80.茶番劇だね
「ヴォズリィ男爵、その辺で止めておけ。先に通告していたであろう。彼等に礼など求めぬ事は」
「は!?……いや、しかし……」
「それよりお主の先の言葉の方が聞き捨てならんのだがな。平民の分際とか」
「い、いえ。そ、それは言葉の綾で」
「お主の息子は現在取調べ中だ。理由は分かっておろう」
「え!?」
「その者を連れて行け。『平民』の息子とは別に一応貴族用の牢にな」
「お、お待ちを。私には何の事だか……は、離せ。違うのです、私は……」
騒いでいた男は、やはり先の門前で馬鹿をやった青年の親だったようだ。
子は親の鏡と言うべきか、蛙の子は蛙と言うべきか。数代続く貴族なのだろう。選民思想に染まり切っている。
だが言っては何だが、数代を男爵程度で留まっているのだ。陞爵、爵位が上がるような活躍は一切無かったのだろう。降爵や奪爵、爵位を剥奪されるような事もしなかったのだろうが。
それゆえに、爵位だけを誇りとする事になったのかもしれない。
両サイドの背後に並んでいた儀仗兵に両腕を取られて、その男は引き摺られていった。奥にあった二つの扉の内、領主が出て来たのとは違う扉の方に。
やはり、あの男爵とやらが昨夜の襲撃の黒幕なのだろう。
ユーリがギルド長の方を見ると平然としていた。末席に居た商人組合代表も胸を撫で下ろしているようだった。
結局は出汁に使われたのだなと、ユーリは溜息を吐いた。
クーディ達は跪いて顔を下ろしたまま、冷や汗を掻きまくっていた。
この街で暮らす彼等にとっては敬愛する領主だ。礼を尽くすのも当然だ。
他領の食い詰め者を引き取り、冒険者の若年者登録を許可している。
昨日のラゴギョノテの討伐報酬の増額のように、過ちを認めて対処出来る貴族なのだ。
だが寸前まで一触即発のような雰囲気だった。
あの馬鹿男爵が更に激昂していたら、この場は血に染まっていただろう。自分達の背後で踏ん反り返っている異国人達は、平気でそれを行う男達なのだから。
昨日の換金屋や商人組合での態度など、異国人だからと下に立つ気が無い。それどころか常に上から目線なのだ。
領主ですら下に置いているのかもしれない。最低限の礼は見せているが。
領主は改めて、その場に居る者達に楽にするように告げた。
そしてクーディ達に、面を上げて近付くように言った。
ギルド長が先頭に立ち、クーディ達に続くように指示する。クーディ達は素直に後に続いて行った。
だがユーリ達はその場から動こうとしない。領主を睨んだままだった。
即座にこの場を立ち去ろうとする素振りすら感じられる。
彼等はこのまま済ますつもりは無い。
組下の貴族が馬鹿な行為をしたのだ。上役である領主が、謝罪の一言でも口にしない限り動く気は無かった。
詫びも言えない相手なら、この後の対面もろくな事にならないだろう。
ギルド長も「異界人」について何かを知っていそうだ。後で締め上げるなりすれば良い。深夜に乗り込んで領主一家を脅しても構わない。
「そなた達にも迷惑を掛けた。許して欲しい」
領主は胸に右手を当てる礼をしながら、ユーリ達に話しかけた。
その様子に周囲の者達がざわめいている。
伯爵位にある領主が一介の冒険者風情に礼を取った。さらに謝罪の言葉すら口に出したのだ。謁見の場、公式の場でだ。
ユーリが小声で他の三人に、領主の言葉を翻訳する。周りのざわめきから判断して異例の事なのだろう。四人はクーディ達の背後まで進んでいった。
その後の謁見はスムーズに進んだ。
領主がラゴギョノテ三体の討伐を褒め称える。ギルド長が領主の言葉に謝意を返す。クーディ達もユーリ達も口を開かない。
領主とギルド長、二人の間だけで会話が続いていく。
領主はギルド長に何かを渡していた。どうやら感謝状の類のようだ。たぶん額にでも入れてギルドに飾られるのだろう。
それによりクーディ達の名は高まる。他の冒険者達からも一目置かれるようになる。ランクアップの速度も速くなるに違いない。
そして謁見が終わる。
再度クーディ達が跪く。ユーリ達は立ったままだ。だが胸に片手を添える礼は取っていた。
その様子を見て、少し苦笑しながら領主は去って行く。入ってきた扉から出て行ったようだ。
ユーリは呟いた。「茶番劇だね」と。
領主が去った後、周囲の者達の一部は驚いているようだ。ラゴギョノテが三体も居た事を知らなかったのだろう。
合わせても七人しか居ない冒険者で、ラゴギョノテ三体を退治したのだ。
なるほど謁見の場を開くのも当然だ。ヴォズリィ男爵は馬鹿な真似を、と囁き合っていた。
クーディ達を知る者は、四人の異国人がランク六相当と推測している。知らない者でも相当なベテランだと考えていた。
先のあの態度は高ランク冒険者ゆえなのだろう、と勘違いすらしていた。
領主が退出したのを確認したギルド長は、クーディ達に合図を出した。
クーディ達は立ち上がり、ギルド長の後に続き扉の方に向かう。その後をユーリ達も続いて行く。
さっさとこの場を去った方が良い。あの馬鹿男爵はともかく、友好的にユーリ達に声を掛けたいと思う者が居るかもしれない。
だが貴族の友好的な態度とやらが、彼等の逆鱗に触れないとも限らない。
無事に扉から出てくると、家宰の男が待っていた。
この男は領主の退出時に扉を押さえていたのではなかったのか。なのになぜ今ここで待っている。
やはり執事と言う職業に就く者は、テレポートが使える超能力者に違いない。
家宰の案内で待機していた部屋に戻る。
道すがらユーリは謁見の場での様子を、他の三人に翻訳していた。
「絵に描いたような馬鹿貴族だったねえ」
「与えられた権威が絶対不変とでも思ってたんだろうね」
「盗賊まがいの事をしても許されるってか」
「権利と義務と言うのを、理解していなかったのだろうな」
俗にノブレスオブリージュと言われる物だ。
特権を持つからには相応の義務も払わねばならない。
初代や二代目くらいまでなら、その気概も持っているだろう。己が平民だった頃を知っている筈だから。
ただ三代目以降は大抵が物心付いた時点で貴族だ。普通なら初代の功績を尊んで、貴族とは如何なる者かを学んでいく。
だが勘違いする者も出てくるのだろう。自らの功績で得たのではない、借り物の権威を己の力と驕るような者が。先の門前の馬鹿息子のように、爵位を継ぐ前なのに権威を持っていると考える者が。
部屋に戻るとメイド達がお茶の用意をして待っていた。
ユーリ達とギルド長は、先に座っていた位置に腰を下ろした。
すぐにメイド達が各々の前にお茶を差し出してきた。
家宰の男は既に姿が見えない。領主に告げにいったのだろう。
だが一緒に部屋に入った筈なのだ。なぜ腰を下ろす僅かの瞬間に、気付かれもせずに消え失せられるのだろう。
クーディ達も疲れ果てたのだろう。迷わず腰を下ろしていた。だが部屋の隅に置かれた椅子にだった。やはりソファに座るのには抵抗があるのだろう。
領主が訪れれば、扉の外で見張りをしなければならないのだ。休めるうちに休んでおこうと考えているに違いない。
差し出されたお茶を一息で飲み干して、おかわりまで頼んでいた。




