68.もう用は無くなったよ
「酒が出るところが良いか。それとも……」
「昼間から飲む気は無いさ。茶屋でもあれば良いのだが」
「なら、表通りの店に行こう。あんた等も一度は金持ちが通う店に行って見たいだろうしな」
「まかせるさ。ああ、茶代は出すから心配するな」
「さっき儲けさせて貰ったからさ。心配無用だ」
クーディは彼等が入ってきた城門と逆の方に歩き出した。
数分で着いた先は壁が無いように見える店だった。
オープンテラスと言う訳でもないだろうが、全面に光が差し込み明るい雰囲気が漂っている。
ユーリが安全性に問題は無いのかと訊ねると、夜は木戸を貼り付けて酒場に変わるそうだ。しかも店が閉まった後の深夜帯は不寝番すら立てているらしい。
豪儀な店である。そのぶん代金も豪儀らしいのだが。
注文はクーディに任せた。
朝食と同じだ。珈琲や紅茶があるかすら分からないのだ。普通に街の者が飲むものを頼んだ方が安心だ。下手に知識を披露したくもない。
しばらく待つとカップと皿に載った薄いパンのような物が運ばれてきた。
どうやらハーブティーのようだ。もちろん砂糖などは入っていない。
パンの方はクレープ、いや小麦では無いのでガレットだろうか。数枚重ねられていた。こちらも砂糖などは入っていなかった。
茶葉は伝わってないのだろうか。そしてこの辺りも甘味は貴重なのだろうか。
どうやら一日二食が基本だそうだ。
朝にガッツリ食べて、昼はおやつ程度、夕食も軽くといった感じらしい。
ある意味理想的な食生活ではないだろうか。単純に晩で暗くなると調理が大変なだけのようだが。
灯りが貴重な時代の知恵なのだろう。
半刻、ユーリ達の感覚では一時間足らずほどゆったりと過ごした。
普通の街の情報をクーディ達に聞きながら。
エルイの時代より三十年経っているが基本的な事情は変わらないようだ。三十年程度では様変わりすることは無いのだろう。
現代日本では三十年前はスマートフォンではなくポケベル、更に三十年前だとプッシュホンすら無いダイヤル式の黒電話の時代だ。
パソコンでも三十年前は、グラフィカルユーザインターフェースではなくコマンドプロンプト。更に三十年前だとパソコンなど無く、穿孔した紙テープや磁気テープで入力するような大型機の時代だろう。
現代地球の三十年と比べる方が間違っている。
休憩を終えた彼等は、クーディの案内で商人組合に向かった。
どうやらギルドから貴族街の方に向かい、少し先の方にあるらしい。
歩きながら四人は相談を始めた。
「エイティのフードはどうするかねえ」
「黒髪黒目を商人連中相手に晒すのも問題あると思うしね」
「だが情報収集に長けた連中は、既に俺等を知ってる奴も多いんじゃねえのか。昨晩ギルド出てから、今だって隠してねえんだし」
「俺達が異国人だとはっきり示す証拠だ。隠す必要は無いだろう。馬鹿な事を考える奴が出るかもしれないが、それはそれで役に立つだろう」
相談内容はエイティの姿を見せるかであった。
明らかに南方出身と思われる容姿だ。
彼等の存在は知っていても、迷い人だと言う事までは掴んでいないかもしれない。クーディ達やギルド長、門番や詰め所の領兵達も、あの換金屋ですら漏らすとは思えない。
ならば香辛料や砂糖、南方の貴重品の所持を疑う商人も少なくは無いだろう。
彼等にそれらを売る気は全く無い。既に一万エノツを手にしているのだ。
エイティの笑みに、他の三人は愚かな者が居ない事を祈るだけだった。
商人組合は立派な建物であった。
ギルドよりもはるかに大きい。商人達が己の力を誇示するためだろう。なにしろ門衛すら立っているのだ。
商人が出入りするのだ。為替業務も行っているのだろうし、金銭を抱えた者も出入りするだろう。護衛を雇っているのが当然だ。
少し遠慮がちになったクーディ達を背後にして、四人は近付いていった。
建物の周りにいる者達が彼等に目を向ける。その視線はローブのフードを被らずに、その黒髪を晒したままのエイティに向かっているようだ。
恐れや怯えでなく、興味と思われる視線であった。
組合の前に着くと、門衛が二人近寄ってきた。
装備を見るに領兵ではない。商人組合が雇った冒険者上がりの者達だろう。そこそこの実力がありそうだ。
「商人組合に御用が」
「ああ、買いたい物があってね」
「申し訳ありませんが、お腰の物を預からせて貰って良いですか」
「うん? 何人か武具を持ったままの者も入っているようだが」
雇った冒険者のか、自前で用意したのかは不明だが、武器を挿した護衛と見える者が商人らしき者と入っていくのが目に入る。
異国人と言う事で警戒されているか、もしかしたら舐められているのかなと思いながらユーリは訊ねる。
「いえ、あの者達は許可を取っていますから」
「割り札での確認も無しにか」
ユーリは苦笑しながら告げた。
入り口付近に残って立っている門衛も、こちらに興味津々の様子で他の者を確認しているように見えない。
周りにいる者達の態度は半々のようだ。
にやにや見ている冒険者上がりの護衛らしき者と、「明らかに異国の者だ、余計な事をせずに中に入れろ」と言いたいような商人達の。
「お入りになられるのでしたら、お腰の物をお預け願います」
「いや、それならこの街での商売はしないだけさ」
これは舐められている方だな、と思ったユーリはそう言って背を向けた。
他の三人に一連のやり取りを翻訳した後、元来た方に向かって歩き出した。
クーディ達は良いのかと言いたいようだが、黙って彼等四人の後に続く。
数歩進んだところで後ろから声が聞こえた。
余程慌てていたのだろう。少し弾んだような息が挟まっていた。
「お、お待ちください。商人組合に御用ですか」
ユーリ達が振り向くと、きっちりとした身なりの四十代くらいの男が立っていた。さすがにスーツでは無いが仕立ての良さそうな上着を着ている。
ユーリは興味無さげに答えた。
「もう用は無くなったよ。あんたこそ何だ。俺達に用でもあるのか?」
その冷たい声に男は焦った。
完全に怒らせた。彼等はこの街の商人に何も売る事は無いだろう。物に限らず異国の情報も含めて。
あの黒髪で気付かないのかと門衛を怒鳴り付けたい気持ちを抑えて、男は声を掛け続ける。
「折角この辺りに来られたのですから。そう、休憩がてらお休みになられては」
「悪いが遠慮する。武具を預けられるほど、あんた等を信用出来ないのでな」
「いえ、もちろんそのままで結構です」
男は門衛を睨みながらそう告げた。
しかし門衛の振る舞いも悪くは無いのだ。
商人が同道しているか顔馴染みの護衛でないなら、見知らぬ者を武装させたまま屋内に入れるのを阻止する事は当然なのだ。
だが明らかに異国の者と分かる黒髪黒目だ。通り一遍の対応で良い筈が無い。組合に居る上位者に確認を取るべきだったのだ。




