101.世話になったな
席に着くと酒の種類を確認する。
大麦酒、リンゴ酒、梨酒が基本のようだ。ユーリ達の感覚だとエール、シードル、ベリーと言ったところか。
あとは葡萄酒、ワインもあるようだ。ただこの辺りでも葡萄の栽培が難しいのか、相当高額な輸入酒のようだ。
どうやら醸造酒だけで蒸留酒は無いらしい。現代知識チートの使い所だな、と四人は考えていた。
とりあえず全員分のエールを頼んだ。つまみは木の実、ナッツがほとんどのようだ。
ゴローが他の三人に告げる。
「最初は一気に呷らずに、少し口に含む程度が良いんじゃないかなあ」
「どういう意味だ」
「たぶんビールじゃないからねえ」
「だから、どういう意味だよ」
ゴローはそれに答えずに肩を竦めるだけであった。
人数分のエールが運ばれてくる。
もちろん運んでくるのは若いお姉ちゃんではなく、ごつい男である。安全が保障されない、命の値段の安い世界だ。若くて可愛いウェイトレスなど存在しない。
異世界物で普通の酒場に、可愛い女の子が給仕してくれる店がある。
女性の給仕が居るのは、それこそ場末のスラムにある飲み屋くらいの筈だ。
世界最古の職業と言われる物を、同時に提供するような店なのだ。
「明日の昼でお別れだ。今までの感謝と謝罪の意を込めて」
ユーリが挨拶代わりに声を掛ける。乾杯の掛け声は存在するのか不明のため口にしない。
四人がカップを掲げると、クーディ達も少し照れくさそうにカップを掲げる。
そしてエールを飲み出した。
酒を口にした三人が堪らずに声を上げた。ゴローはうんうんと肯いている。
「甘い!」
「なんだこりゃ」
「これがゴローが飲み干すなと言った意味か」
「やっぱり、こんなのだよねえ」
「一気に飲んでたら噴き出してたと思うよ」
「麦の酒ってビールじゃねえのかよ」
「たぶんホップを使ってないのだろう」
「だから言ったんだけどさあ。大麦だけの醸造酒だから甘くなるんだよねえ」
糖分か、糖化されるデンプン分の多いものが酒の原料になるのだ。
自然発酵で作られる酒はどうしても甘くなる。ワインも果皮ごと発酵させる赤ワインでなく、果汁のみを使う白ワインは甘口になるのだ。
ゴローはその辺りの知識もあったのだろう。
そしてゴローの名前の由来は、常飲していた黒タバコの銘柄だ。
酒とタバコ、後は女と賭け事も揃えば、立派な人格破綻者になれただろう。
彼等はシードルやベリーも注文する。
やはり甘い。これらはリンゴや梨が原料なのだ。品種改良されていないため、酸味が強いのだがそれでも甘く感じる。
彼等は特に辛口の酒が好きという訳ではない。普通の若者だ。果汁入りのチューハイや、フレーバードウイスキーなんかも飲んだりする。
だが素の酒が甘いものしか無いと言うのは、やはり辛いのかもしれない。蒸留酒が無いのだから、ウイスキーやブランデーも無い筈だ。
アルコール度数も高くないようだ。普通のチューハイ以下、三パーセントも無いのだろう。
しかも冷蔵技術も無ければ、魔法すら一般的でない。冷却技術がないので酒も常温だ。ビールは苦味と冷えた喉越しが旨さでもあるのだ。
ユーリはクーディ達に話し掛ける。
「今から起こる事に驚かず、声も出さないでくれ」
何をするかは分からないが彼等のすることだ。きっと碌でも無い事だろうと思いながらもクーディ達は肯いた。
ユーリは幾つかある木の実の載った皿、その一つを空にしてエイティに渡す。と同時にゴローとドーリがエイティの横に立ち、周囲から見られないように隠す。
次の瞬間には皿の上に、七つのアイスボールが転がっていた。
声を上げようとするクーディ達を、ユーリが目線で制する。
そしてエイティは各人のエールが入ったカップに、アイスボールを入れていく。更にずだ袋から取り出した木のスプーンで軽く掻き混ぜる。
その後に自分のカップを軽く飲んで、親指を立てた。
ユーリやゴロー、ドーリも同じように軽く飲んで、親指を立てている。冷やしたら何とかいけるようになったらしい。
クーディ達も氷の入ったカップを手に取り、恐る恐る口を付ける。
途端に驚いたような顔をする。だが事前にユーリに何も言うなと言われていた為だろう。声を上げる事は無かった。
クーディは言葉が通じない事も忘れたかのように、エイティに問い掛けた。
「あ、あんたは魔法士だったのか。それにこれは相当高位じゃないと出来ないんじゃないのか」
当然エイティは答えない。何を言っているか分からないのだから仕方がない。
代わりにユーリがクーディに答える。
「これも秘密だからな。他の連中には話すなよ」
「言った所で誰も信じてくれないさ」
そう言いながらも、クーディ達は納得したようだった。
ラゴギョノテ討伐時に、黒髪の男エイティだけは何もしていなかったのだ。しかし、この連中の一員である彼が無能な筈が無いのだ。
その力の一端を見せられたのだ。高位魔法士である事の証明を。
一昨夜の火事の件も納得がいった。幾らなんでも二件が全焼するような火災が、人力で半刻も掛からず起こせる訳がない。魔法で焼き払ったのだろう。
彼等は無意味に能力チートを晒す趣味は持っていない。だが、これは必要な事だった。
常温で生ぬるい甘味の強い酒。そんな物を飲み続けられる訳が無い。
チート能力の使用を躊躇う理由が無いのだ。むしろバンバン使うべき事態だ。
さすがに酒場にいる全員に、見せ付けるような真似はしなかったのだが。
その後もカップが空になると注文を行う。除けておいたアイスボールを、その中に放り込む。アイスボールが小さくなると、エイティがその度作成する。
クーディ達も冷えた酒の美味さに満足気なようだ。
だが彼等が去った後どうなるのだろう。この味に慣れた自分達が、今まで通りに常温の酒を飲む事が出来るのだろうか。それだけが心配だった。
「とにかく僅か四日、いや明日もあるから五日か。世話になったな」
「よしてくれ。世話になったのはこっちだ。あんた等が居なけりゃラゴギョノテにやられていたんだからな」
「だがその後の諸々の事は、クーディ達が居たから助かったのは事実さ」
「たいして役に立てなかったと思うんだけどな」
「そんな事は無いさ。昼の指揮官選定で決まった男が言っていたことを覚えてるか。お前等は自分達が思っている以上に評価されてるんだ。自信を持っていい」
「そうかな」
「自惚れや思い上がりをしなければ良いんだ。領兵だろうが組合の専属護衛だろうが問題なくなれるさ。と言うか、領主にもギルド長にも組合代表にも目を付けられている筈だ。奪い合いされる可能性も考慮した方が良いぞ」
「ははは、まさか」
クーディ達は軽口だと思っているようだ。偉そうな事を言っているが、ユーリも大して変わらない齢なのだ。
だがユーリのその言葉は本気であった。
組合代表は紹介せずともクーディ達の名を知っていた。ギルド長もユーリ達四人の監視を依頼するくらい信用している。領主も褒章の翌日になっても、クーディ達の名を覚えていたのだ。
「しかしあんた等と一緒だと大変だったが、いざ別れとなると寂しいな」
「そうだな。襲撃に、領主や組合代表への態度。心労を掛けたろうな」
「全くだ。だが勉強にもなったよ。考え方なんか特にさ。……なあ、あんた等はホントに只の異邦人なのか」




