89.それは買い被りだ
それからは領主の質問が続いた。
ユーリは話せる範囲の事は答えている。
普通の生活部分なら、話しても問題ない事はあるのだ。
米や麦を栽培して、煮て食べるか粉にしてパンにする。麻や綿花、羊毛を採集して糸を紡ぎ布にして服とする。化繊や機械の介在を除けば大きな差は無い。
領主も分かっていた。
二十年経っても丈夫な紙、滑らか過ぎるガラスの板、インクも着けずに書き続けられる筆記具。相当進んだ文明である事は間違いない。
だが彼等にそれを「作り出す」知識があるとも思っていない。
仮に領主自身が千年前の世界に送り出されたとする。現在の冶金技術や細工技術でどんな物が作れるのかは分かる。だが実際の作成手順を説明する事は無理だ。
未来の者であろうと、全ての仕組みや原理を把握している筈が無いのだ。
言葉が分からないエイティ達三人だが、ところどころでユーリの翻訳が入る。そのお陰で話の内容は理解していた。
組合代表も子息子女達も興味深げだ。自分達も尋ねたい事がたくさんあるのだろう。だが領主が話を止めない為に、口を出すことが出来ないらしい。
娘の方は少し頬を膨らませていたようだ。
半刻と少し、彼等の体感では一時間足らずだろうか。家宰が晩餐の用意が整ったと告げに来た。
もう夕一刻に入っていたようだ。午後六時過ぎと言ったところだろう。
領主は他の者に、晩餐の場では「異界」の話をしないように告げた。
晩餐には奥方や、幼い子息達も同席する。メイドや使用人も立ち会うのだ。
次代の辺境伯である嫡男と、今後も街の代表の一人であろう組合代表。本当はその辺りにしか明かす必要は無い。ユーリ達もそれは分かっている。
だが、なぜ娘までと問うと領主は視線を外しながら答えた。娘が泣きついてこなければ外していたと。
娘に甘いのは親としてはともかく、伯爵としてはどうなのだろうか。彼等だけでなくギルド長、組合代表、自分の息子にすら呆れられていた。
彼等四人が晩餐の席で案内された席は当然のように下座だった。
対外的には異国の平民の冒険者なのだ。仕方がないのだろう。彼等も文句を言う気は無かった。
この晩餐会自体が方便なのだ。彼等を館に招くための。
名目上は、魔獣退治に力を貸してくれた「異国」の冒険者をもてなす事だ。だからクーディ達は除外されているのだろう。
最も上座に領主が座り、二人の奥方、嫡男と長女、次男達と続く。そしてギルド長と組合代表より下座に彼等四人が並ぶ。
しかも領主一家とギルド長との間に空間が置かれ、そのギルド長と組合代表の間にも空間が設けられている。彼等四人と組合代表は隣接しているが。
領主と組下の貴族、さらに平民で間隔を取るようにしているのだ。
朝の謁見の場に匹敵する広さの部屋だ。領主から彼等までは、十メートル近い距離があった。食事中に会話をするのは絶対に無理だ。
あくまで領主と共に食事が出来るだけなのだ。それでも組下の貴族や領民ならば、泣いて喜ぶに違いない。彼等四人には無意味なのだが。
逆に申し訳ない気にすらなっていた。
二人の奥方や、まだ十歳程度に見える次男、それ以下の齢の子供達には苦痛かもしれない。見慣れぬ異国の、しかも冒険者風情と共に食事をするのは。
彼女達には「異世界人」と明かされる事も無いのだ。
ユーリの隣に座る組合代表が、小声で領主一家の事を教えてくれた。
奥方は各々別の領を拝する貴族の出だそうだ。
上の二人の子供は共に正室の子であり、次男以下が側室の子であると。確かに側室は若く見える。正室より十歳は年下だろう。
長男長女を産んだ後に正室が以後の妊娠が無理と分かり、側室を招いたのだ。
正室が長男長女を産み、次男以下は十分な年を置いて側室が産む。側室の子が転生者ならばともかく、十歳近く離れた次男を推す者は居まい。賢候と言われるだけに、家督争いの愚かさが分かっているのだろう。
ならば正室の方はジョン・ドゥを知っているよね、とユーリは思った。それでもジョン・ドゥの話の場に同席させないのは、妻を同等に扱うためだろう。
もしくは妻か、その使用人から親元の貴族に漏らさないためだろうか。
彼等四人の力が分からない者が、手を出す事を警戒しているに違いない。間違いなく、その家は滅ぶだろう、一族全滅という形で。
ただ正室の方はエイティの黒髪を見て、驚いているようだ。しかし何の素振りも見せない。何かを察しているのかもしれない。
婚姻先に付いて行く使用人は半ばスパイ、間諜なのだ。当然、妻自身がその立場の事もある。
連座制を取っている世界ならば、姻戚となった自家にまで影響が及ぶ恐れがあるからだ。
もちろん嫁ぎ先を破滅させるような事はしない。基本的には嫁いだ先の家が、馬鹿な事をしないように見張るための物なのだ。
辺境伯も姉妹達の嫁ぎ先には送り込んでいるだろう。
コース料理のように、一品ずつ前に出される。
使用人が一人ずつに付いて、どのような料理かを述べていく。言葉の分からない三人に対しても変わらずに。その度にユーリが訳していく。
彼等は毒の心配はしていなかった。領主はそこまで愚かでは無いだろう。
料理もなかなかの物だ。貴重であろう香辛料や砂糖すら使われていた。
無言のままの食事を終えると、お茶が運ばれてくる。
ここでようやく領主が軽く声を上げた。と言っても、家族に聞かせるような程度の声だ。事前に説明はしているのだろうが、改めてどういった客なのかを説明しているのだ。
ラゴギョノテ退治の英雄と言う言葉に、次男以下の子供達も改めて彼等に興味の目を向ける。
領主の薫陶が行き届いているのだろう。異国の平民の冒険者を見下すような態度は取らない。少なくとも面には出していなかった。
最後に彼等にも聞こえるような大声で謝意を述べた。
それが晩餐の終了の合図であったようだ。ギルド長が立ち上がり、組合代表と彼等に離席を促す。
ギルド長と組合代表は、両手を胸に当てる最上級の礼を取った。彼等四人は片手を胸に当てるだけの礼だ。
異国の者だと分かっているからだろう。領主一家の誰も咎めるような視線は無かった。
そしてギルド長と組合代表、彼等四人は部屋を出て行った。
また元の部屋に戻って、話の続きをするのだろう。
客室に入り、ソファに座るとギルド長が声を掛けてきた。
「すまないな。君達には馬鹿馬鹿しく感じるだろう」
「いえ。形式と言うのも大事ですよ」
彼等には実際の貴族がどんな物かは分からない。
たぶん面子が大事なのだろうと推測するだけだ。
気軽に平民を呼べないだろう。組下の貴族に「なぜ平民如きを晩餐に」と思われる。彼等四人が異国人で、すぐに領を去るのが分かっているから許されているに過ぎない。
ジョン・ドゥのように爵位の授与を持ち出されていれば、他の貴族達の態度は違っていただろう。
「君達も彼と同じでかわすのが上手いな」
「トネリ殿やカンヴァイ子爵様、ご領主様のように聡い方々の前で、迂闊な事は言えませんよ。ほんの僅かな言葉からでも推測されそうですしね」
「それは買い被りだ」
渋い顔をしながらギルド長が返す。組合代表も苦笑しているようだ。
しばらくして領主がやって来た。嫡男と、当然のような顔をした娘を伴って。
今更、同席を拒んでも仕方がないと諦めているのだろう。
やはり、いきなり本題に入る様子は無いようだ。この領内の名物などを話していた。




