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39.晩までお預けだねえ

 ドーリは彼女が落ち着くのを待って話しかける。


「次はどこを案内して頂けるのでしょうか」

「えーと、次は中央広場を」

「中央広場と言うと、エルイ殿が露店を開く準備をされているのでは?」

「……え!?」


 ネカハは再び冷や汗を垂らしていた。

 そうよ。今の広場って村のみんながお店が開くのを待って集まってるわよ。エルイさん達もお店を開く準備で大変な筈だし。そんなところに彼等を連れて行っても邪魔になるだけじゃないの。それにそんな状態じゃ案内も出来ないわよ。

 えっと、じゃあこのまま外の畑を案内すればいいの? ううん、まずは村の中からじゃなきゃ。

 なら村の自慢とも言える川沿いの水洗の共同便所? だめよ、だめだめ。なんでそんなとこを真っ先に案内するのよ。

 それにそこはサラッと軽く当然でしょって誇らなきゃ。別に珍しくも無いんだよって。普通の当たり前な施設なのよって。通り過ぎながら自然な感じで自慢しなきゃダメよね。

 なら、うちの家? 村長の家だから他よりも大きいしね。ダメよ、広場に面してるんだから。広場に向かうのと一緒になっちゃう。

 ……あんなことやそんなことをされるのかもって考え過ぎて、案内のことなんてこれぽっちも思い付かなかったわ。


 なぜか固まってしまったネカハに向かい、ドーリは軽い感じで提案する。


「ではお願いして宜しいでしょうか。上流側の柵沿いに川へ向かいながら、村の様子を教えて頂くということで」

「は、はいっ」


 ドーリのお願いに慌てて返事をするネカハ。

 もう最初に考えていた作戦、立派に案内を務め上げて大人の女性と認めさせる作戦は水泡に帰している。ドーリの優しい気遣いが胸に痛い。


 それから柵の内側に沿って進み始めた。

 ドーリが村のことを尋ねてネカハが答える。その内容を三人に訳していく。三人から出て来る質問を再び彼女に問いかける。

 問答を繰り返しながらゆっくり柵沿いに川へ向かって行った。


 ネカハから聞いた話にあまり役に立つ物は無かった。

 この村の名前の由来や、村人の話。栽培している植物や食生活。着る物に普段の生活。この世界の一般農民の事情は知ることは出来た。

 異世界物の主人公なら役に立つ情報かもしれない。千歯扱きやノーフォーク農法を広めたり、川があるので水車を作って脱穀、製粉、揚水作業を行ったり、といくらでも役立てられるだろう。


 しかし彼等はこの世界に留まるつもりが全く無いのだ。

 スキルの使用や現代知識チートを行うことに抵抗は無いが、無償で無意味に広めて眼を付けられる様な真似をする気も無い。本気で目立ちたくは無いのだ。

 それをするのは世界の敵として矢面に立つ時だ。


 王国秘蔵の資料を見るために王国主催の闘技大会で優勝を目指す?

 なぜそんな迂遠な事をしなければならない。名を売る必要など無いのだ。逆に名が売れることによる弊害の方がきっと大きいに違いない。

 忍び込むか、王宮に乗り込んで脅すか、彼等が取る手段は別の物になる筈だ。

 それで指名手配でもされたなら、その国を去ればいいのだ。

 既に彼等の持つ能力が、この世界で上位な事は分かっている。

 直前に王城の中心から半径五十メートルの範囲を絶対零度まで下げるなりすれば逃亡も楽になるだろう。王族や政務官がどうなろうと知ったことではない。その結果その国が滅びようとも。

 この世界に責任を持たないと言うのはそういうことなのだ。


 柵沿いに川まで進むとエルイの馬が繋がれている場所に辿り着いた。

 のんびり川岸の草を食んでいる。それを横目にしながら一休みする。

 そこで川の名前や季節毎の流量などをネカハに尋ねたりしていた。


 それから川沿いに下流に向かって進み始める。

 ここは柵がされていないが川が堀として機能するのだろう。

 春先の今は上流の山脈から雪解け水が流れ込んでるのだろう。ほぼ十メートルの川幅一杯に水が流れている。

 これから夏の乾季に向かうのだろうが水不足に陥ることはあるまい。良い場所に村を作ったものだ。

 十メートル近い川の向こうに、冬を越えて成長を始めた大麦がそよいでいるのが目に入る。ネカハに聞いた通り、この辺りの栽培植物は大麦が基本なのだろう。


 三十メートルほど歩くと下流の柵に突き当たる。

 その手前には川を跨ぐ橋がある。橋のすぐ下流に小さな建屋が並んでいた。

 その建物が何かを聞いて欲しそうなネカハに気付いて、ドーリが話しかけた。


「あの建物は何ですか。橋の見張りでも無さそうですし」

「あれは『ただの』手洗いですよ!」


 良くぞ聞いてくれましたとばかり、ネカハが少し大きい声で説明を始める。ようやく自慢げに案内できることに気が昂ぶっているのだろう。


「川の流れを利用することで、その辺にその……そういった物を撒き散らさずに済むんです。この村ってそういった臭いがしないでしょ」


 ふんすと胸を張ったネカハが得意気に建物について説明する。

 ドーリから話を聞いていた三人も実際にその建物を目にして、オーッとかホーッとか声を上げている。今度は棒読み口調ではない。


 その歓声を聞いたネカハは鼻高々だ。

 うふふ。みんな驚いてるわ。見たこともないでしょ。おっきな川が近くにあるこの村だからこそ出来るんだから。

 街や他の小さな川しかない村では無理だもんね。んー、でも他の村に嫁ぐことになったら使えなくなっちゃう。どうしよう。やっぱりこの村の若者かなー。ちょっと年下だけどクラニ君ならいいかも。


「この建物って十五年位前かしら、この村に一人でやって来た冒険者が食事や宿のお礼にって作ってくれたそうなの。えーせーぼーえきにも良いよって」


 ホントその冒険者さんに感謝よね。えーせーとかぼーえきって良く分からないことを言ってたとお父さんに聞いたけど、臭いがしないだけで十分じゃないの。


 と、ドーリの翻訳を聞いた三人が急に静かになったことに気付く。

 何か変なことを言ったかなと、ネカハは首をかしげた。


「ねえ、今の話って」

「ああ、間違いねえ。転生者か転移者だな」

「『衛生』に『防疫』だもんねえ」

「彼女に詳しく……は無理か、十五年前なら下手をすれば産まれる前だな」

「露店が終わってから、村長かエルイに聞くしかないと思うけど」

「晩までお預けだねえ」

「だが転移者だか転生者だかが居たのは間違いねえ。思わぬとこで大きな手掛かりじゃねえか」


 彼等四人は盛り上がっていた。

 当然だ。求めていた手掛かりに近付いたのだ。少なくともこの世界に来たのが彼等だけではないのが判明したのだ。

 それが十五年前なら、当時三十代でも現在は四、五十歳の筈だ。もっと若かったならば今でも三十代だ。ならば今もどこかで生きている可能性は相当高い。

 居ないならば居ないで元の世界に還った可能性も出てくる。そのときの状況が分かれば現状打破の方法が見えてくるだろう。

 その転移転生者が彼等のいた地球出身ではないかも知れない。異世界ベータやシータの出身者なのかも知れない。

 それでも何かの参考にはなることは間違いない。

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