102.人間だよ
急に真面目な顔になり、クーディが訊いてきた。
これがまともに話が出来る最後の機会だと思っているのだろう。
明日の朝食も一緒にする予定だが、ゆっくり会話する時間は取れない筈だ。
すぐに組合の駐車場に向かって馬車を受け取る。そして平民街の領兵詰め所、貴族街の領兵詰め所と経由しながら護衛達や指揮官と合流する。
領主の館に着いたら、そこが別れの場になるだろう。以降はお役御免となる。もう案内も護衛も「監視」の必要も無くなるのだから。
ユーリは少し考える。だが本当の事を言う訳にもいかない。
クーディ達は信用できる相手だ。だが現状では単なる冒険者に過ぎないのだ。
少し言葉を選びながら、問いに答える。
「異国の者で間違いないさ。只の、と言うのは少し語弊があるがな」
「人間……なんだよな」
「あはは。神の御使いか、蘇った神話の英雄だとでも思ってたのか。そんな訳無いさ。こうして飯も食うし排泄だってする。人間だよ。少々変わった能力を持っているがな」
「その変な力で、ラゴギョノテや盗賊達を瞬殺したのか」
「少し人より速く動けて、力も強く、大きな魔法も使える。だが人間だよ」
人間だと繰り返すユーリは、まるで自分に言い聞かせているようでもあった。
スキルなどと言う特異能力が有り、多少の傷を受けようと問題ない身体で、この世界に有り得ない知識も持っている。姿を変えられ、時空間を無視して移動させられてもいる。
けれど二十数年間、日本人として生きてきた記憶や経験は残っている。
彼等は「人間」なのだ。
クーディもその様子に言葉を控える。
彼等は間違いなく人間だ。少なくとも「人間」であろうとしているのだ。
それが分かれば十分だ。彼等のような力を持つ事は不可能かもしれない。だが、その考え方や行動を目指す事は出来るだろう。
その後はクーディ達もいつもの調子に戻り、陽気に話し掛けてくる。
ラゴギョノテ退治の事や、街に入ってから色々な場所を案内した時の事などを、思い出しながら語り合っていた。
夕四刻の半ば過ぎだろうか。そろそろ閉店に近いのでラストオーダーになると、店員が告げに来た。
話も一段落付いた。最後に全員分のエールを頼む。
エイティはクラッシュアイスを少量作り、各々のカップに注いで混ぜていく。
ユーリはまたカップを掲げながら、最後の挨拶をする。
「たぶん二度と会う事は無いだろう。だが俺達はお前等の事を忘れはしない。今までの事を感謝する」
ドーリ、エイティ、ゴローの三人もカップを掲げる。
クーディ達も何か感極まったような顔をして、彼等と同じくカップを掲げた。
そして全員が一気に飲み干した。
飲み終えると店を出て行く。払いは全てユーリが持つ。クーディたちも分かっている。遠慮などはしない。
そしてホテルに戻って行った。
昨晩に続き遅い時間だが、ホテルの従業員は何も言わず部屋まで案内する。
軽く就寝の挨拶をして、各々の部屋に入っていった。
「気の良い奴等だったな」
「エルイにクーディ達、最初に出会うのが良い人なのって恵まれてると思うよ」
「これも誰かさんの差し金なのかねえ」
「そりゃねえだろ。五分遅れていたらクーディ達はヤバかったぜ」
「そうだな。そこまで調整出来るような奴なら、俺達を『使う』必要なんて無いだろうしな」
「使う……ねえ。やっぱり駒に過ぎないんだろうねえ、僕等ってさあ」
「神様が双六やってるってか。ルーレット回して十マス三十年進むとかかよ」
「そこに書かれた内容を僕達にさせてるのかな」
「そこまで馬鹿とは思いたくないがな。駒が異世界人である必要も無かろう」
「そうだよねえ。能力を与えるのも自由自在なら、別の世界から人を連れ込む理由が無いよねえ」
クーディ達の事から神のような何者かの事まで、ずいぶん話が飛躍している事は分かっている。
だが神の如き者の思惑など推測出来よう筈が無い。
彼等は流されるままに、だが自分達の意志で立って進むしかないのだ。
前回のメギョアの件も、令嬢の護衛もお膳立てされていたのかもしれない。だがそれを行うと決断したのは彼等なのだ。駒なんかでは無いと思いたいのだ。
四人は揃って就寝する。見張りは立てない。もうその必要は無いだろう。
翌朝、日が昇ると同時に目が覚める。そして装備と荷物を改めて部屋を出た。
クーディ達も起きている。二日酔いの心配は無さそうだ。
彼等四人は異常な身体のお陰だろう。酒の影響は全く残っていないようだ。
クーディ達を誘ってホテルを出立する。
もう二度とこのホテルに来る事は無いのだろう。
通い慣れてきた食堂に向かうと、彼等用の席がちゃんと用意されている。
女将に挨拶してその席に座ると、いつものようにおまかせを注文した。
そして本日の品が目の前に並べられる。ステーキとスープだ。
ステーキは今までとは、また異なる獣の肉なのだろう。焼き方も肉汁を逃さないようにしっかりしている。付け合せの野菜もソテーされているようだ。
スープも今までと別種の出汁なのだろう。深い味わいが出ていた。
天然ソーダを使った柔らかい黒パンも相変わらずだ。
彼等七人は、ゆっくり味わうように食していく。
特にユーリ達は、これが王都までの最後のまともな食事だと思っている。
彼等は単なる同行者として、令嬢と護衛に付いて行くのだ。
村での宿泊なら食堂など無いであろう。街などでも、令嬢と共に領主や代官との会食も有り得ない筈だ。
初めて訪れた街で、美味い飯を食わせる店を探すのも難しいだろう。
場合によっては護衛達と同じ飯屋で食べる事にもなりそうだ。そうなると当然安い店になる。味は推して知るべきレベルの。
食事が終わると、お茶を頼んで少しくつろいでいる。
この後組合の倉庫に向かい、馬車を受け取る予定だが急ぐ必要も無い。荷の積み込みは任せている。着けばすぐ出れる状態にしてくれているだろう。
「この店での食事も最後か。ここの飯だけは心残りだな」
「そう言ってくれるのは嬉しいな。案内した甲斐があったよ」
ユーリが軽く言うと、クーディも軽く返してくる。もうお互いに呼吸が通じ合っているようだ。
四半刻ほどお茶を飲みながら過ごして席を立つ。
ユーリは最後に女将に感謝の言葉を述べた。
「ご馳走様でした。我々四人は今日街を出ます。席の用意はもう不要です。ほんの数日でしたが、この店の食事には大変満足しました」
「ありがとね。あんた達は本当に美味しそうに食べてくれるからさ。こっちも見ていて気持ちよかったよ」
女将も当然、彼等がこの街この国のものでない事は分かっていた筈だ。
だが何も詮索せずに、ぼったくるような真似もせず、普通に接客してくれた。
それだけでも十分感謝に値する事なのだ。
礼を述べ終えると彼等は店を出る。行き先は組合の倉庫となる。




