90.予想は出来ていたがな
そんな中、ユーリは少し気になっていた事を訊ねた。
「なぜラゴギョノテの件を単体討伐にしたのですか? 群れる事は分かっていたでしょう」
「いや、発見報告の全てが単体だったからだ」
「……そうですか」
遮るようにギルド長が口を出した。領主は黙ったままだ。
その様子を見たユーリは、それ以上を問う気は無さそうだ。
単体でも四、五人掛かりでないときつい相手と聞いた。もしものことを考えるならば、領兵の二分隊は出すべき案件だ。
それがクーディ達三人のパーティに任された。
確かにクーディ達は三人で三体相手に何とか凌いでいた。もしかしたらクーディ達は相当腕が立つのかもしれない。本当に単体なら問題なかったのだろう。
ゴローの探知は大雑把過ぎる可能性が高い。ラゴギョノテをメギョアのちょっと上程度、昨晩の盗賊もクーディ達レベルと言っていた。
目盛りの幅が広すぎるのだ。体重計で一グラムの違いを見分けるようなものだ。誤差の範囲で納まってしまう。彼等の力が化け物過ぎるのだろう。
たぶんだが、この辺境伯領で何かが起きている。物証はないが、心証はある。
理由は簡単だ。彼等が「ここ」に居る事だ。
神だか超越者だかが、わざわざ彼等四人をこの地この時間に送り込んだのだ。何も無い筈が無い。
駒扱いは真っ平だ。前回もメギョアの件をどうにかしたにも関わらず、別の場所、別の時間に跳ばされたのだ。
この領の問題を解決した所で戻れる保証は無い。ならば、自分達で還る手段を探す方がはるかにマシだ。
領主もギルド長も何も話さないならば、それに越した事は無い。
事情を知らなければ関わりようも無い。知ったとしても、彼等が関わる気になるかは分からないが。
だからこそ、さっさとこの街から領内から立ち去りたかった。
だが結局は巻き込まれる可能性の方が高いのだろう。だから口に出したのだ。
少し考えていた領主が声を上げる。
「君達はこれから別の街に向かうのだろう。話しておいた方が良いかもしれん」
「領主様!」
「カンヴァイ子爵。恩人の同郷の者達を、無為に死なせたくないのだ」
ユーリはそっと息を吐いた。「やっぱり、こうなるよね」と呟く。
話を聞かなかったとしても、きっと巻き込まれるのだ。メギョアの襲来の時のように。どうせ関わるならば、事情を知っている方が良い。
ユーリは少し断りを入れて、他の三人に今の会話の内容を伝えた
「予想は出来ていたがな」
「藪をつついて蛇を出した気がしないでもないけどねえ」
「どうせ俺等をここに送り込んだ誰かさんが、見逃してくれねえだろ」
「僕もそう思うよ。だから最低限の情報はあった方が良いと思う」
彼等はあえてその話をしないようにしていた。
言霊、引き寄せの法則なんて言葉もある。口に出す事で現実化することを避けようとしていたのだ。
彼等の現状から考えると、全くと言って良いほど無駄であったのだろうが。
領主は説明を始めた。
「ここ最近は領兵が出払っているのだ」
「魔の森が溢れでもしたのですか」
「いや、盗賊が多くてな」
「大規模な盗賊団でも流れて来たのですか」
「それは違う筈だ。捕らえたのは全て三、四人のグループだ。繋がりらしき物も無いらしい。まあ、冬撒きの麦の収穫直後だ。この時期には増えるのだが」
「それが予想外に多いと。凶作だったのですか」
「いや。例年並み、どちらかと言うと豊作気味なのだがな」
「では隣接する他領が凶作で、盗賊に身をやつして潜り込んで来たと」
「他領でも凶作とは聞いてないのだがな。それにこの領では孤児などを受け入れている。領主が王家を通じて頼んでくれば、食べられない者を引き取るのだ」
「そうでしたね」
「君達がこの街を出たら盗賊と遭遇する可能性も高い。気を付けて欲しい」
ユーリは他の三人に逐一翻訳していった。
考える時間を得る為には、纏めてより一つずつ訳す方が良いだろう。
領主に断って彼等四人で相談を始める。
「普通に考えれば陽動だよねえ」
「前回とは逆に、人間が領軍を誘き出して魔物、ラゴギョノテで襲う……か」
「やっぱり、また魔物使いだと思う?」
「そりゃねえだろ。メギョアも数は揃えられても、組織立った行動は出来なかったじゃねえか」
「それに盗賊も異国人だったら、すぐばれるだろうしねえ。どこかにこの国の軍でも潜んでるのかもねえ」
「なら、この国の者がこの領を荒らしたい理由って何だと思う?」
「妬み嫉み……では無いだろうな。王家と懇意な伯爵相手にこんな真似をして、ばれたら只では済むまい」
「人民によるクーデター……も無いよねえ」
「賢侯と呼ばれる領主だよ。食い詰め者もここに来れば食べられると思うしね」
「相手も同じくらいの権力を持ってるんじゃねえか。派閥争いかもな」
「よくある異世界物のパターンだと、王党派と貴族派の対立かもな」
「でもさ。どこかの貴族が軍を起こすにしても、あからさま過ぎると思うよ。内戦開始だよ。それにクーデター起こすのに、こんな辺境じゃ意味ないと思うけど」
今回は、四人寄っても文殊の知恵とはならなさそうだ。
魔物使いの可能性は低そうだ。それに他国の線も薄いのだろう。
となると国内での問題となるが、彼等にその先は見通せない。彼等にはこの国の知識が無さ過ぎるのだ。
魔の森に近く、クーディが言っていたように冒険者が多い辺境伯領だ。
領兵も他より充実しているだろうし、孤児や食い詰め者から冒険者になった者は、辺境伯に感謝している者も多い筈だ。
仮に日本でクーデターを起こすなら、辺境で狼煙を上げるだろうか。
辺境扱いをするのは失礼な話になるが、自衛隊基地や米軍基地が多い沖縄や長崎、北海道で始めるような物だ。
これがメギョアのような魔物の群れが相手なら、中央から軍が派遣されるかもしれない。
だが反乱軍、人間相手だとまず近隣の領軍が動くだろう。魔物でなく人が起こした行為だ。王都を空にする筈も無い。
普通に考えれば有り得ないのだ。
領主は彼等が話し合う様子をじっと見ていた。
ジョン・ドゥが時おり呟いていた言葉に似ている気がする。だがもう二十年も前の事だ。はっきりと覚えている訳では無い。
たぶん状況の確認をしているのだろう。このまま街を出て良いのかを。
「どうかね。もうしばらく、この街で過ごすと言うのは」
「我々が盗賊を恐れると思いますか」
「ラゴギョノテ三体を瞬殺する者達に心配は無用か」
領主は苦笑しているようだ。
引き止めるのが無理なのが分かったのだろう。
ユーリは領主の言葉を軽くかわして、真面目に問い掛ける。
「それよりお気付きと思いますが。陽動の可能性が高いことに」
「ああ。しかし目的が分からんのだよ」
「隣接する領の可能性は」
「それは無いな。接する三つの領は姻戚関係だ。それに私はこの辺りの纏め役を承っている」
「派閥争いの可能性はどうです。王と親しい貴方を排除する事で、王家の力を削ぐと言うような」
「確かに貴族連合派と呼ばれる者達も居る。王は単なる象徴として、実際の政務は貴族による連合体が取るべきだとね。そのような国もあるそうだしな」
「では」
「いや、国の成り立ちが異なる。このエルツフスは、滅ぼした土地の者は良くて男爵、大抵が一代爵だ。功を立てねば滅ぶ。すでに建国から三百年は経つ。貴族派と呼ばれる者は、過去を忘れられぬ少数の男爵しか居まい」




