64.もう一つの方だな
今後の方針を簡単に話し合った彼等は就寝についた。
四交代で見張りをする事にしてだ。
初めての街であるし、言ってはなんだが安宿だ。クーディ達の定宿だとしても簡単に信用する気は無い。とは言え、二交代にする必要までは感じない。
そしてスキルポイントの使用が多い魔術師のエイティと、遠距離系のゴローに連続休憩時間を取らせる方が良い。
結局エイティ、ドーリ、ユーリ、ゴローの順で見張りをする事とした。
翌朝まで特に何も起きなかったようだ。
クーディ達が来る前に全員起き出して身なりを整える。
荷の詰まったずだ袋も背負っている。異次元収納が欲しいな、と四人揃って呟きながら。当然だが宿に荷物を残して置く気は無いようだ。
明るくなってから改めて彼等は部屋を眺めた。
四畳半ほどの部屋に二段ベッドを二つ置いただけの部屋である。ベッド同士の間も一人が歩ける程度の幅しかない。
机や椅子もなく、本当に寝るためだけの部屋だ。賄いこそ無いが、寝具が有るだけ木賃宿よりマシと言う所か。
だが寝具と言っても、藁の上に麻布を敷いただけであり、上掛けも同じような麻布一枚だ。冬場は自前で毛皮でも持ち込まないと辛いだろう。
料金も一人当たりという形態では無いらしい。部屋単位で貸し出している。三人でも四人でも料金が同じなのだ。
さすがに五人で四人部屋を借りると文句を言われるだろうが。
もちろんシングル、ツイン、ダブルなんて区分も無い。それが必要な連中は、表通りにあるような「ホテル」に泊まるべきなのだ。
可愛い女の子が受付をして、食堂も併設された清潔な宿屋。綿や羽毛の詰まった掛け敷き布団があり、部屋も広く幾人もがベッドに腰掛けてでなく座れる部屋。それは高級旅館と言って良いだろう。
現代のビジネスホテル並みの料金で泊まれる筈が無い。少なくとも冒険者が定宿に出来るような値段ではないだろう。
四人は異世界物の宿屋を羨ましいと感じながら、溜息を吐いた。
しばらくするとノックの音がした。
クーディの声も聞こえる。朝食の迎えに来たようだ。
ユーリが閂を外して扉を開けると、クーディ達三人が揃って立っていた。
当然だが近代的な鍵は存在しない。
中に居る者が閂を掛けるしか無いのだ。部屋ごとに違った錠前を付けるなど近世になってからの事だ。異世界物では当然のように存在するらしいが。
だから王宮や領主の館は、宝物庫の前に常時警備の者や不寝番すら居るのだ。その役目は騎士や衛視でも、そこそこ地位の高い者が担当する。
勝手に中に入って財物を持ち出したりしない、信用のある者の仕事だからだ。
富裕な家屋持ちの商人などが、長期に家を開ける時は冒険者に依頼するのだ。
警備員代わりに住んで貰う。勝手に家財を持ち出せばギルドの信用問題になるので、まともな冒険者を担当させるだろう。
冒険者にとっても、宿代を気にせずに雨風が凌げる場所で生活できるのだ。さらに依頼料も入る。
そして依頼を受けた時点で、名も風体もギルドには分かっている。余程の馬鹿でない限り、家財の持ち出しなど考えない。そんな事をして登録抹消および犯罪者になるような愚かな真似をする訳が無い。
フィルヴィのアジトにあった宝箱の鍵も、厳密には開けるための鍵ではない。罠を一時的に解除するための鍵なのだ。
だから一定の手順を踏まないと罠が発動する。単純に挿して回せば開くような錠前では無いのだ。
「おはよう。朝飯が食える所に案内してくれると言う話だったな」
「ああ。それで二つあるがどっちが良い? 量だけはある安い店と、結構美味いがそこそこの値の店と」
「あんた達は普段どっちに行っているんだ」
「もちろん安い方だが、大きな依頼を終えた時はもう一つの方だな」
「ならば、もう一つの方だな」
冒険者などやっていると験担ぎも重要だ。
実際は気分の問題に過ぎない。しかし、その気分が次の依頼の成功率に響く事もよくあることだ。
ラゴギョノテ退治を完遂した翌朝だ。良い店の方に行くつもりだった筈だ。
ならば彼等の普段通りの行動に合わせてやる方が良いだろう。
七人は一階に降りて主人に出かける事を伝えて宿を出た。
晩まで戻る事も無いだろう。
裏通りと言ってはいるが、馬車も一台なら入れそうな道だ。昨日も思っていたが、糞便の臭いがしないことが驚きだ。
クーディに尋ねると、下水道があり公衆便所で用を足すのが普通らしい。
室内での用足し後も、それを捨てる専用の場所まで運ばないと罰則があるそうだ。宿の便所で彼等が排出した物を捨てに行くのも、宿の主人の仕事らしい。
あの宗教が無いお陰かなと、ユーリは皆に翻訳していた。
地球では古代ローマの頃は公衆の浴場や上下水道があったのに、中世ヨーロッパでは先史時代に逆戻りしている。あの宗教が他人に肌を見せる公衆浴場も公衆便所も禁止して、上下水道の技術も喪失したのだ。
香水とハイヒールは、街中に平然と捨てられた屎尿のせいで発展したのだ。日傘も上の階から捨てられるそれを避けるための物だと言われている。
黒死病が蔓延するのも当然だ。
裏通りを一つ表通りの方に進み、さらに中心部から離れる方に歩くとクーディ達の言う店に着いた。外見は場末の喫茶店のようだ。
クーディ達に続いて中に入る。
店内の様子も外見から感じたイメージと大差なかった。
当然と言えば当然だ。大きなガラス窓があって外の光を存分に取り入れている事もないし、電球が煌々と灯されている訳でも無い。ただ、壁が白く塗られているためか、少々薄暗いかなという感じに抑えられていた。
店のウェイトレス、いや少し年配のご婦人がクーディに声を掛けてきた。
「いらっしゃい。ご無沙汰じゃないかい」
「久しぶり……じゃない。二旬も経ってないぞ」
「一旬越えたら沙汰無しだよ」
「ったく。この店は飯は美味いが、女将がちょっとな」
「あら、美味しいって言ってくれてありがと。毎日来てくれても良いんだよ」
「無茶言うなって。貧乏冒険者にゃ辛いんだよ。代わりに新規の客連れて来たから勘弁してくれ」
そう言ってクーディは入り口近くで立っていたユーリ達に手招きをした。
女将と呼ばれた女性もすぐに、フードを下ろしていたエイティの黒髪に気付いたようだ。だがそれには触れずにクーディに笑いかける。
「あんた等より強そうじゃないか。それに良い男揃いだし」
「実際強いんだよ。けど男前って点では負けてない……よね。で、七人揃って座れる席はあるかな」
「はいはい。一番奥になるけどテーブル繋げてあげるよ」
そう言って一番奥の、しかし明かり取りのある場所にテーブルを並べに行く。
七人はその後をゆっくりと着いて行った。
店では既に幾人かの客が食事をしていた。混んでいる訳では無いが、まばら過ぎる事も無い。
その横を通り過ぎる七人の中に黒髪の者が居る事に気付いた数人が目を向ける。驚いているようだが特に声を掛けようとも思っていないらしい。
彼等はクーディ達とユーリ達に別れて、各々が一列になるよう椅子に座った。
クーディが女将に声を掛ける。
「おすすめを七人分頼むよ」
「はいよ。亭主が腕によりをかけてるから期待してな」
水の入ったコップを置いていく事も無く、女将は戻って行った。
お冷が出るなど日本くらいのものだ。現代でも注文もしていないのに水を出す国の方が少ない。
下手をすると「頼んでも居ないのに金を取る気か」と勘違いされる。居酒屋のお通しが理解されないのと似ているかもしれない。




