92.そっちかよ
「それなら私の護衛をしてもらえませんか」
「……え?」
「あの……夏季休暇を終えるので、王都の学校に戻るのです。その護衛をしていただければと」
「おい! 止めぬか!」
領主の娘は、いきなりそんな事を頼んできた。だが領主は即座に叱責する。
ユーリは少し苦笑していた。
やはりお嬢様なのだ。何も分かっていない。
結局の所、彼等を冒険者と見做してしまっている。護衛を依頼するのも、だからだろう。
本来なら同道を希うべきなのだ。「宜しければ、ご一緒させて貰えませんか」と言わなければいけない。
自分の都合に合わせさせるのではなく、彼等の立場に沿って頼むべきなのだ。
護衛に雇うという事は、一時的にせよ自分の配下に置くという事だ。
普通の冒険者なら喜んで引き受けるだろう。領主の家族の護衛に抜擢されるというのは、自身の能力が認められた証なのだから。
だが彼等は「異世界人」だ。領民なら誰もが羨むその立ち位置も、彼等には意味が無いと考えられないのだろう。
「済まぬ。今の言葉は忘れてくれ」
「ええ、気にしていません。安心して下さい」
領主は頭を下げてくるが、ユーリは軽く流している。
娘の方はまだ良く分かっていないようだ。領主は改めて娘に向かい、叱責を続ける。
「彼等は家臣や領民では無い。いや、冒険者ですら無いのだ。我が招いた客人だ。少なくとも同等の者と考えねばならぬ。それをお前は分かっておらん」
「あ……」
「護衛として雇う。それは家来とするのと変わらぬ。客人に対して無礼だと思わなかったのか!」
娘もようやく自分の間違いに気付いたのだろう。俯いて肩を震わせている。
そして深々と頭を下げながら、ユーリに謝意の言葉を告げる。
「申し訳ありません。軽率な事を口にしました。お許し願えないでしょうか」
「気にしないで下さい。我々が無位無官の迷子なのは確かですから」
ユーリは全く気にしていない。十六、七歳の娘の言った軽口だ。本気で腹を立てるつもりも無い。
それでも娘の方はシュンとしたままだった。
だが少し気にはなった。
本来は領兵が行うべき仕事だ。領主の娘となれば、それこそ一個小隊三十人以上の護衛が居てもおかしくは無い。しかも精鋭の者達を充てる筈だ。
そこにユーリ達を加える必要があるだろうか。話をしたいだけではあるまい。となると、外に出せる領兵が既に限界なのだろう。
朝食時にクーディに確認した時に、王都までは二旬程度は掛かると聞いた。確か今は夏後期二旬の頭だった筈だ。余裕を取って二旬半の日数を見積もると、秋前期までに王都に到着するには、出発まで余り余裕はあるまい。
現状では往復に半季五十日近くもの間、精鋭の領兵を三十人も引き抜けないのだろう。
もしかしたら娘の誘拐を目論んでいるのかもしれない。護衛が手薄になった娘を、どうにかするための陽動とも考えられる。
神とやらが今回彼等に求めているのは「それ」なのかもしれない。
ユーリは領主達に再度断って、他の三人に会話内容を訳していった。
「あー、そっちかよ」
「個人的な思惑は考えていなかったな」
「前回も村じゃなくて、エルイ個人を助けるのが目的だったのかもと思うよ。実際トロナ石を見つけ出して、周りの国に輸出するくらい育て上げてるようだしね」
「僕等が知識チートする事すら織り込み済みだったのかねえ」
「ならば、このお嬢様が将来何かすんのかよ」
「第二王子の一つか二つ上程度だ。伯爵令嬢なら嫁になっても不思議はあるまい。第一王子の方に男児が産まれず、第二王子の子が王家を継ぐとかな。日本だってその予定だろう」
「もしくは王妃が不妊で側妃になるのかもね。世継ぎの王子を産むとかも有り得ると思うよ」
「どうせ行き先は同じだから、付き合うのもやぶさかでは無いんだけどねえ」
難しく考え過ぎていたのかもしれない。
前回のメギョアが他国の陰謀だったから、今回も同様に考えてしまったのだ。
例えば相思相愛の者がいて攫おうとしている。恋愛物ではよくあるパターンだ。彼等に護衛を頼む以上、それは無いのかもしれないが。
個人的な思惑だったら推測のしようが無い。
ユーリは領主に話し掛けた。
「そろそろ遅いですし、御息女はお休みされた方が宜しいのでは」
「ああ、そうだな。レットニイよ、ノアルマを連れて下がりなさい」
領主は息子に娘を連れて出て行くように告げる。
たぶん以降の話は娘に聞かせたくない事なのだろう。場を離れるように促しているのだ。
娘は少し残念そうな顔をしたが、直前に失礼な事を言ったのを思い出したのだろう。軽く礼をしながら連れられていった。
息子の方も理解しているのか黙って去っていった。必要な事なら後で父親が話してくれるに違いない。
彼女等が去って少し経ってからユーリは口を開いた。
「領兵の不足はそこまで窮まっているのですか」
領主はすぐには答えなかったが、それでユーリは間違いないことに気付く。
領主もギルド長もすぐに答えなかった事で、彼等に知られたと思ったのだろう。諦めたように告げた。
「ああ。領都以外の街からも応援要請が来ている。領都に残す兵を考えると、出せて分隊一つが限度だ」
「事態が落ち着くまで、御息女を留めておく事は出来ないのですか」
「領地持ちの貴族は血族の内一人を、王都に置くことが慣わしになっておる。それは王都の学園であっても良いのだがな」
江戸時代の武家諸法度ほどでは無いのだろう。
正室も嫡男も領地に残っている。だが血縁者の一人は王都に居る必要があるのだろう。人質代わりとして。
夏季休暇に領に戻るのを認める以上、半ば形骸化しているのかもしれないが。
それでも出さないままだと、あらぬ事を疑われるのだろう。
「何を言いたいのかはお分かりと思いますが」
「私は領主だ。領民の安全が第一と考えている。娘を盾に何か言われようと、撥ね除ける覚悟はある」
その可能性も考慮に入れているのだろう。
聞いているギルド長も渋い顔だ。クーディ達くらいの腕の冒険者達を混ぜるにしても、数十人も引き抜かれたら問題があるのだろう。
しかも往復で半季、五十日近くも掛かるのだ。その期間は高レベル冒険者が領都から出払う事になる。
そして仮に三、四人のパーティーを五つほど加えたところで役に立つまい。連携など取れないだろう。領兵となら尚更だ。
冒険者と兵隊の違いだ。
冒険者パーティーと言うのは分隊以下の、班なのだ。リーダーであっても仲間の数人を指揮する程度の、伍長レベルの一般兵なのだ。
兵隊は異なる。あくまで組織の一員としての訓練を受ける。数十人、数百人いやそれ以上の数での連携を取る事もある。組織としての強さが求められるのだ。
もちろん個人の武勇が不要という訳では無いだろうが。
彼等はうってつけなのだろう。四人でラゴギョノテ三体を瞬殺出来る。単純換算で領兵二個分隊の働きになる。
領兵一個分隊と彼等四人で、一個小隊並みの護衛になるのだ。
領主は娘を叱責していた。だが本音ではそれを望んでいるのだろう。
しかしそれを言い出す事は出来ない。彼等は冒険者ですら無い、ただの迷子なのだから。
ユーリはエイティ、ドーリ、ゴローの三人の顔を見つめた。
何も訳していないが、それでも領主の言った事に見当は付いているのだろう。
三人共に何か諦めた様子で肯いている。
ユーリも少し考える。そしていきなり背伸びをしながら大きな溜息を吐いた。
その様子に組合代表は驚いたようだ。領主やギルド長も目を見張っている。貴族の目の前でする態度ではない。
ユーリは身体を戻して、領主に問い掛ける。
「それで御息女の出発日はいつですか。雇われる訳にはいきませんが、同行するくらいなら構いませんよ」




