67.次なんて考えたくないんだけどねえ
「あ、先輩。今いいですか」
「おう、クーディか。どうした大人数で」
クーディが一人の男に声を掛けていた。
結構逞しい身体をした三十代半ばくらいの領兵だ。同僚と何か話していたようだが、クーディが声を掛けると振り向いて答えてくれた。
クーディがここに来た理由と彼等を案内してきた経緯を伝えた。
「なるほどな。すまないが登録証を見せてくれないか」
「ああ、これだな」
そう言ってユーリは城門で受け取った四人分の仮登録証を渡す。
領兵の男はそれを軽く確認して、ユーリに返しながら言った。
「まあ、クーディが連れてきたんだし間違いないな」
「ずいぶん彼等を信頼してるようだが」
「こいつ等は馬鹿だが、悪い事は出来ねえ奴等だからな」
そっとクーディの方を見ると頬を膨らましているようだ。男がやっても可愛らしくも無い。
ユーリは苦笑しながら、領兵の男に知りたい事を尋ねていく。
異国人が最近来たかどうか、その者達が自分達のように罠か何かで飛ばされて来たのではないかと。
領兵の男は同僚や上司であろう少し年配の者にも確認しながら答えてくれた。
どうやら、そんな異国人は居ないようだった。
せいぜい隣国の商人が、年に一回程度の頻度で数組が訪れるくらいらしい。
広大な魔の森だ。場所によって現れる魔物も異なっているのだ。この辺りにしか出ない魔物の素材を買いに来るそうだ。
残念ながら有益な情報は得られないようだった。
ユーリは丁寧に礼を言って、幾ばくかの金銭を渡しておいた。
領兵の皆さんにと言いながら二百エノツを出して、直接対応してくれた男には五十エノツを握らせる。
彼等は情報収集の費用をケチるつもりは無い。役に立たなかったとしてもだ。
そういう態度を見せていれば、今後便宜を図ってくれるかもしれない。
現代地球でも日本以外の国では公務員でも賄賂などよくある事なのだ。
金銭に潔癖なのは現代日本の公務員くらいだろう。特別職公務員の者達、政治屋の連中は別かもしれないが。
詰め所を出て、しばらく歩く。中心の四つ辻に向かって。
彼等四人はまだこの街の構造を詳しく知らない。どこかを起点に各々の場所を知る必要が有るのだ。
「先輩と呼んでいたな。元冒険者か」
「ああ。俺達も後々は領兵を目指しているからな」
ユーリの問いにクーディは胸を張って答えていた。
詳しく訊くと、冒険者と言うのは詰まるところ腰掛けなのだ。
ランク五近くになると止める者が多い。力を認められて先輩と呼ばれた者のように領軍に所属する。大きな商会の専属護衛になる者も居る。
それにここは辺境だ。開拓民になる者や村に移住する者も多い。
力も強ければ魔物退治の経験もあるのだ。受け入れてくれる村も少なくはないだろう。
若年登録者も十五歳までの仕事が認められれば、ランク三に上がる前に辞めていくのだ。
それに若者は稼いだ報酬で私塾に通う者もいるらしい。最低限の読み書き計算などを習うために。
その後はどこかの下働きから始める者も多い。
危険で収入が不安定な冒険者を続けるより余程有益に違いない。
軍への入隊を目指すならば、戦闘経験を積むために冒険者を続けるだろうが。
危険な事に快感を覚えるような、自分の命を賭け代に刹那を生きるような、ある意味アウトローな連中だけが冒険者稼業を続けるのだ。
ランク五や六になるのはそんな連中だ。高ランクな有名冒険者などと言うのは幻想に過ぎない。
一般人からすれば、それは狂人と同義になるのだ。
ユーリはそれを聞いて、ギルド長が彼等に監視をつけた理由に納得していた。
確かに腫れ物扱いされても仕方がない。
自分達は高ランク冒険者と思われている。しかも異国のだ。危険視されない方がおかしいのだ。
クーディ達に魔術や治癒を見せてないのが、まだしも救いと言えるだろうか。
ユーリは他の三人にそのことを翻訳していった。
「次の時は設定を変えた方がいいんじゃねえか」
「……次なんて考えたくないんだけどねえ」
「下手に軍属なんて名乗りでもしたらスパイ扱いされるだろう。狂人と思われる方がまだマシだな」
「僕達のスキルも問題になると思うよ。隠すつもりもないんだから」
ゲームとは異なり冒険者は誇れる職業ではない。卑下するような職でもないのだろうが。
封建社会の世界では、いくら読み書き計算が優れていても一般市民が政務に就ける事は無い。雑務を請け負う期間作業員にでもなれれば良い方だ。
貴族を騙るのも、他国の軍属、政治家を名乗るのも問題があるだろう。
彼等はそのまま高位冒険者の振りを続けるつもりだった。
そう読み書き計算に限らず、魔法の適性がある平民でも学校に通うことはないのだ。そのまま軍に所属させられて訓練を受けるのだ。
なぜ平民のまま学校に通わせて高等教育を受けさせる必要があるのだろうか。
もし途轍もない魔法の素養がある者ならば、一代貴族、准男爵や准子爵として学校に通わせることはあるかもしれない。
指揮官となるには爵位が必要となるからだ。平民が貴族に指示を出すなど認められる訳が無い。
異世界物によくある、平民と貴族が身分を気にせずに同等に学べる学校。そんな物はありはしないのだ。
「詰め所は役に立たなかったみたいだけど、次はどうするんだ」
「最初に言ったろ。この街以外の事も詳しいのは商人だろう。ここには商人の組合、商業ギルドなんてのは無いのか」
「組合か。あるにはあるが、領兵と違って伝手は無いぞ。冒険者上がりだと専属護衛になるのが関の山だからな」
「気にする事はないさ。やるのは商取引だからな。金で情報を買うだけだ」
クーディは少し申し訳なさげに言った。
自分の先輩達が情報を持ってなかった事を気にしているのだろう。
だが彼の責任ではない。いきなり有益な情報が手に入るなどと言った甘い考えを、彼等四人は持っていない。
ユーリは次に商人に当たる事を他の三人に告げた。
確かにエルイのような商人ばかりではないだろう。異国人の旅人が相手だ。平気で人を騙すような者もいるかもしれない。
しかしエイティとゴローと言う二人の優秀な嘘発見器が居るのだ。
彼等にはこの国の言語が分からない。だから言葉に惑わされず、表情や視線、心拍数や体の緊張と声の震え、その他の様々な情報で嘘を判別するのだ。油断は出来ないが無意味に恐れる必要もないだろう。
「その前に昼休憩を取らないか」
クーディが仲間の二人を見ながら告げた。
朝食を食してから換金屋に寄って、その後は詰め所で話を聴いたのだ。
もう十分に昼と言って良い時間である。
ユーリも三人に声を掛けて確認を取る。
「そうだな。軽く休める所を知っているか? 朝食並みとは言わんが、そこそこの物が食べられる場所で」
クーディは贅沢だなと考えつつも、そう言えば彼等は一万エノツ手に入れたんだったと思い直す。
自分達も千エノツを手にしたのだ。多少の贅沢はバチが当たるまい。




