38.ちゃんと案内します
身長が五十五ローを越えていそうな一際大きな男がネカハの方に向き直る。彼女は何を言われるのか、何をされるのかと一層身体を固くした。
ドーリは胸に手を当てる礼をしながら語りかけた。
「ネカハさんでしたね。私はドーリと言います。我々は特に何かを要求をする気はありません。乱暴狼藉を働く気もありません。エルイ殿に迷惑も掛けられませんしね。普通に案内して頂ければ結構ですよ。いえ、その様子だと我々の近くにいるのも苦痛でしょう。離れた所から見守っているだけで良いですよ」
その言葉を聞いたネカハはポカンとした顔をして、すぐ赤面に変わった。
心の中で父親を罵倒し続ける。
どこが礼儀も知らない異邦人の蛮族よ。村長のお父さんより丁寧な言葉遣いじゃない。少し訛っているけど、それを言うなら私たちも東部方言じゃないの。
ちゃんと礼儀も知ってるじゃない。それに私の立場を慮って離れての「見張り」で良い、とまで言ってくれてるじゃないの。なにが乱暴で悪逆非道な冒険者よ。めちゃくちゃ紳士じゃないの、もう。
ホントに行商人のエルイさんの言ってた通りだったじゃない。
そして逆にドーリに対しても腹が立ち始めた。
何も要求をしないってどういうことよ。私には魅力が無いって言いたいの? そりゃ確かに年頃の娘として、体つきは少し、ほんの少しだけ、……相当貧弱かもしれないけど。
それでも思いっきり覚悟してきたのよ。なのに近寄る必要も無いってどういうことよ。傍に居られるのも鬱陶しいって言いたいの。
「いいえ。ちゃんと案内します。村の隅から隅まで、村の外もきっちりと!」
ネカハの宣言するような返事を聞いて、ドーリは少し苦笑した。こりゃまた気の強そうなお嬢さんだなと。
彼女には既に怯えた様子も不安そうな表情もない。それどころか「薄い」胸を張った堂々とした態度だ。ドーリには背伸びした少女のようにも思えた。
彼等四人はオタク系の趣味も理解しているが、女性に関しては年齢相当の考えを持っている。早い話が二次性徴も終わってない年齢の少女など対象外なのだ。
だが彼等は勘違いしていた。
実際はネカハは二十歳だ。この辺りでは年齢は数えだが、それでも十分成人と言える歳だ。
今まで出会った者達、エルイは少し小さいが、護衛達は同じくらいか少し下の身長であったし、盗賊の首領フィルヴィはドーリ以上の大男だった。
他の盗賊は参考になるまい。冒険者という自らの命を賭け代にだが生きることの出来る職業があるのに、盗賊に身をやつしているのだ。向上心の無い貧民というところだろう。まともに成長できている筈がない。
だから男は百八十センチ近く、女性は百六十五センチくらいの現代のゲルマン系の身長だと勘違いしたのだ。気候が欧州北部に似ていたことも一因であろう。
だから百六十センチほどのネカハは成長途中なのだろうと勘違いしたのだ。まあ体つきから想像した所もあるのだろうが。
他の村人を事前に見ていれば勘違いはせずに済んだのかもしれない。
護衛達は視覚的な威圧を狙ってエルイが選出した大きめの男達だった。
エルイも少年時からセージ商会での修行に入ったので食に困らず成長できた。
この辺りの平均身長は男で百六十五センチ、女だと百五十五センチくらいなのだ。食糧事情が良くなれば、現代のゲルマン系くらいに伸びるだろうが。
日本人は欧州人を高身長だと信じている者が多いだろう。だが欧州人を大雑把に分けても、ゲルマン系、アングロサクソン系、ローマ系、ノルマン系など様々だ。そして現代ですら南欧ローマ系民族の平均身長は、日本人とそんなに大きな差は無いのだ。
中世の食糧事情だと十から二十センチくらい縮んでいてもおかしくない。
江戸時代の日本人男性の平均身長は百五十センチくらいだったし、昭和初期ですら百六十センチ程度だったのだ。食事を朝昼晩と三食取ったり、内容も西洋風に変わったりして、百年かからず十センチ以上も平均身長が伸びたのだ。
そして貴族などは家の繋がりを求めるために、十歳以下での婚約や十代前半での結婚が行われることもある。それでも妊娠出産は二次性徴が終わり身体が出来上がる十代後半から二十歳くらいまで待つことが多い。
身体が出来上がる前だと、自らの成長と身に宿した子供の成長の両方に栄養を分け与えなければならなくなる。どちらかに危険が及ぶ可能性が高くなるのだ。
二十歳を越えると嫁き遅れと言う異世界物が多いが、あくまでそれは貴族階級での話なのだ
町民や農民などには関係ない。結婚イコール子作りとなるので身体が出来上がってから行うのだ。だから二十歳で未婚でもおかしくもなんともない。
二十五、六歳でも大年増などと呼ばれることも無い。とうは立っているだろうが二十代のうちに初子を産めるなら充分なのだから。
三十過ぎから婚活を始める現代日本の方がおかしいのだ。数十年前にはクリスマスケーキなんて言葉もあったのだ。二十六日からは在庫処分扱いだし、三十日までいくと廃棄するしかない。
「ではネカハさん、よろしくお願いしますね」
「はい。行きますよ。皆さん付いてきて下さい!」
苦笑交じりにドーリが告げると、ネカハは肩を怒らせるように返答する。その仕草に再びドーリは苦笑する。少女が無理やり片意地張って大人のように振舞おうとしているように感じたからだ。
もし妹がいればこんな感じなのかな、などとドーリは考えていた。
ネカハはまだ心の中でプリプリと怒っていた。
このドーリって人、絶対私を子供だと思ってるよね。この身長で気付きなさいよ。まさか胸とかお尻で判断してる? そうなら絶対許せない、許さないわ。
きっちり案内を務めきって、立派な成年女性だと認めさせてやるんだから。
ネカハに連れられて四人は柵沿いに進んだ。
二十メートルほど進んで、およそ三メートルくらい柵が途切れた場所に着く。その開いた空間の真ん中に立ったネカハが声を上げる。
「ここがタルフニ村の入り口です!」
ドーリが訳した言葉を聞いた三人はお互いの顔を見合わせる。
この娘は何を言っている? 彼等は昨日ここを通って野営地に入ったんだが。そんな思いが顔に浮かんでいる。
そこにドーリが三人に囁きかけた。それを聞いた三人は口々にオーだのワーだのと感嘆の声を上げた。しかしどこか棒読みっぽい口調だ。
その歓声を聞きつつ、ネカハは冷や汗が一筋流れるのを感じた。
……うん、わかってた。そうよね、ここから村に入ったんだもんね。エルイさんが到着の挨拶に来た時なんか、この前で四半刻ほど待ったんだよね。見飽きるほど眺めたよね。
感謝の気持ちで歓声上げてくれたんだよね。優しさだよね。でもね、その優しさって……痛いんだよ。胸に刺さるんだよ。軽く流してくれる方が良いんだよ。




