56.隠者とか賢者とか
「けどさ。僕達をここに放り込んだ誰かさんが、そんな気遣いすると思う?」
「それはねえだろうな」
「僕等は便利な駒なんだろうねえ」
「指示も与えずに放って置いても目的を果たしてくれる。うってつけだな」
「だがよ。なんで自分でやんねえんだ」
「世界に手を出すのが禁じられてるとかかねえ」
「僕達みたいなのを放り込んで、それは無いと思うけど」
「となると目的が異なるのだろう。前回で言えばメギョアの群れを食い止めるのが主要では無い。後にあの村で産まれる者を護りたかったのかもな。もしくは超自然的な力の行使を避けたかったとか」
「エルイやネカハはただの狂言回しだったってことかよ」
異世界物には世界の安定のために神様が転生や転移を行う物がある。その理由に世界に手を出す事を禁じられてる場合があったりもする。
だが転移転生なら問題ないのか。そんな事はあるまい。それは手出しをしている事に変わりは無いのだ。
それこそ二つの世界に穴を開けて、通常で考えられない能力すら与えて、その世界に有り得ない知識まで持たせたまま別の世界に送り込むのだ。直接手出しをすることの比では無いだろう。
そして彼等四人を送り出した何者かにとって、メギョア退治が目的では無かったのかもしれない。
実際彼等は一万も集まったメギョアの内の千体足らずしか屠っていない。九割以上を、魔物使いが居なくなればその内に散るだろうと放置していたのだ。
やろうと思えば一万体のメギョアの全滅すらも出来たであろう。
だが彼等は行わなかった。手間が掛かる事もあっただろう。だがそれ以上に一万ものメギョア「だけ」が滅ぶ、その事での環境変化も気にしていたのだ。
魔の森の内部のことだから人間には関係ない?
そんな訳は無い。メギョアの存在によって、強力だが単独行動を行う魔物が森の外縁に出て来られなかったのかもしれない。そのメギョアが全滅したなら。
またメギョアが森の中での食物連鎖のどの位置に居たかは分からないが、それが急激に減る事でどんな影響が出るかも不明だ。
ならば魔物使いの退治が重要だったのか。それも違う筈だ。それなら彼等を使わずに自分でやればいいのだから。
あのメギョアの群れの中心部に、雷の一つでも落とせば済む事なのだ。
彼等を送り出した者の目的はそんな事とは全く別なのだろう。
それに彼等がメギョアと対峙したのはエルイと護衛、ネカハが居たからだ。
そして出会ったのも偶然の筈だ。四人の行動が一つ違えば出会わなかったか、別の関係だったかもしれない。
彼等は色々と話し合いながら森の中を進んでいった。
特に何も無いまま数時間で森の外に辿り着いた。
前と同じように草原が広がっていた。だが既に遠くに山脈らしき物が見える。前回と異なり草原が少し狭いのかもしれない。
「間違いなく、あの魔の森だったねえ」
「例の葉っぱも採取できたしね」
ゴローとユーリが声を上げた。
例の葉っぱとはトイレットペーパーや包み代わりの大きな葉のことだろう。今回も役に立ちそうだ。
そして薪となる倒木や枝も採取しておいた。
魔の森の外縁から五キロも行けば、森の魔物の通常行動範囲外の筈だ。とりあえず彼等はそこまで進む事にした。
まあギリギリに人が居るわけではなかろう。さらに数キロは進む必要がありそうだが。
また数時間を費やして森から五キロほど離れた場所に着いた。前回はその辺りでウサギを仕留めたが、今回は見当たらないようだ。だがエルイから入手した穀物が残っている分、焦る必要は無いだろう。
前方に遠く濃緑らしい色が見える。どうやら森のようだ。
だがこれだけ離れているなら魔の森の飛び地ではないだろう。別の普通の森に違いない。
「どうする? 前に見える森に向かってみる?」
「前回のパターンを考えるに向かった方が良いんじゃねえか」
「そうだな。誰かさんはわざわざ方向を限定してるのだろうしな」
「じゃあ真っ直ぐ進むねえ」
そう言ってゴローがまた先頭に立って進み始めた。
草原は前回の腰までの高さと違い、膝くらいの高さの草で覆われていた。
多少歩きやすくはなっている。とは言え膝丈だ。普通に歩くよりは、やはり時間が掛かっていた。
さらに数時間掛けて森に辿り着く。
砂浜を出てから五、六時間だろうか。前回よりはるかに早く進んでいた。まだ日は高い。時刻としては午後三時にもなっていないだろう。
「この森って山に続いてるようだねえ。麓までは進んでみるけどさあ。そこからは左右どちらかに向かった方が良いだろうねえ」
魔の森を出た時点で見えていた山脈だ。千メートル以上の標高に違いない。
さすがにそんな山を登りたくないのだろう。ゴローは皆に異見を求めた。
「そうだよね。あの山登るならスタート地点の岸壁登るほうがマシだと思うよ」
「けどよ。森の広さも分かんねえし、どっちに進めばいいんだ」
「森になってるなら川が有るんだろう。タルフニ村の河も魔の森に続いていたしな。その下流側に向かえば良いんじゃないか」
「タルフニ村?」
「ネカハの居た村の名前だろ。忘れんじゃねえよ」
「ドーリは直接聞いたから覚えてると思うけどさ。僕達はネカハさんの居た村としか記憶してないよ。逆にエイティはよく覚えていたと感心しちゃうね」
「たまたまさ。物覚えは悪い方では無いのでな」
辺境の村の名だ。バワに属する魔の森に近い村、それで事足りてしまう。
仮にあの後エルイ達とバワの街に向かえば、二度と訪れる事は無いだろう。
それにドーリから村の名前を聞いたのも一度きりだ。覚えている方が不思議なくらいだった。
そして魔の森と別れているからには別の水源がある筈だ。
多分あの山脈を水源とする川があるのだろう。
その下流に沿っていけば人里に辿り着く可能性が高い。それに期待するしかあるまい。
もっともその川を見つけるのに、どのくらい掛かるか分からないが。
彼等はその森の中に入り込んで行く。
山の麓との中間地点くらいだろうか。下草が踏み固められた道らしき物に出会った。
「んー。獣道……じゃ無さそうだねえ」
「僕もそう思うよ。鋭利な刃物で枝や葉を払った跡が有るみたいだし」
「ならば森の中に人が行き来するような場所があるのか。開拓村か?」
「けど荷車が通れる幅じゃねえな。籠を背負った行商人しか通れないなら、村って規模はねえだろ」
「ほら、森に隠れ住むパターンあるじゃない。隠者とか賢者とか」
「どっちに進んでも人は居るだろう。ゴローの勘に任せる」
「んー、なら……こっちかねえ」
道の両方とも似たような物だった。どちらに進んでも森の奥に入っていくようにしか見えない。
気配や危険の察知技能があり、キャラクター設定がスカウトに近いゴローに任せた方がマシなのだろう。
彼等は道を進み始めた。
植生は魔の森とそんなに違いが無いようだった。
十数キロしか離れていないのだ。そんなに変わりがある訳ではない。
魔の森といっても樹が魔素を帯びていたりするのではない。エントやトレントやドリュアスのような魔物、精霊も存在しない。
タルフニ村の者達も薪や材木として伐採しに行くと言っていたように、生えている樹は普通の植物なのだ。
ただ強力な魔物が住み着いているから、そう呼ばれているだけなのだ。




