37.たぶん生贄だよねえ
ある程度の時間が経ったがエルイは戻ってこない。村長宅に泊まる事になったのだろう。
護衛達も未亡人宅訪問は一巡したのか二人はテントに戻っている。
エイティ達も簡単な引継ぎを行い、ユーリとゴローに見張りを交代していた。
そしてゴローは延々愚痴っていた。
「エルフもドワーフもケモミミもいない……」
「残念だったね」
「奴隷ハーレムも出来ない……」
「そういう趣味があったの?」
「三日も経つのにヒロインも出ない……」
「まだそれ言ってるし。そもそも言葉が通じないから意味ないと思うんだけど」
「異世界物として失格じゃないのかねえ」
「マンガや小説じゃないんだからさ」
ゴローを除く三人はある程度この世界を納得していた。
亜人が居ないことも、知的な魔物が居ないことも、魔力を蓄えられないことも、ダンジョンの仕組みも、便利魔法が存在しないことも。言われてみれば当たり前な理由が思い付けるのだから仕方がない。
暦や時制が違うことも、世界共通の言語や通貨がないことも。それらの方は言われるまでもなく当然なのだから。
ゴローも理解は出来ているのだ。ただ感情がそれを認められないだけだ。
夜が過ぎて日が昇り始める。
ユーリがエイティ達を起こす。護衛達も起き出したようだ。
そして四人揃った所で朝食の用意を始める。彼等は塩を加えた大麦の粥を朝食にしていた。
護衛達も同様であったが、少し残念そうにも見える。ユーリやゴローが昨日作ったパンを期待していたのかもしれない。
だが彼等四人は、村人や護衛達に無料で料理を広めるつもりなど全くない。
エイティ達や護衛達は朝食を終えて、一旦テントを片付ける。さすがにこのまま放置して村人に物色される気も無い。信用云々ではなく当然の行為なのだ。
一息付いたところにエルイがやって来た。傍らに一人の女性を伴っている。
その女性は見た目は十五歳前後のまだ少女と言える年齢に見えた。身長が百六十センチほどの健康でしなやかでスレンダーな肢体をしている。濃い茶色の髪と眼をしており、美人とまでは言えないが愛嬌のある顔立ちをしていた。
エルイは護衛達に馬車の中央広場への移動と露店の準備を命じた。
そしてエイティ達に声をかける。
「貴方達は自由に行動なさってください。それと村長からこの方を使ってくださいと言われましてね。ええ、もちろん村内や周辺の案内としてです。村長の娘さんで名はネカハさんと言います」
それを聞いた娘が胸の辺りに手を当てる。この辺りの普通の礼だ。ただ少し怯えたような表情をしていた。
ドーリはその娘になぜか見覚えがある気がした。少し考えて昨夜に橋の袂、手洗いの場所で会った相手だと気が付く。そしてエルイに答えた。
「そうですか。有難う御座います。……案内を頂けるとは考えてなかったので」
「いえ。村長のご好意ですので。礼は村長とネカハさんに言ってください」
エルイは言葉とは裏腹に少し申し訳なさそうな顔をしていた。そしてネカハという名の娘を残して、護衛達と共に中央広場に向かって行った。
残された娘はやはり怯えたように突っ立ったままだ。
ドーリはエイティ達に会話内容を伝えた。
「監視だと思うんだけど」
「それもあるだろうけど……たぶん生贄だよねえ」
「どういう意味だ?」
「エルイは俺達が護衛じゃなくて偶然出会った旅人だと言ったのだろう。定期の行商なのに、いきなり倍の人数の護衛は変だしな。そのうえ俺達は勝手に行動する予定だ」
「僕達は、ならず者扱いされてるって思っていいのかな?」
「たぶんねえ。若い娘を差し出します。その娘には『何をしても』構いません。だから村での乱暴狼藉は勘弁してください。って事だろうねえ。……自分の娘を差し出すだけマシな村長なんだろうけどさあ」
「エルイの申し訳なさそうな表情はそれか。分かって貰えねえから」
「彼女の怯えた態度も、だからだろう。意に沿わない事をされても黙って従えとでも言われてるのだろうな」
四人は顔を見合わせて苦笑する。
自分達はどんな残虐な悪党だと思われているのか。
たぶんフィルヴィの盗賊団の件も伝わっている。四人で四倍近い十五人の盗賊を無力化、いや惨殺したのだ。一般の村人が恐れるのも無理はない。
しかも彼等四人の内の三人が言葉の通じない異邦人だ。
「それで彼女をどうすれば良いと思う? じゃんけんで順番でも決める?」
「冗談はよせ。彼女は十四、五歳だろう。というか、その手の欲望も調整、抑制されているようだしな」
「そうなんだよねえ。なぜか全然そんな気起きないしさあ。僕等は若くて健康極まりない青年の筈なんだけどねえ」
「このまま怯えさせているのも可哀相だ。俺達にはそんな気が全くないことを伝えて貰えないか。……それはそれで失礼な気もするがな」
「俺がかよ! ってそうか、俺しか言葉分かんねえんだったな……」
村長の娘ネカハは四人の男が聞いたこともない言葉で話し合っているのを不安げに眺めていた。
季節毎に村に行商に訪れるエルイの話では、彼等四人は十数人の盗賊を簡単に倒せるような高位の冒険者であるらしい。しかも半数の二人が魔法使いだそうだ。そのうえ魔法の罠で飛ばされてきた異邦人。一人だけはこの国の言葉が分かると聞いたが。
冒険者というのは基本ならず者だ。エルイが行商の護衛に連れてくる者達は大人しいが、稀にやってくる冒険者や巡回の衛士に着いてくる冒険者などは粗野な者もいた。幸い大きな面倒事は今まで起きずに済んでいたけど。
村長である彼女の父は、いくらエルイが一緒と言っても、彼に雇われている訳でもない四人を警戒していた。だから案内役と言いながら見張りと貢物として彼女を預けたのだ。
エルイは必死に彼等はそんな者たちではないと言い張っていたが、村長としては仕方がないことだろう。
ネカハには兄と弟が一人ずつ居る。兄は次の村長として他の村人からも信頼されている。弟も普通に村人として、いざと言う時の兄の代理として申し分ない。だから彼女は適当な村の若人と結婚するか、他の村に嫁ぎに行く事になるのだろうと思っていた。
それなのにこの状態だ。父親には何をされても文句を言うなと諭されている。つまりそう言う事なのだ。彼女は村を守るための犠牲になるのだ。
分かっている。村長の娘として他の者より少しだけ良い暮らしをさせて貰った。それはこういった場合の為であると理解もしていた。でもいざとなると、やはり怯えてしまうのだった。
彼等四人の見た目は悪くない。それどころかハンサムと言っても良いだろう。冒険者を生業にしているためか体格も立派だ。一人だけ今まで見たこともない真っ黒の髪と眼の色の者もいるけど。
年齢も彼女の五、六歳上と言ったところか。このような出会い方で無ければ憧れていたかもしれない。