88.我々も希望が持てます
組合代表は、顔を引き攣らせながらも請合った。
さすがに金の延べ棒を多量にと言われれば断るだろう。だが馬と馬車を除いても、総計十万エノツくらいまでなら賠償として無償で提供する気であった。
あの二人の商会の資産を合わせれば、それくらいは十分あるのだ。
店や屋敷といった不動産の類はすぐに換金できない。その分は組合持ち出しになるが止むを得ないだろう。
焼けた店の方は再建が必要だが、場所は一等地と言っても良い。欲しがる者も多い筈だ。
あの商人は貴族に唆されたとは言え、本当に馬鹿な真似をしたと思っていた。
ギルド長はその会話を聞きながら思っていた。
彼等は毟り取る気が無いのかもしれない。もしくは価値が分かっていない。
盗賊の財物と考えれば全てを要求する権利があるのだ。
あの場所に家を持ち、街の中心部の近くに店を構える。街で十本の指に入る程では無いが、それでも上位の商人だった筈だ。二人分の資産は十万エノツを楽に越えるだろう。
まあ不動産なんかは彼等には無意味だろうが。
結局のところ彼等は甘いのだ。根は日本人のままなのだ。
エイティは毟る気マンマンだ。それでも組合側に損失を出させないような気遣いをしている。近隣への火災賠償の分も除外している。
もしかしたら追放される家族に、組合が幾らか持たせる事すら容認しているのかもしれない。
しばらくすると領主がやって来た。
なぜか朝と同じように息子と娘も伴っている。次代以降にも申し送りをするためだろうか。
領主は昼からの仕事で落ち着きを取り戻したらしい。
共に入ってきた家宰の入れたお茶をゆっくり飲んでいる。
一緒に来た息子や娘の方が異国、いや異世界の話を聞きたそうで、うずうずしているようだ。
焦らすように何も言わずにお茶を楽しんでいた領主だが、カップを置くと家宰の男に視線を送る。
恭しく礼をした家宰は部屋を出て行く。だが、たぶん部屋内の様子を窺っている筈だ。会話の内容もどこかで聴いているのだろう。
「宿はどうだったかね」
「ええ。良い『ホテル』を紹介して頂きました」
まずは本題から入らずに話を始めていく。
こういう姿を見せる事が、子息子女の教育になる事も理解しているのだろう。
ユーリは自分から異世界の話をする気も無い。合わせるだけだ。
わざわざホテルと言ったのは、短期滞在だと明言しているのだ。
宿とその後の商店巡りの話を軽く終えると、本題に入っていく。
「それでジョン・ドゥの故郷の話だが」
「さすがにそれは語る事ができません。たぶんお気付きでしょう。彼が残した手紙の紙で。この世界より文明や技術が進んでいる事に」
「……やはり彼と同じ事を言うのだな。君達の世界の者は、皆そのように理性的なのかね」
「どうでしょう。馬鹿な者も少なくないと思いますよ。この世界にも多いのではないですか。己の力を誇示したがる者は」
「それを言える君は理知的と言っても良かろう。彼もそうだった」
どことなく昔を懐かしむように、領主は瞑目していた。
ジョン・ドゥは彼等四人以上に考えていたのかもしれない。
彼等四人は、この世界が歪もうが壊れようが構わないと考えている。元の世界の戻るのに必要ならば、現代知識チートの使用も躊躇わない。
だがジョン・ドゥはどうだったのだろうか。
あの手紙を見る限り、この領主に対する感謝の念は本物だった。だが何の知識も残していない。世界を変える気など全く無かったのだろう。
「ジョン・ドゥ氏はどのような姿をしていましたか」
「そこの彼と同じような黒髪黒目であったが」
「いえ、服装です。冒険者と一目で分かる装いだったのですか」
「ああ、君と同じような装備だったよ。短槍ではなく長剣を携えていたが」
ジョン・ドゥも彼等同様に姿や装備を変えられていたのだろうか。
いや、ルーズリーフのノートを持っていた。それにボールペンで手紙を残したなら、着の身着のままこの世界に来た筈だ。
それなのに、この世界でおかしくない装備をしている。魔法も使いこなしていたらしい。ここに辿り着くまでも、様々な冒険をしていたのだろう。
剣術も一流だと言っていた。そちらにもチート能力があったに違いない。
一介の大学生が、強者と言われるギルド長が認める腕の筈が無い。
よくある異世界物のように、現代で古武術でも習っていたのだろうか。そして二十歳そこそこで師範を越える腕だったのだろうか。そんな事は無いだろう。
「彼が他に残したものは無いのですか」
「無いな。一応招いた時に簡単な荷改めをさせてもらったがね」
「真っ黒なガラスの板のような物を持っていませんでしたか」
「……やはり彼と同郷のようだね。彼はもう使えないと言っていたが」
やはりスマートフォンを持っていたようだ。
学生が持ち歩いていそうな電気製品など他に思いつかない。
学生が普通に持っていたならば、ほぼ同時代か以降の時代だろう。林檎のスマートフォンの初登場が十年ほど前なのだ。過去でも十年以内なのは間違いない。
スマートフォンが使えなくなるほど彷徨っていたようだ。と言っても、スマートフォンでは参考になるまい。一週間も掛からず電池切れになる。充電バッテリーを持ち歩く者も、そうはいないだろう。
未来なら、ソーラー式のスマートフォンもあるのかもしれない。半年や一年は使える電池が開発されているのかもしれない。
だがジョン・ドゥの見た目は、領主の息子と変わらないと言っていた。この世界に来てから数年も経っていないのだろう。ならばジョン・ドゥの時代は、彼等の時代の十年前後といったところに違いない。
しかし、だとすると時間の流れはどうなっているのだろう。
もしかしたらこの世界のいつであっても、繋がる先は元の世界の一時代なのだろうか。この世界の百年前でも千年先でも、地球の二十一世紀前半にしか繋がらないのかもしれない。
「君達の方が彼に興味津々のようだね」
「まあ、先達ですからね。彼が戻れたのであれば、我々も希望が持てます」
答えながらも、ユーリは正直疑っている。他の三人もだ。
ジョン・ドゥは本当に迷い込んだだけかもしれない。元の世界の姿で自前の物を持ったまま、この世界に来たのだろうから。
だが彼等四人は違う。姿や持ち物、能力もゲームで設定した物に変えられているのだ。しかも三十年もの時間を越えて移動させられている。
何らかの超越的存在による意図なのは明白だ。
かつて考えたように、人造体に記憶と意識を写されただけの「人形」である可能性すら低くないのだ。
もし異世界、元の世界に繋がる魔法が見つかったとしても、それを使って戻れるかすら疑わしい。それでも進むしかないのだ。還るために。
「君達は彼のような物は持っていないのかね」
「残念ながらありませんね。入門検査をしていた者に訊けば分かるでしょう」
「そうか。残念だが……良かったよ」
「良かったというのは?」
「朝のあの男と同じような件が、二十年前にもあったのだよ」
荷改め、持ち物検査をしていた時に立ち会った者が漏らしたそうだ。
そして馬鹿な貴族が差し出せと難癖を付けたらしい。断られると襲撃も行ったそうだ。
そんな貴重な物を持っている、しかもラゴギョノテ五体を翻弄して領主嫡男を助けた冒険者だ。なぜ唯々諾々と従うと思ったのかと、当時嫡男であった領主も呆れていたそうだ。
結局襲撃犯は全員逮捕されて、その貴族も廃絶となった。漏らした者も罰を受けたらしい。
ジョン・ドゥも遠慮する気は無かったようだ。己の身を守る事を優先する。彼等四人と違い、自ら処断する事はしなかったようだが。
普通の日本人としては当然だ。簡単に人を害せる彼等四人が変なのだろう。




