない愚か者は相応しくない」

「そ、それなら、なぜ護衛ではないのですか」

「それが分からぬから愚か者と言っておるのだ。ちゃんと彼等を見たのか」


 そう言われた男は改めて、ユーリ達のほうを見る。

 ローブのフードを被らずにいる黒髪黒目の男が目に入った。

 彼等はたぶん異邦人なのだ。だが、それがなんだと言うのだろう。


「まだ分からぬのか。護衛にすると言う事は、一時的にせよ部下となる。命令される側になるのだ。それを避けるために、単なる同行者にしておるのだ」


 それを聞いた男は項垂れた。

 なぜ自分は連絡を信じなかったのだ。なぜ父親の話を聞き流したのだ。

 准子爵の長男と言うのは爵位を継ぐ事は無い。一代爵なのだ。父親が死ねば平民なのだ。いや現在でも平民なのだが、一応貴族長子として優遇はされる。

 この任務、お嬢様の護衛は、手柄を上げる良い機会だったのだ。

 道中に何も無くても、信頼の証となる。仮に何かが起こり、それを解決でもすれば大手柄だ。彼自身が一代爵となるか、運が良ければ家が男爵位になっていたのかもしれない。

 その機会を逃したのだ。自らの不用意な一言で。


 また隊長が領兵を呼んで、その男を別室に連れて行くように命ずる。

 今回は領主が隣室から出て来る事すら無かったのだ。

 さすがにユーリも馬鹿馬鹿しく思ったのだろう。ギルド長に問い掛けた。


「まだ候補は居るのですか。選び直した方が良いと考えますが」

「すまん。後一人だけ付き合ってくれ。その者も駄目なら選び直す」


 ギルド長は渋い表情だった。ここまで馬鹿揃いだとは思わなかったのだろう。

 最初の男は論外だ。

 二番目の男も、この街の冒険者相手ならば許されただろう。だがラゴギョノテ討伐の英雄、異邦人の同行者。その意味を推し量れない者では相応しくないのだ。


「最後の候補はどのような方ですか」

「……ある男爵の三男だ」


 ユーリの問いに、少し間をおいてギルド長が答える。

 三人目は傍に立つ隊長の推薦だった。そのため詳しい情報は知らない。

 男爵嫡男、准子爵長男と貴族子弟が連続して駄目だったのだ。期待出来まい。

 やはり急ぎ過ぎたのかもしれない。自薦他薦を問わずに貴族の子弟で、ある程度の指揮経験のある者を選んだだけなのだ。

 いっそ現時点で爵位を持つ者を選定して、因果を含める方が良いのではないかとすら考えていた。


 しばらくして三人目が入室してきた。

 三十歳を越えたくらいの、ドーリに引けを取らない大男だった。

 再度ギルド長が前の二人に言ったのと同じ事を告げる。

 振り向いた男は、ユーリに手を差し出した。

 ユーリがその手を握ると「よろしく頼む」と声を上げた。

 これは最初の男と同じパターンかな、とユーリは考えていた。

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