100.御伽噺なんだけどねえ
組合代表の話が終わると、ギルド長が報告を始めた。
昼に選出した指揮官ドルーチと、護衛の分隊の顔合わせを行ったことを。
ドルーチが自ら述べたように、貴族としての考えは薄いようだ。物心ついた時には平民になる事を理解していたのだろう。だからこそ平民の妻を娶ったのだ。
それでいながら貴族としての知識や礼節も弁えている。
護衛予定の平民街の領兵達とも、上手くやっていけると告げていた。
「惜しいな。貴族を管理人と言い切る。本質が分かっておるのに」
「そうですな。ですが帰ってきた時には……」
「フフフ、運良く男爵家が一つ廃絶となった。後釜を考えねばな」
領主とギルド長は二人して悪い顔をして笑っている。手柄を立てて帰って来るのが決まっているかのようだ。
一代爵どころか男爵位を押し付けられるらしい。「ドルーチ逃げて超逃げて」とユーリは心の中で呟いていた。
領主の息子と娘、組合代表も引いているようだ。クーディ達が見ていたら、領主に対する尊敬の念が薄れていたかもしれない。
そしてようやく行程の話が始まる。
最初に娘が礼を述べてきた。
「王都まで同行して頂ける事に感謝いたします」
「行き先が一緒なのですから、気にする事はありませんよ」
「それでも私に合わせてくださるのでしょう。貴方達だけならば、もっと早く王都に着くのでしょう」
「ジョン・ドゥ殿の件は二十年前の事です。少々の遅れなど問題無いですから」
なるほど、賢侯と言われる領主の娘だ。ちゃんとした気遣いも出来るようだ。
異世界人だと知っても、敬遠する様子も無い。それどころか昨夜の話からは、興味津々の様子も見受けられる。
異世界物だと我が儘お嬢様のパターンだろうにね、とユーリは考えていた。
そして実際の道程に関する話となる。
明日初日は昼過ぎの出発となるため、実質の移動時間は三刻しか取れない。
クーディ達と出会った森とは逆方向に進むので、開けた場所しか無いらしい。待ち伏せなどは難しいそうだ。
明晩は近隣の村に止まる。やはり伯爵令嬢に野宿などさせられない。少なくとも村などの、家がある場所で無いと駄目なのだろう。
領都からわずか三刻以内に着く村だ。五百人は住んでいる村らしい。
となると夜襲は考え辛い。村人全員が護衛となるのだ。
領主の娘が村の滞在中に攫われでもしたら。村自体が取り潰しとなっても不思議は無い。何が何でも護りきるしかないのだ。
毎晩村か街に泊まるのならば、夜襲は考慮しなくていいのかもしれない。
次の日からは陽が昇ると即移動となるらしい。
基本は領兵の護衛が見張りをする。だが彼等四人も見張りに立つべきだろう。
襲撃があるのは、まず間違いない。探知範囲や察知範囲は、彼等のスキルの方が断然広いに違いない。
後は泊まる予定の村や街、日毎に掛かる時間を確認していく。
村や街で泊まる以上、毎日同じ時間歩くのではない。長い時は陽が出ている間はずっとと言う日もあれば、短い時は休憩を含めても三刻、彼等の感覚では五時間しか進まない日もあるそうだ。
大名行列では無いが、途中の街で金を落とす必要があるのだろう。とは言え、今回は護衛が通常の半数だ。使う額も半減となるだろう。
それに街や他領の領都だと、代官や領主への挨拶も必要だ。その日は昼過ぎくらいには着いている必要もある。
そして彼等の馬車に荷を積む事を打診された。
本来は執事か護衛が荷馬車で同行するのだ。
いくら令嬢は屋根のある場所で泊まると言えども、村の規模の所だと護衛達の宿泊所まで確保は出来ない。
護衛達のテントと食料や水、馬のための物まで考えると、長距離の旅では荷馬車は必須なのだ。小隊規模の護衛だと輜重隊が必要になるのだ。
彼等自身の荷はそんなに多くない。四人分で大した荷は無いのだから。
別の馬車を用意するより、彼等の馬車に便乗する方が良いのだろう。
ユーリは快く引き受けた。護衛対象が増えるのは好ましくない。馬車の空いた所はたくさんある。多少の荷を積むくらいなら構わない。
組合代表が荷を積み込んでくれる事を約束していた。
やはり彼は今晩も徹夜が確定したようだ。
行程の確認が終わると、ジョン・ドゥの話を求められた。
これが最後だと思っているのだろう。領主は二十年前に彼が言っていた事はどういう意味かと突っ込んで尋ねてくる。長男もそれに乗じてきた。
ただほとんどの質問に、ユーリは答えられないと返し続けていた。所々で他の三人に訳しながら。
「ジョン・ドゥって結構迂闊だったようだね。人の事は言えないけど」
「領主の話が上手かったんじゃねえか」
「だが飛行機や飛行船、空を飛べる機械を話すのは駄目だろう」
「さすがにロケットや月まで行くとなると、御伽噺なんだけどねえ」
領主は聞き上手だったようだ。ジョン・ドゥも色々な単語を漏らしたらしい。
さすがに仕組みや原理などは伝えなかったようだ。普通の大学生なら、そんな事を知らない可能性が高い。
TRPGをやるような、それこそ変な知識に詳しい彼等の方がおかしいのだ。
娘の方は王都までの旅で話す機会はあると思っているのだろう。昨日と違い父や兄の話を、にこにこと聞いている。
そして夕三刻の合図で、彼等は館を退出する。クーディ達や組合代表と共に。
ギルド長だけは、まだ館に残るようだ。まだ細かい話が残っているのだろう。
馬車の確認も済んでいる。商業組合に寄る必要も無い。組合代表が領兵の分の荷物を積むのを任せるだけだ。
組合代表とも別れて、クーディ達と酒場に向かう事にした。
クーディ達とは明日の昼には、さよならとなる。最後に一緒に飲もうという事になったのだ。
ユーリ達四人は世話になりっぱなしだと思っていた。迷惑も掛け通しだと。
実際クーディ達が居なければ、この街に入る事すら難儀していただろう。エイティに至っては、ずっとフードを被りっぱなしだったかもしれない。
街の各所の案内や朝市の見学、何より美味い店の紹介が有難かったのだ。
そして襲撃時の後始末や、彼等の定宿への迷惑。四人の護衛という名の見張りも、心労が絶えなかった事だろう。
感謝と労いの気持ちで酒を奢る事にしたのだ。
場所は昨日に昼食を取った店になった。
昼は茶店、夜は酒場となる店だ。夜一刻、午前零時まで開店しているそうだ。
今が夕三刻だから二刻、三時間程度は過ごせるだろう。
クーディ達はもっと小さい所で良いと言っていたが、折角の機会だ。表通りに並ぶような店に行きたいと納得させた。
本心はクーディ達に良い物を味わって貰いたい、と言う気持ちなのだが。
店は結構繁盛しているようだった。
やはり多少金持ちの者が多いようだ。商人や大きな仕事を終えたであろう冒険者等が目に映る。
高級なバーといった感じでは無いが、場末の居酒屋と言った様子でもない。
貴重と思われるロウソクなどの灯りで、店内も暗くは無いようだ。
下品にならない程度の体裁を保っているらしい。酔って騒いだり、喧嘩腰になるような者は入店時に断られるのだろう。




