47.忘れ物ですか
彼等は必要になるだろう物資を背嚢に移し変えていった。
さすがに数十キロあるずだ袋を背負っていく訳にはいくまい。魔の森に向かうのに不要な物、野営具等を詰め込んだずだ袋は置いていくしかないだろう。
「残した荷物を探られるのも嫌だし、果樹園の真ん中にでも埋めておくのがいいと思うよ」
「俺等に万が一の事があった場合も考えねえとな」
「まあ、この世界に有り得ない物は残すべきでないな」
「ポーションの類はアウトだよねえ。全部持っていくしかないねえ」
エルイの話では、この世界にポーションなどは無いらしい。
これも当然だろう。飲むだけであらゆる傷が治り、体力が回復するような即効性のある薬が存在する方が異常なのだ。
もちろんこの世界にも薬草は存在する。だがそれは地球での漢方薬や生薬のような物だ。塗布すれば一瞬で傷が消えたり、飲めば即座にあらゆる状態異常、毒や麻痺が治る物ではないのだ。
擦り傷や切り傷を治せる程度の治癒魔法士でも貴重な訳だ。
だが彼等はヒットポイント制のTRPG世界の出身だ。当然のように回復ポーションや解毒ポーション等が存在する。
確かに回復魔術の使えるユーリが居る。だからと言ってポーション類を持たずに済む訳が無い。混戦になってユーリの手を割けなかったり、分断される場合も考えられる。SP切れも起こり得る。それでなくとも自己回復手段は必要だろう。
したがって彼等はある程度のポーション類を常備していたのだ。
彼等は荷物の分別を終えて、果樹園に向かった。
荷物を埋め終えてメギョアと遭遇した場所まで戻ってくる。エルイたちが立ち去ってから三十分も掛かっていないだろう。
そこにネカハがやって来た。ゼエハアと息せき切っているようだ。
「どうされました。忘れ物ですか」
ドーリが声をかけた。
先に別れて数十分しか経っていない。ずっと走り続けていないと村との往復すら出来ない時間だ。
ネカハは弾んだ息を整えるように大きく深呼吸をしてから答える。手に持った大きな籠と水が詰まった皮袋を差し出しながら。
「ふぅ。あの、これどうぞ。川で獲れた魚と村で採れた野菜です。新鮮です。晩御飯にしてください」
「それはわざわざ済みません。でも貴重な物なのでは?」
「いいえ。村の為に見張りをしてくれるのです。食事くらい出すのが当然です」
籠から見えるのは丸々二つのキャベツや十個以上のタマネギやトマト、同じく十本はあるだろうニンジンと四匹の川魚。どう見ても四人の一食分を遥かに越える量である。
相当の重さであろう。村に一旦走って戻り、それからこれらを抱えて再度ここまで走り続けたネカハは相当の体力があるに違いない。
いや、彼等の為に無茶をしたのだろう。
「ありがたいのですが……申し訳ない。我々は今からやるべき事が有るので食することが出来ません。手間になるでしょうが持ち帰って頂けますか」
「……え!?」
ネカハはその言葉に混乱した。
やるべき事って……何? ただ見張りをしてくれるだけじゃないの? 晩御飯が要らないって、そんなに時間の掛かることなの? 逃げるつもり……なら自ら見張りを買って出たりしないわよね。そもそも見張りをする義理さえ無いんだから。
まさか……ううん、そんな筈が無いわ。だって魔の森よ。いくら冒険者でも四人でどうにかなる所じゃないわ。
ドーリの背後から他の三人が声をかけていた。
当然ネカハには彼等の話している内容が分からない。
ドーリは後ろの三人の言葉に肯いてから、改めてネカハに話しかけた。
「エルイ殿に伝言をお願いします。もし万が一我々が明日の早朝までに戻らない場合は、即座にバワに向かうようにと。そして領兵は小隊規模以上は送った方が良いと」
「……何を言ってるんですか」
ドーリの言葉を理解したネカハが俯いて小さく呟いた。
ドーリは淡々と続けていく。
「ああ、それと我々が残した荷物は果樹園の真ん中に埋めています。戻らない場合はご自由にして下さい」
「だから何を言ってるんですか! 荷物を置いて行くなら逃げるのではないのでしょ! 戻らないことも有り得るって、たった四人で森に向かう気ですか!」
ネカハは涙を湛えた顔を上げながら声を荒げる。
だがドーリはその後も淡々と話を続ける。
「運良く……かどうかは分かりませんが、我々がこの場に居るのはこの為でしょうから。我々は異国の迷い人です。居なくなっても誰も困りはしないでしょう」
「この為ってどういう意味ですか! それに私が嫌です! 貴方が戻らなかったら私が泣きます! 絶対行かせません!」
ネカハは両手を広げながら叫んだ。既にその顔には涙が零れ落ちている。
彼女にはドーリの言った「この為に自分達が居る」という言葉の意味は理解できない。神様が村を守るために遣わした神の戦士とでも言いたいのか。
彼等は偶然居合わせただけの異国人の迷子なのだ。何の責任もある筈が無い。
ドーリは少し困った顔をしながら、後ろに並んだ仲間達に振り返り何かを話しかけた。
それを聞いたエイティは少し肩をすくめて、右手を指鉄砲の形にしてネカハに向けた。
その途端ネカハは耐え難い眠気に襲われる。
「……何を」
ドーリは近寄って行き、崩れ落ちそうになるネカハを支えるように抱く。
そしてやさしく語りかける。
「大丈夫ですよ。我々は必ず戻ります。一刻くらいで目が覚めます。起きたらエルイ殿への伝言をよろしくお願いします」
ネカハは薄れゆく意識の中でその声を聞いていた。
ドーリはお姫様抱っこと言われる抱き方で、ネカハを果樹園の村の側の端に運んでいく。そしてやさしく座らせる。
ネカハの持ってきた夕食分の素材を抱えたエイティが続き、彼女の傍にそれを置いていく。そしてトマトを四つだけ抜き取った。生でも食べられるからだろう。
ドーリとエイティは残りの二人の待っている場所に戻っていった。
四人が揃ったところで背嚢を背負い、装備等を確認していく。
「なにがなんでも無事に戻らないといけないねえ」
「言っていた事は見当が付くしな」
「あんな顔を見たら頑張らなきゃと思っちゃうよね」
ネカハの言葉が分からなかった三人が口々に呟いた。ドーリの背中に向けて。
ドーリは両手で頬を叩いてから声を上げる。
「やるしかねえな」




