91.これからどこに向かうのですか
なるほど貴族派は極小勢力なのだろう。
かつての国を取り戻そうとする野心を持つ者も居なさそうだ。
三百年。王家か末端が腐敗して、国が終焉を迎えてもおかしくない時間だ。それでも問題無さそうなのは、賢王や賢侯が随時現れていたのだろう。
となると考えられるのは、王位継承争いくらいか。
辺境伯が長男と、次男や三男のどれを支持しているのか不明だ。そちらの勢力を抑え込もうと考えているのかもしれない。
「失礼を承知でお尋ねします。現王の嫡男が愚鈍で、次男もしくは庶子が優秀であったりしませんか」
日本で最も有名と言っても良い戦国大名を思い浮かべながら尋ねる。
上総介と勘十郎の話だ。実の母親ですら長男をうつけと信じて、弟を領主にと考えた国があったのだ。
弟の家臣達もその方が国の為になると信じていたのだ。私欲だけでは無かった筈だ。弟側に立った権六や林佐渡などは、その弟の死後も重用されているのだ。
同じく主君を支持してる者達でも、将来の事を憂いて分裂する可能性があるのだ。それも悪意でなく善意によって。
さすがに領主も、それには簡単に答える事は出来ないようだ。
自領に関してなら幾らでも話せる。だが王室内部の事など話せる筈が無い。相手が他国の者でないのは明らかだが、それでも話して良い事ではないのだ。
伝えても問題ないことだけを考えながら、領主は答えていた。
「そんな事は無い。第一王子は我が息子レットニイと同じ齢だ。王都では同じ学園に通っておったな」
「はい。忌憚無く申し上げますが、優秀な方だと存じます。首席と言う事は御座いませんでしたが、学問や剣技共に五指に入る能力をお持ちでした」
問われた嫡男が父親の問いに答えていく。
超人的と言うほどでは無いが、それでも優秀な王子のようだ。武にも文にも偏らず、共に上位クラスらしい。
「それに第二王子はまだ十四歳だ。何の実績も残しておらんだろう」
「齢が離れているようですね」
ユーリが疑問に思い尋ねる。
王家の構成くらいは誰でも知っていると思ったのか、領主は答えてくれた。
「正妃も二人の側妃も姫を産んでいてな。長男と三人の姫、そして第二、第三王子と産まれている。第二王子も正室の御子だ」
「なるほど。嫡男は決まっているも同然なのですね」
後継争いでも無いようだ。
第一王子、第二王子とも正室が産んだのなら、まだ成人前の第二王子を推す者は居るまい。
正室の産んだ王子が二人以上いるなら、側妃の出身の貴族も無意味な事は考えないだろう。
異世界物で見かけるような、次男や庶子が転生者かとも考えた。だが十四歳までチートじみた事をしていない以上は、仮に転生者であっても王の座など望んでいないのだろう。
「第一王子はご結婚なされてますか」
「ああ、昨年式を挙げられたよ。幼い頃から許婚だった公爵家の姫とな」
ユーリはここまでの話を他の三人に訳していった。
それを聞いた三人も首を捻るしかないようだ。
「派閥や継承の争いじゃねえなら、貴族は関係ねえってことか」
「后も許婚の公爵令嬢だったなら、乙女ゲームや悪役令嬢物みたいな事も無かったんだろうしねえ」
「となると考えられるのは……建国か?」
「でもさ。賢侯と呼ばれる領主の治める場所で始めるとも思えないけど」
「さっぱり分かんねえな」
大雑把な国内および王家の情勢しか聞いていないが、それでも領内を荒らす者の目的が分からない。
王制打倒を叫ぶなら、圧政が行われているか貧困な地域でないと人民は着いて来ないだろう。ここは他所から孤児や三男坊を引き受け、冒険者の若年者登録まで認める領なのだ。反乱の狼煙を上げたところで、逆に反感しか買うまい。
しかも領兵を手薄にする為に盗賊行為? 民は領主に対する反感どころか、反乱軍を潰す方に纏まるだろう。
結局、彼等は考えるのは止めたようだ。
本当の王制国家がどのような物かを知らないのだ。本や小説、マンガで得た知識ではどうしても限界があるのだろう。
「陽動の可能性が高いと思いますが、残念ながら我々には意図する所が分かりません。浅薄な知識では図りようが無いようですね」
「卑下する事は無い。王室内の内紛の可能性を挙げただけでも、凡百の者より頭が回るのは間違いない。我等にとっては第一王子が継ぐ事が明白だった。思いも寄らぬ事だ。……少し探りを入れてみるか」
領主は最後の言葉だけは聞こえないように呟いた。
この話は一段落ついたと思ったのだろう。晩餐前には全く口を出せなかった息子が、色々と尋ねてきた。
領主は分かっていたのだろう。食物や生活様式などはともかく、未来の知識に関する話は求めなかった。
だが息子の方は、まだまだ若いようだ。ジョン・ドゥの残した手紙に使われた紙の作成方法などを聞きだそうとしていた。ユーリは「それはお答え出来ません」とにべも無く断っていたが。
領主は止めようとはしない。余りに突っ込んだ質問はさすがに遮っていたが。
それでも気付いていた。ほとんどの問いに「知らない」ではなく、「答えられない」と言っていた事に。たぶん彼等は作り方を知っているのだ。だが伝える気は無いのだろう。
それでもめげずに息子は話し続けている。
今度は兄のせいで喋れない娘の方は、また頬を膨らませていた。
しばらく話していると扉をノックする音が聞こえた。
夕三刻になったと家宰が合図しているのだ。彼等の感覚では午後九時だ。会見の終了予定時刻なのだろう。
一言も話せなかった娘は、頬を膨らまし続けている。
それを見た領主と嫡男は、さすがに不味いと思ったのであろう。ユーリに四半刻でいいから延長を頼めないかと訊いてきた。
拗ねた様子で、しかし黙っている娘をユーリも面白そうに眺めた。どうせこの後は宿に戻って寝るだけだ。そして誰もSPは減っていない。構わないと答えた。
領主が促すと、娘は気色ばんでユーリに尋ねてくる。
父や兄が彼等の居た世界の事を尋ねていたためだろう。娘の方は彼等自身に興味があるようだ。
どんな能力が有るのか、なぜ一人だけ黒髪なのか、などを聞きたがっていた。
さすがにスキルのことや、姿が変えられている事は話せない。それぞれの武具を見せて、得意な武術を告げる程度だ。姿に関してもここより交通の便が良く、異国人もたくさん居ると答えていた。
なかなか鋭い娘のようだ。なぜ一人しか言葉が分からないのかと問われた時は、ユーリもすぐには答えられなかった。
ドーリがクスマナエの言葉が喋れる事を話して、たぶん各々の出身国に近い言葉が分かるのではないかと誤魔化した。
言うまでも無く四人全員、元の世界では黒髪黒目の日本人だ。元の世界の姿と異なっているのは運が良かったのだろうか。
最後に彼女は少し躊躇いながら質問してきた。
「あの……これからどこに向かうのですか」
「そうですね。とりあえず王都を考えています。人が多い所の方が、ジョン・ドゥ殿の手懸りも掴み易いでしょう」
ジョン・ドゥが王都に向かった事は伝えない。
既に二十年も経っている。今更、辺境伯が探そうとした所で意味は無いのかもしれない。
領主は姿を消したといった。ジョン・ドゥは行き先を知らせなかったのだ。
ならば彼の遺志を継いで話すべきではないだろう。




