70.さすおにじゃないか
それからはトネリは街の様子などを話し出した。
ユーリは「そうらしいですね」と相槌を打つ。仲間に翻訳する様子も無い。
一般的な情報は既に入手済みなのだろう。
いまさら彼等の方から何が欲しいかを言い出すことはあるまい。もう彼等は情報の買い手でなく売り手になったのだ。
こちらで考えて彼等の欲する情報を推測して出すしかないだろう。彼等を無視したくないのであれば。
そこでふと改めて彼等の背後で立っているクーディ達に気付く。
「クーディさん達とはお知り合いですか?」
「少し縁がありましてね」
「俺達がこの街に案内したのさ」
退屈そうに立っていたクーディだが、自分達の名が出たためか口を出した。
「出会ったのは街の外だったんですね」
「ラゴギョノテの退治中に助けて貰ってね。三匹もいてさ。さすがだぜ」
「よさないか、クーディ」
「けどよ」
「黙っていろ。今後口出しするなら別行動を取る」
ユーリはクーディの正直さに頭を抱えたくなった。商人相手にバカ正直は誇れる事ではない。しかも相手は組合の代表を務める男なのだ。
クーディはユーリ達が高位冒険者である事を自慢したいだけなのだろうが、それすら貴重な情報なのだ。結局クーディも脳筋冒険者よりなのだ。
それにクーディとのやり取りに、別の意味でも頭を抱えたい気分だ。「今のってまるで、さすおにじゃないか」と思わずユーリは呟いていた。
トネリは今の言葉だけで分かってしまった。
ラゴギョノテの出現は商人の報告で知っていたし、領主が単体討伐の依頼を出した事も聞いた。それをクーディ達が受けた事までは知らなかったが。
奴等は連携するのだ。単体ですら領兵が三、四人で相対しないと厳しい相手だ。三体なら二十人、二分隊は居ないと対峙しないだろう。
ユーリ達はたった四人で二匹以上のラゴギョノテと闘える連中なのだ。
しかもクーディが街に案内したと言った。彼等はこの街を目当てに来たのでは無いのかもしれない。
ユーリ達がランク六の冒険者であろう事も、クーディ達が案内と護衛の名目での監視である事も間違いない。
ギルド長は確実に領主に伝えているだろう。自分ですらこの後報告に行く必要があると考えているのだから。
その上で商人達にも通達すべきだろう。下手に彼等に手を出すなと。
何度かお茶のおかわりをしつつ話は続けたが、その後は本当に当たり障りの無い話しか出なかった。
適当な所で話を切り上げて、彼等を送り出した。
トネリはギルドや領兵に張っている網からの情報で、今後の対応を考えるしかないと悟っていた。少々金が掛かるだろうが放って置く事はもう出来ない。
なによりまずは領主への面会と報告であろう。組合に招いた事は皆に見られている。知っていながら報告も無しで済む筈が無い。
トネリはずっと付き添わせていた秘書の女性に資料を纏めるように頼んで、溜息を吐きながら自室に戻って行った。
ユーリ達は組合を出た後、また中心部に向けて歩き出した。
ユーリは他の三人に話の内容を翻訳していく。クーディの口出しの下りには全員が突っ込んでいた。
時刻は午後四時過ぎ、昼四刻に入った頃だろう。夕刻には一度ギルドに顔を出すことを考えると、あまり時間の余裕も無さそうだ。
彼等はクーディ達に街の案内を頼んだ。純粋に観光としての案内だ。
クーディ達は頭を下げていた。彼等の実力を話した事に対して。
そんな事ですら金になるとは思っていなかった。ユーリの木で鼻を括ったような物言いに、なぜそんな真似をと疑問にすら思っていたのだ。
だがそれが商人に下に見られないようにとの返答に驚く。商人は信用を大事にするのは間違いない。だがそれはイコール正直ではないのだ。
どんな些細な情報ですら対価を求める。それが商人なのだ。
ユーリ達は高位冒険者に違いない。だが商人の考え方も持っているのだ。
クーディ達は自分達も上を目指すなら、彼等の言動から学ぶ事が多いのではと考えていた。
ユーリ自身は「相手は井上の出す裏がありまくりのNPC、エイティならどんな対応するかな」と考えながら喋っていただけなのだが。
彼等の中では「エイティは腹黒」で一致しているようだ。エイティ本人は否定するのだろうが。
クーディの案内で街の至る所を散策していた。
街は少しずつ拡張しているためか、貴族街以外は雑多であった。
拡がった先の方が城門に近くなるからであろう。宿屋はそちらに増えていく。同時に食堂もだ。
新たに区画整備されて歩きやすい通りの周辺には、新しく大きな家も立ち並ぶ。さしずめ郊外住宅地といった感じか。
旧中心部がスラム化しそうなものだが、領兵の詰め所やギルド、商人組合が控えているだけにそのような事もない。
少し怪しげな場所は、城壁と中心部の真ん中辺りに多いそうだ。と言っても領主の政策でギルドは若年者登録も認められるし、辺境ゆえ開拓の仕事もある。
もちろん働く気の無い者や裏稼業の者もいる。歓楽街だって存在する。だが王都の様に酷いスラムは無いそうだ。
ざっと見物しながら屋台で夕食を取る。
ユーリ達は高くても構わない、美味いところを紹介しろとクーディ達に詰め寄っていた。昨夜のような薄塩と言うより塩無し串焼きには耐えられないのだ。
贅沢だなと思いながらも、クーディ達はそこそこ値の張る屋台に案内していた。香草や香味野菜を使った串焼きに、ユーリ達は満足そうであった。
夕刻に入った頃にギルドに向かった。
ギルドの一階は完了報告の冒険者で賑わっている。幾つもある完了受付は長蛇の列だ。唯一空いているのは夕刻でも開かれた依頼受付の場所だけである。
その依頼受け付けに座っていた者が、クーディ達に気付くと近寄ってきた。昨日と同じ女性である。そしてすぐにギルド長の部屋に向かうようにと伝えてきた。
当然ユーリ達も全員一緒にと。
わざわざ待ち構えているとなると報酬増額の件だけではあるまい。またややこしい事にならねば良いなと思いつつ、ユーリ達もクーディに続いて階段を上がる。
ギルド長の部屋をノックしてから入る。ギルド長と副長も一緒に待っていた。
ギルド長はクーディ達にではなく、ユーリに声を掛けてきた。
「どうかね。役に立つ情報は手に入れられたかな」
「良い街ですね。裏通りすら綺麗で清潔な道で。良い『観光』が出来ましたよ」
どうせクーディが報告はするのだろうが、ユーリは自分から何をしたのか明かすつもりは無かった。
一瞬鼻白んだような顔をしたギルド長だが、「それは良かった」とだけ言ってクーディ達に向き直る。
ギルド長はクーディ達に報酬の増額が認められた事を伝える。さすがに三倍にはならなかったが二倍と少しの増額になったようだ。
但し倍の分の報酬はユーリ達に渡しているため、差額分だけ渡すらしい。埋め合わせ代わりに、この案内と護衛の仕事で勘弁してくれと頭を下げていた。
クーディ達も今日の行動を思い返して、この楽な仕事で報酬が貰えるならと納得したようだ。




