48.左団扇だろうにねえ
四人は森の方に進み始めた。
腰まである草原だ。普通に進もうとすれば相当遅くなる筈だが、彼等は普通に歩く以上の速度で歩み続ける。早足と言っても良い速度だ。
夜目が利く身体でも、明るい内に出来るだけ森の中の探索を行いたいのだ。
進みながら彼等は森までに考えを纏めようと話し合っていたいた。
ネカハが持ってきたトマトを齧りながらだ。少し酸味がきついが久しぶりの新鮮な野菜だ。彼等は満足そうに食していた。
「実際どういう状況だと思う?」
「やっぱ変異種じゃねえか。それか上位種か。指示を出せるような個体が現れたんじゃねえか」
「それは考え辛いな。自らの王国を作りたいなら森を出てこないだろう」
「明らかに一直線に村の方に向かってたからねえ」
基本的に森の中に住む魔物が開けた場所に向かうのがおかしいのだ。
人為的に植樹された果樹林だ。巣別れでも五キロほど離れた開けた場所にぽつんとある人工林を目指すとは思えない。
とすると村を襲うことが目的だったと考えるしかないだろう。
もしそうなら指示を出したのはメギョアの上位種や変異種ではあるまい。
知能が元と変わらないなら森を出るような思考は生まれまい。逆に人間並みの知恵があるなら、そんなことをすれば討伐隊が組まれることが分かるだろう。
「んー。人間のサモナーかテイマーじゃないのかなあ。全グループが十匹で揃ってるのも変だからねえ。人為的なものを感じるんだよねえ」
「サモナーは考え辛いな。十匹のグループに分ける意味が無いだろう」
「でもさ。襲撃時にも言ったけどテイマーでも、あんな四グループをばらばらに行動させるのはおかしいと思うんだけど」
「メギョアとやらの習性で四十匹のグループが出来ないのかもな。それに指示は出せるが感覚の共有が出来ないのではないか」
「本来四十匹纏めて突っ込ませるつもりだったのに、バラけちまったってか」
サモナー、召喚術師なら呼び出したモノと感覚の共有が出来るかもしれない。そのかわり数多くは召喚できないに違いない。それに分散させる事は無いだろう。
だがテイマー、魔獣使いだと感覚の共有は出来ない可能性が高い。あくまで指示を出した後は各々の行動に任せるしかない。操る数の制限はなくなるだろうが。
現代のドッグトレーナーでも個々の犬には指示を出せたとしても、犬の集団に対して連携した指示を出すのは無理であろう。
「でも村を襲う理由って何だろうねえ」
「普通に考えれば盗賊だが……違うのだろうな」
「テイマーとやらが同行してなきゃ脅しになんねえしな」
「一対一なら女性でも腕の一本くらい覚悟すれば倒せると思うよ」
強盗目的ならテイマーも一緒に居るべきだろう。メギョアだけだと脅しにはならない。どちらかが全滅するまでの戦いになるだろう。
フィルヴィの盗賊団の時もそうであったが、村を滅ぼしてしまうと意味が無いのだ。以降は襲えなくなってしまうからだ。「汚物は消毒だーっ!」というのは馬鹿のすることなのだ。
そしてメギョアと言うのは身長一メートル体重二十キロくらいの、それこそ五、六歳くらいの子供の体格でしかないのだ。成人女性ですら身長で三分の二、体重だと半分以下なのだ。それこそ死に物狂いで抵抗すれば倒せない相手ではない。
例えば大型犬には敵わないと思っている人が多いだろう。だが武具を持って、それこそ腕や脚の一本くれてやるくらいの気持ちで対峙すればまず倒せるのだ。大型犬でも体重は三、四十キロなのだ。成人男性なら倍くらいの体重はあるのだ。
ただ犬一匹倒す事で腕が一本使えなくなるのでは割に合わない。
だから人は出来るだけ相手せずに済むようにしているだけなのだ。
「そもそもテイマーなんてのが、この世界に居るとも思えないんだけど」
「ドッグトレーナーみたいなモノかもしれねえぞ」
「魔物を調教できるなら軍属にでもなれば……左団扇だろうにねえ」
「軍属かもしれないな。この国以外の」
「……陽動ってか。魔物の氾濫騒ぎを起こして辺境に軍を引き寄せる気かよ」
「メギョアでも数千匹も集められれば立派な一軍になるよねえ」
「隣国との関係を聞いておいたほうが良かったかも知れないね」
話し合いながら状況を推察していく。
三人寄れば文殊の知恵とはよく言ったものだ。もっとも彼等は四人なのだが。
彼等の考えは他国の陽動という線のようだ。それが合ってるかは分からない。
フィルヴィの盗賊団の時は討伐された残党という推察が的中したようだが。
そうこうしている内に森に辿り着いた。
森の奥は春先で若葉のためか柔らかい日差しが降り注いでいる。真夏の鬱蒼とした森林でないことに彼等は感謝したい気持ちになった。
彼等は一昨日と同じ隊列を取り森に分け入って行く。スカウトのゴローを先頭にして盾役のドーリ、紙装甲のエイティを挟んで最後方にユーリの隊列だ。
「んー、この辺りには何も居ないようだねえ」
「俺の探知にも引っ掛からないな。やっていることの整合性が取れないな」
「だな。結果を見る気がねえのか」
「自分に自信を持ってるのかも知れないね」
森の表層にはメギョアも、他の魔物もおらず静かであった。その状況に四人は首を傾げていた。
陽動が目的ならば、何人かが逃げ出して街に連絡が届くことが必要なのだ。それを確認するために森の表層部に観測役を置いておくのが普通だ。
もし村が全滅でもしていれば、巡回衛士か行商人が来るまで襲われたことが伝わらない。そしてそれらがいつ来るかなど分からない。下手をすれば来期までそのままかもしれないのだ。
軍事行動としての陽動なら、そんな不確定な行為を行うまい。
それでも観測をしないのなら、余程自分の作戦に自信を持った者なのだろう。
彼等は既に数十メートル進んでいた。
そこでゴローがハンドサインで停止するように指示する。そして後ろの三人に小声で囁きかける。
「数十メートル先に何か居るみたいだねえ。この感じだとメギョアかなあ。一グループだけだねえ」
「やるかい」
「探知によると十匹のグループだな。たぶん斥候だろう。無視して回り込もう」
「殲滅するんじゃないの?」
「また十匹のグループってことは確実に意図して組んでるんだろうねえ。メギョアとやらのおおよその規模とテイマーさんを探すのが先だよねえ」
彼等はゴローの見つけた一団を避けるように、しかし森の奥に向かって進み続ける。
別の一団をゴローが察知した。それも避けて進んで行く。
彼等は三つ目のグループを避けた所で一息つく。
「確実に斥候だな。警戒網と言ったところか」
「けどさ、魔の森の中で何をそんなに警戒してるの?」
「さあな。臆病なだけじゃねえか」
「慎重なのは美徳だと思うけどさあ。やりすぎはねえ」
メギョアは大抵の場合三から五匹で一団を組む。十匹のグループは稀なのだ。
だがその十匹単位の群れで森の中をうろつきまわる。大抵の冒険者、それどころか村人ですら知れば異常だと分かるだろう。
隠すつもりが無いのだろうか。それとも知らせようと思っているのか。
これが陽動なら人為的だと知られては困るのだ。あくまで偶然魔の森が溢れたと思われなくては逆に問題となる。何者か人間の手引きだと分かると逆に厳戒態勢を敷かれかねない。陽動の意味が無くなるのだ。
この世界の知識がろくに無い彼等四人ですら、十匹単位に揃ったグループに疑問を持ったのだ。この世界の人間ならば、なおさら不審を感じるだろう。




