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36.お前等とことん遠慮がねえな

 昼四刻、最後の小休憩になるだろう直前にユーリとゴローが戻ってきた。

 ユーリは両手に首の無いウサギをぶら提げていた。


「二匹かよ。お前等とことん遠慮がねえな」

「えー。だって残りの量じゃ晩御飯に足りないと思うよ」

「晩飯もエルイ達に振舞うつもりなのか」

「現金収入を得る機会だと思えば良いんじゃないかなあ。盗賊のお宝なんてそのままじゃ使えないからねえ」


 彼等には換金手段が無いのだ。エルイに頼るしかないのだ。

 盗賊のお宝を折半と言うのも、エルイや護衛に恩を着せるためと運搬料金だ。甘い訳でもなんでもない。

 宝石ならまだしも異世界の芸術品の価値など分からない。基本エイティ達が宝石類、エルイには芸術品を振り分けることになる。

 恩を売られたエルイは、その辺りを考えて配分に乗ってくれるだろう。


 ウサギ代としてエルイから受け取る貨幣も盗賊のお宝も、セージ商会を通じて換金して貰い、穀物や砂金に変わるに違いない。もしかすると馬や馬車も入手できるかもしれない。

 セージ商会の長の人柄は分からない。だがエイティとゴローを交渉の場に同席させれば、真偽判定により妥当な値付けをされているかは分かるだろう。

 彼等にこの国の通貨など不要なのだ。この国で帰還方法が見つかるとは限らない。他国を巡ることを考えると換金に手間が掛かっても、宝石や砂金の方がはるかに便利なのだ。


 昼四刻の休憩と同時に二匹のウサギを捌き始めた。当然作業を行うのはユーリとゴローだ。またも大盾をまな板代わりにされたドーリは切ない顔をしていた。

 エルイがその様子を窺いに来た。香辛料目当てだろう。どれくらいの量があるか知りたいのだ。

 だが既に塩も香辛料も小分けしていた。それぞれ十グラムくらいを小袋に入れている。エルイは信用出来そうなのは分かっている。だが全ての情報を明かすつもりも無いのだった。


 残念そうなエルイにドーリは問いかける。次の村のことを。

 どれくらいの人数が住むのか。宿はあるのか。無いのならば彼等四人は勝手にテントを張っていいのか。その場合どこの場所なら使えるのか。

 夕食に香辛料を効かせたウサギ肉を村人を無視して食べても問題ないのか。

 エルイは一つずつ答えていく。

 村人は百数十名、前回の行商時には二十二家族だったことや、宿は無く村の片隅の空き地が野営場所であることを。

 人数が少なくないかと尋ねるドーリに、この方向は水源が少ないため二十年ほど前に新たに開拓を始めたばかりだと告げる。既に廻った村は十分な湧き水があり、これから向かう村は河があるらしい。


 そして出来れば村人に香辛料の存在は明かして欲しくないと。

 ならばここで夕食にすべきかと尋ねたドーリに、エルイは村長に夕食を呼ばれ情報交換を行うだろうと告げる。

 他の村の様子やフィルヴィの盗賊団の事も話さないといけないだろう。

 だから可能なら香辛料は使わないウサギ肉を譲って欲しいと頼まれた。


 それを聞いたドーリは慌ててユーリとゴローにストップをかけた。

 幸い二匹いたためか、まだ区分けの段階だった。一匹分をエルイに渡しながら、護衛達に振舞う必要があるかを尋ねる。雇い主のエルイを無視して渡す訳にもいくまい。エルイは構わない、分けてやって欲しいとドーリに答えた。

 そして馬が十分な水と塩分を補給して、草を食み終えるのを確認して一行は出発した。


 しばらく進むと畑が見えてきた。

 柵が有る訳でも無く、どこからが村の範囲かは分からない。村民の住む家屋はやはり中心部にあるのだろう。そこまではまだしばらく掛かりそうだった。

 またしばらくすると柵が目に入る。そこからが村となるのだろう。

 特に門がある訳でも無い。道沿いの部分に柵が無く開けているだけだ。ただ下草は刈られて土が露出している。

 そこに馬車と護衛、そしてエイティ達に残るように言って、エルイのみ中に入っていく。村の入り口に護衛が立っていることもない。そのため村の者に到着を知らせに行ったのだ。

 まだ夕焼けが広がる前だが、表を歩いている者は誰も見当たらなかった。村民たちは自分達の家に篭って明るい内に夕食の準備をしているのだろう。


 四半刻ほど待っているとエルイが戻ってきた。どうやら話も済んだようだ。既に夕焼けが広がり始めている。

 エルイがキャンプ用の空き地、入り口から少しそれた柵近くの野営場所にエイティ達と護衛達を案内していく。

 馬車を柵内にある空き地に入れて護衛達とエイティ達はテントの準備を始めた。なんとか暗くなる前にはテントを張り終わり、晩飯の用意が始められそうだ。

 エルイは馬車から馬を外して、入り口側と反対の方に連れて行く。そちらに幅が十メートルほどの川があるそうだ。どうやらこの村は川沿いにあるらしい。その川の水を引いて畑を作っているのだ。


 香辛料抜きのために護衛達は少しガッカリしているが、それでも新鮮なそれなりの塩が効いた肉なのだ。十分な量もあり大麦の粥と共にそこそこ喜んでいるようだった。

 エイティ達は始めから大麦と一緒に煮込んで雑炊のようにして食した。やはり大麦単独の粥は馴染めなかったのだ。護衛達とは別に料理していたのも仕方ない。

 食事中にドーリからこの世界の話を聞いたゴローはやはり号泣していた。

 エルイは一匹分のウサギ肉を手に村長の家に向かっていた。情報交換もかねた夕食会を行っているのだろう。護衛達はテントを二張り立てているが、もしかするとエルイは村長宅に泊まるのかもしれない。


 晩飯を終えると見張りに入るが、どうも護衛達は通常とは違うようだ。なぜかテントに誰一人として入っていない。焚き火の傍には三人いるが、一人は別の所に行ったらしい。

 村に居る未亡人は一人なのだろう。順番待ちと言ったところか。

 エイティ達はいつもの順序で見張りを行っているが、エイティを火のそばに残してドーリは村の様子を見に行った。おおまかな柵内の広さと様子を探りに行ったのだ。もし屋外に人が居た時のために言葉の分かるドーリが動いたのだろう。


 ドーリは村内をゆっくり歩いていた。やはりこの身体は夜目が利くようだ。

 しかも月明かりがあるため暗闇と言うほどではない。だが月の位置は昨夜、一昨夜と比べると大分変わっている。月の公転周期が各々違うのだろう。ゴローから聞いたもう一つの月は既に見える位置にあった。

 村人の家は小さい。外面をぱっと見ただけだが六メートル四方の木造平屋と言ったところか。たぶん十二畳くらいの部屋と台所、いや土間か、があるだけのようだ。屋根も板葺きだが降雨量の少なそうな此処では問題ないのだろう。

 ガラス窓も無く殆どの家屋から明かりが漏れていない。周りに森林の無い場所では薪も貴重なのだ。当然ロウソクも貴重品だ。

 一軒だけ明かりが灯っているが、それが村長の家なのだろう。他の家屋より大きい。たぶん来客用もしくは主要な村人が集まるための部屋があるためだ。


 どうやら柵自体は直径三百メートルの円形をしている。柵から五十メートルほど離れた所から、平屋の家屋が十分な間隔を取って散らばっていた。中央は直径二十メートルほどの円形広場になっているようだ。明日はそこでエルイにより市場が開かれるのだろう。

 ドーリは広場を突っ切ってそのまま入り口の反対側に向かって進んで行く。

 行き当たった所は川だった。その部分三十メートルくらいは柵が無い。上流に向かうと馬が一頭だけ柵の端に繋がれているのが見える。エルイの馬だろう。


 それを確認して今度は下流に向かう。下流際の柵の手前に橋が掛かっているようだ。幅一メートル半ほどの手すりも何も無い平橋らしい。エルイの馬車では渡るのがギリギリな幅だ。さすがに暗くてよく見えないが、橋の向こうは畑が広がっているのだろう。

 その橋の下流側に川に張り出した小さな小屋が二つ並んでいた。明かりも付いておらず何の小屋かと覗いたドーリは「なるほど」と呟いた。一応この村は水洗の手洗いが男女別にあるようだ。


 向きを戻した瞬間、誰かにぶつかった。

 相手は顔ははっきり見えないが女性のようだ。彼女は「ヒッ」と声を上げる。若い女性の声だった。

 ドーリは「自分はエルイ殿の護衛です。驚かせて申し訳ない」と頭を下げる。女性は「こちらこそすみません」と言うと手洗いに駆け込んだ。

 ドーリもここに居続けるのは不味いと考えたのか、その場を立ち去った。


 ドーリは柵沿いを歩きながら家屋の数と位置を把握していく。どうせ明日にはエイティ達と四人で回る事になるが、一応下調べをしていても構わないだろう。

 上流側も下流側も回ってからキャンプ地に向かう。途中で女性らしき影が村長宅に入るのを見かけた。先に橋の傍で会った女性だろう。

 そしてキャンプ地に戻ったドーリは、エイティに村の構造を簡単に説明する。


「時代的にも農地の個人所有は考え辛いしな。ましてや魔物なんてのが居る世界だ。現代日本のように一軒毎に数百メートル離れていたりする訳にもいくまい。柵内に固まって住むのが当然だろう」

「ろくな畜産もしてねえしな。小作農って感じか」

「コルホーズってことは無いだろうな。まあ税などは村単位だろうが」

「村人が百人ちょいで年寄り子供を除いた実労働者数が七十とすると。一人あたり一ヘクタールとして七十ヘクタール。三圃式農業だとすると三分の一が休耕地になるから百ヘクタールになるのか。村を中心に東西南北に五百メートルの規模ってとこか」

「辺境の村としては妥当な所か? しかし、だとするとバワの街ってのは人口数千程度の小都市のようだ。俺達の求める情報が手に入る確率は低そうな気がする」


 実際に見た村の様子から辺境の街バワの規模を予想して、エイティとドーリは少しガッカリしたようだ。やはり王都のような大都市を目指すしかないのだろう。

 現時点では王都がどこにあるかも分からない。とりあえずはエルイと共にバワに向かうしかないのは違いない。

 そして王都まで何日掛かるか等の情報を得るしかないだろう。

 この村に着くまでに三日。明日はエルイの商売があるため出立は明後日。そしてバワの街まで二泊三日。この異世界に飛ばされて、まともな街まで一週間かかる予定なのだ。

 二人は元の世界への帰還に年単位の時間が必要かもと考えて肩を落とした。

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