79.たいした地位でも無さそうだ
ギルド長の後ろにクーディ達が、更にその後ろにユーリ達が続き、ゆっくりと歩く家宰の後に着いて行く。
クーディ達は緊張しているためか歩き方がぎこちない。もちろん武具は部屋に残していて丸腰だ。革鎧すら脱いで平服の状態だ。
ギルド長は爵位持ちの上に職務もあるのだろう。腰に剣を吊るしたままだ。ユーリ達に備える意味もあるに違いない。
ユーリ達は武装をしたまま、ずだ袋も背負った状態だ。革鎧を着けたままのユーリが先頭に立ち、もう一人革鎧を着けた者とローブを着た者が並ぶ。その後ろのドーリに至ってはプレートアーマーのままだ、
さすがに武具は背負うなどして直に手にしてはいない。
どうやら謁見の場は、コの字の突き出た部分の片側の二階にあるようだ。
両側から光を取り入れられる明るい場所だからだろう。
ユーリ達は安全面で問題は無いのかと思っていた。
だが空を飛ぶ知能のある魔物など居ないのだ。魔法士も飛べるような強大な力の持ち主なら、軍属にさせられている筈だ。
エイティですら短時間の浮揚ならばともかく、長時間の飛行は出来はしない。
もし攻め込まれた状況ならば、敷地内に入られた時点で陥落は間違いない。謁見の場がどうであろうと関係なくなっているからだろう。
謁見の場の扉の前に領兵が二人、槍を構えて立っていた。
見栄えの良い鎧を纏っている。儀仗兵なのだろう。
家宰の男が二人に声を掛けてから、重そうな扉を開いていく。そして扉を押さえたまま、ギルド長を招いた。
ギルド長はクーディ達とユーリ達に着いて来る様に言った。そして部屋に入っていく。
クーディ達は緊張したままなのだろう。おっかなびっくりと言った感じでギルド長の後に続く。
ユーリ達は何も気にしていないかのように悠々と歩いていた。武具を背負ったままの彼等に何も言わない辺り、扉の前にいた領兵も話を聞いていたのだろう。
謁見の間は幅七メートル、奥行き十メートルの三十畳はありそうな部屋だ。とは言え異世界物で見かける体育館サイズほどは無い。
ユーリ達もこんな物だろうなと思っていた。辺境の街の領主の館だ。王宮のような立派な物では無いとは予想していた。
両側に人が並んでいる。片側に十人が二列で二十人ほど、計四十人近い人数が並んでいた。
全員が貴族では無いだろう。儀仗兵もいるだろうし、末席の辺りには組合代表の姿も見える。奥の方の前面に立っている者達、十数人ほどが一代爵も含めた貴族なのだろう。
奥の方の両サイドに扉が見える。
どちらかが領主の控え室に通じる扉であろう。もう一つは衛兵の控え室にでも通じているのかもしれない。
彼等一行は謁見の間の扉を潜ってすぐの所で立ち止まる。
領主の声が掛かるまでその先に進む事は許されないのだ。
ユーリ達は軽く辺りを見回した。
ほとんどの視線が興味津々といった感じである。だがその中に忌々しげな視線があることにも気付いていた。
ユーリが小さな声で囁いた。
「ゴロー、どうかな」
「明確な殺意は一人だなあ。あの真ん中辺りに居る奴だねえ」
「たぶん爵位順に並んでいるのだろう。末端では無いが、たいした地位でも無さそうだ」
「ぎりぎり一代爵じゃない程度じゃねえかな。奴が盗賊の親玉ってとこか」
ゴローの気配察知で、敵意を向けている相手を確認している。言い掛かりを付けてくる相手を特定しているのだ。
一番可能性が高いのは、昨夜の襲撃と今朝の男達の仲間に違いない。たぶん先程の領兵を動かした存在、嫡男が馬鹿だった貴族なのだろう。彼等は家名すら覚えていないのだが。
余り間を置かずに奥の扉が開かれて、家宰の男が現れた。
ほんの先まで入口の扉を押さえていたのに、いつの間に移動したのだろう。やはり執事をしている者は皆、超人なのだろうか。
家宰の男は領主の入場を告げる。
謁見の間の両サイドに並んでいた貴族達は、一斉に両手を胸に当てる最上級の礼を取る。ギルド長も同様の姿勢だ。クーディ達は片脚をついている。
しかしユーリ達四人は、右手だけを胸に当てる略式の礼しか取らなかった。
正式な礼を知らなかった事もある。他の者達が行っている礼が、貴族のみ許されていると言う事も考えられる。
もっとも平民に許されていたとしても、彼等四人がその礼をする事は無かっただろう。
最低限の礼はしてみせる。だが、それだけだ。敬意など持っていないし、それを咎めるような相手なら無視して去るだけだ。
怒って衛兵を差し向けてきたなら遠慮する必要も無い。クーディ達を除いた、ここに居る貴族や儀仗兵などの全員が息絶える事になるだろう。
ギルド長や領主は「異界人」について尋問する為に残すだろうが。
入場してきた領主、レヴィンシ辺境伯は四十半ばくらいの男であった。ギルド長と比べても、遜色ない体格の持ち主だ。
ユーリは、賢侯などと呼ばれているなら文官タイプだろうと思っていたのだ。しかし、どう見ても体育会系の肉体派だ。
金髪碧眼の偉丈夫で、ぱっと見た限りでは転移転生者とは思えなかった。
ゴローに目を向けると、彼は首を横に振った。どうやら察知でも転移転生者とは考えられないようだ。
領主は奥の一段高い席に腰掛ける。そして楽にするように告げた。
貴族達は一斉に胸に当てていた手を下ろす。だがクーディ達は脚をついた姿勢のままだ。
ユーリ達も手を下ろした。
領主が口を開こうとした直前に、叱責の言葉が響き渡った。
ユーリ達を殺意を込めた目で睨んでいた貴族だった。
「貴様等、無礼であろう! なぜ礼を取らぬ! なぜ跪かない! なぜ武具を持ったままなのだ!」
ユーリは何も答えない。その男に目も向けない。そしてギルド長を見詰める。
ギルド長は慌てもせずに、その男に答える。
「彼等は異国の者達です。この国の礼法など知りません。事前に領主も仰っていたでしょう。彼等に作法は問わぬと」
「ならば、お主が教えておくべきだろう! さっさと、そやつ等の武器と荷物を取り上げろ!」
男はギルド長に対しても叱責する。彼が上位貴族である事を理解していないかのようだ。
ユーリは、じっと領主を見詰めている。どのようにして片を付けるのかを推し量るように。
他の三人も言葉は分からなくても、状況は察しているのだろう。ユーリと同じように領主を見詰めていた。
「貴様等何故こちらを向かぬ! 平民の分際で逆らう気か!」
その男は何としてでも、ユーリ達を不敬扱いにしたいようだ。既に後がない事が分かっているのかもしれない。
自分の息子が領主の館の前に出張っていた筈だ。なのに彼等は武具も荷物もそのままで、この場に立っているのだ。
男はヒステリックに声を荒げていたが、ユーリは無視したままだ。領主を睨み続けている。
自分を睨み続ける四人を、興味深げに領主は眺めていた。
確かに異邦人のようだ。敬意を払うつもりが全くない。それどころか騒いでる馬鹿をどうにかしろと、目線で要求すらしている。
面白そうにユーリ達を見ていた領主だったが、ようやく意を決したようだ。
怒鳴り続ける男に対して口を開く。