聖母のフロンティア5
あれから一週間が経った。この一週間は怒涛の一週間だった。国との連絡を取ったり、今後の方針を決めたりと、大忙しだ。それに俺個人のこともあったしな。
「しかし、本当に一週間で結果を求めるとはなぁ」
「それだけハルモニアも焦っているという事ですよ」
前回の会議からまだ一週間しか経っていない。会議に一週間と言われれば、前の世界では長いような気がしないでもないが、この世界では電話等の情報伝達方法がない故、情報の共有をするだけでも一週間程経ってしまう。
「ほんと、ぎりぎりだよなぁ」
「私たちにはアウラが居ました。それだけでも私たちはこの会議で有利なんですよ?」
一番ハルモニアから遠い我々では、普通の早馬では一週間で帰れなかっただろう。しかし我々には、《閃光》が居る。並みの早馬ではアウラには勝てない。というより、最近あいつどんどん速くなってるんだよなぁ。
「でも相手方も、それを考慮しての一週間だしなぁ」
「ええ、ゆえに抗議もしにくいんですよねぇ」
「あれ? 僕のせいなの?」
「いや、うれしい悩みという事だ。それに今回の会議で決まるとは思えないしな」
「ええ、そうですね。今回の会議、波乱になると思いますよ」
今回の会議、思った以上に複雑になってしまっている。
「いろいろハルモニアも急ぐ理由があり、なぜかアーカディアにも急ぐ理由があると」
今回の早い期間での会議の開催にはいくつかの思惑があった。第一に、ハルモニアの国政状況にある。
今回の事例、中立をやめるということをハルモニアは強引に運んだようだ。今は国民の反対の声が、賛成派の大きな声によってかき消されているが、何時その声が逆になるかは分からない。まぁこのことはあまり大きな理由ではない。戦争をしたことがない故か、かなりここの国民は楽天的だ。
次に、今の六大国の意見状況が関係する。今は三対三、かなりハルモニアに有利な状況である。故に早めに次の会議を開催し、いい結果に決定しておきたかったのだろう。
他にも色々な理由があるだろう。裏工作を嫌っただとか、何か他の問題を抱えているだとか、それ故にこの一週間という強硬策になったのだろう。
「しかし、最低一か月は欲しかったよなぁ」
「ええ、さすがに急すぎます」
一か月という短い期間はさすがに前例がないらしい。
「しかし、アーカディアもなぜかその意見に賛成っと、謎だなぁ」
「そこが不安ですね。多分《聖母》を狙うというのはあながち間違った予想ではないのかもしれません」
「損害より、名をとるということか、いかにもって感じだがなぁ」
「まぁ、名誉や評判というのは、大事なものではありますけどね」
この世界の住人ではない俺にはあまりぱっとしないのだが、この世界には命よりも名声が大事という人間も多いらしい。
「で、どうするのお兄ちゃん?」
「どうしようもないだろう。この一週間で俺がやったことを信じよう」
「そこまで、あの娘が大事ですか?」
「ああ、俺の全ては言い過ぎだけど、半身と言っても過言でないと思う」
あいつとは物心がついた時から一緒だった。それ故に隣あいつが居なければ何か落ち着かないのだ。俺の人生の大半はあいつと一緒だった。あいつとは夕実とは、俺のすべてと言ってもいいのかもしれない。
「そうですか……では頑張って救いましょう」
「ああ、頼む」
なんとしても夕実は救わなくては、それは俺の命に代えてもやらなくちゃいけないことだ。
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「では六首会議を始めます」
ついに会議が始まった。前回と同じく、堅固な扉に守られた重苦しい部屋で行われている。
「今回の会議、我が国、ハルモニアの中立の破棄についての採決を取りたいと思います」
「いきなりじゃのう、もうちょっと形式というのを重視してもいいんじゃないか?」
「そんな面倒くさいことをやってもしょうがないでしょう?」
「急ぐなよ小僧、後悔するぞ」
「一生は短いですから」
「がはは、言うな小僧」
殺風景な部屋に、ガサツな大笑いが響く。
「御託はいい、早くしろ。俺は早くこの世界を征服したいんだ。だから、こんなことをしている暇はない」
「言うな、アストガルドの王よ。我らを全員倒すという事か?」
「はなからその予定だ」
大きなことを言う野郎だ。俺とそんなに年が違わないのに、どうやったらあそこまで大きくなれるんだか。
「はいはい、早く採決を取ってしまいましょう」
「おいおい、急ぐ理由でもあるのか?」
「いえいえ、早く帰りたい人がいるようですから急いでるだけですよ」
「たしかに俺は帰りたいな、早くこの国を征服する作戦を立てなければならんしな。という事で俺は賛成だ」
「はい、ではアストガルドは賛成ですね」
あのにやけ顔は何かむかつくな、いつかあの顔をぶん殴ってやりたいぜ。
「いわずもがな俺は反対だ。夕実をそんな危険なことに巻き込めん」
「はい、ヒロノキアは反対ですね」
やはりその余裕な顔は崩れない。
「私も反対だ」
「はい、ヒノモトも反対ですね。これで二対一です困った、困った」
「ああ、これで不利だな」
「あれ? ガイロン様はどっちなんですか?」
「ん? ああ儂は……反対だ」
「へ?」
クラフトの口から魔の抜けた声が出てくる。
クラフトもそうだが、他の周りの人間も唖然といった顔をしている。俺以外は……だが。
「ん? そんなおかしなことを言ったか?」
「ねぇ、どうしたの? オヤジ、頭がおかしくなったの?」
「失礼だよ、でもおかしくなってるよね」
「なんだと? お前らだって反対した方がいいと言ってたじゃないか」
「だとしても、おかしい過ぎるよ!」
「うん、儂だって漢を見せられたら折れざるおえんだろう」
「は? どういう事?」
「いいや、あのことは儂の胸の中に秘めておいた方がいいじゃろう」
そういってこっちを見るガウス。まぁ俺としてもあれはあんまり覚えてほしいことでなかったが。
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「で、儂と話したいこととはなんじゃ?」
大きな部屋の中、二人だけで居ると何かすごく、不安になってくる。
俺は、会議が終わって三日ほど経った今日、ガウス・ガイロンの部屋までやってきていた。
「俺が来た理由ぐらい分かるだろう?」
「分からんなぁ、儂と戦いにでもきたかのう?」
チッ、分かってるくせに、まぁ俺も自分で言うべきなのは分かっている。
「今回の会議のことでお願いがあってやってきた」
「なんだ、そんなことか。儂は賛成の意思を変える気はないぞ?」
「どうすれば意見を変えてくれますか?」
「儂は他人のせいで意見を変えるつもりはない」
まぁ、そんな気はしていたが。このような人間が人の話を聞かないのは、爺で体験済みだ。 だからこういう人間の場合、意見を変えるに値する何かをしなくちゃいけないのだが。
「意見を変えるつもりはないか?」
「くどいぞ、儂が変えないと言ったら、変えん」
色々、爺に似てるな。あの二人も本当に苦労してるんだろうな。
まぁ、俺もそういう人間の扱いには慣れている。こういう人間は理不尽だが、不条理ではない。
「この通りだ」
俺は、正座をし、頭を深々と下げた。まぁ、俺の世界でいう土下座というやつだ。
「おい、何のつもりだ?」
「これは俺の世界で誠意をみせるやり方だ」
「そんなのは知っている。メイヤからも、あちらの知識を教えてもらっているしな。故に納得いかん。曲がりなりにも、お主は一国の王だ、それがその態度、納得いかん。誇りはないのか?」
「夕実、いやハルモニアの《聖母》のためなら、誇りなんてどうでもいい」
「……は、ガハハハ、そうか、そういう事か。お前らも面白い! 自分の女を守るためか、それは頭を下げる価値があると言えるか!」
「まぁ、俺の女というのは、ちょっと過大な解釈な気がするけど、俺があいつを助けたいっていうのは心からの願いだ」
「素直になれん男じゃのう! じゃが女のために頭を下げるとは、お前も漢だったか」
「で、どうしてくれるんだ?」
「そこまで誠意を見せられたら、儂も意見を変えんわけにはいかんだろう。お前たちの今後の方が、ほんの少し面白そうだ」
「じゃあ、頼んだぜ」
俺は部屋を後にする。これから色々しなくてはいけないこともある。時間を無駄にしている暇などない。
「おい、英雄王、その気持ちを忘れるなよ?」
「ああ、もう忘れねーよ」
「ならよし、若き者がいるというのはなんともうれしいことじゃのう」
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「ん? どうした? これで三対二じゃろう?」
「驚いた、お前は賛成派だったんじゃないのか?」
「いや、儂だって意見を変えることぐらいはある。なぁ英雄王よ」
「ん? ああ」
「いったいどうやってオヤジの意見を変えたんだ? 《武帝》は化け物か!?」
「そこまでのことをしてねーよ。俺が誠意を見せただけだよ」
「誠意? チッ」
そんな俺の言葉が気に入らないのかアカツキは小さく舌打ちを挟む。
「どうする? こんな混乱の中、採決を取る気にもならんか? ではまた来週にでも採決を引き延ばすか?」
「いいえ、大丈夫です。どんどん採決を取りましょう」
流石にガウスの反対はあいつには予想外だったようだ。あいつの焦っている顔を見れただけでも、これはもうけものかもしれないな。
「ならば最後にアーカディアの宰相よ賛成か、反対かを述べるがいいぞ」
「あの、その前に提案者として私からひとつ提案があるのですが」
「なんじゃ? まさか不利になったからやめようとでも言うわけではなかろうな?」
「いいえ、みなさんには本当にここまで来て下さり、我々の案件にも真剣に考えていただいた恩義もあります」
なんだ、この言い知れない不安は、なんだこの寒気は?
「なのでみなさん死んでください」
低く、轟くような獣にも似たような音が鳴り響く。
「チッ、何か不安な気がしていたが、これが奴の狙いだったか」
頑丈な扉、屋根も地面も無骨に、そして頑丈に守られていた。これは六首会議を安全に行うためのものだと思っていたが、どうやら俺たちを閉じ込めるための部屋だったようだ。
俺は全力で駆ける、何が何だか分からないが、とりあえず夕実は守らなくては、そう考える間に、俺の体は夕実を守るために動いていた。
「うおおおおおおおおお」
あと数メートル、あと数歩!
「大丈夫か? 夕……」
そこに居たのは夕実ではなかった。全く知らない女性が怯えた表情で震えていた。
「どういう事だ!?」
さっきまで夕実はいたはず、それにトーチの姿も見えない。
「これが《共鳴》か、いやあやつ一人の力では無理だな、これは《聖母》も絡んでるのか?」
「どういう事だ? ガウスのオッチャン!」
「《共鳴》は相手と呼応し、相手を意のままにあやつることができるそうだ。共鳴してしまえば、その身はあやつの思うが儘、しかし対象は一人しか選べないはずだったのじゃが、あやつも進化してるという事か?」
俺たちが見せられていたのは幻覚という事か? どういう事だ? 夕実は何処にいったんだ?
「どうでもいい、おい《武神》どうにかしろ」
「はぁ、我が主は人使いが荒い」
ゆっくりと《武神》が構えを取る。武の極み、その言葉がぴったりとはまるような所作だ。これだけの境地に至るには何年、いや何十、何百という途方もない時間が必要になるだろう。
無音、あんなにうるさかった部屋が静かになる。その時間が一瞬あったかと思うと、次の瞬間には、天井が吹き飛んでいた。
「は?」
俺には何も見えなかった、構えを取った瞬間には天井が吹き飛んだように見えた。
「あれ、目で追えた?」
「いえ、私でも見えませんでした」
「僕も無理」
二人でも無理かよ、それじゃあ俺にも見えるわけないか。
「ん? どうした王たちよ、早く出るぞ」
そんな姿を見ても驚いていないのは、《征服王》の一派と、ガウスのオッチャンだけだった。
「ガハハ、やはり強いなぁ、わくわくせざる負えんなぁ」
この姿を見て、楽しめるのはあのオッチャンだけだろう。普通の人が覚えるイメージは絶望だけだ。少なくとも、俺は勝てるイメージ、いや一撃でも相手に当たるイメージがしなかった。
「まぁいい、俺たちもさっさと、このがれきの中から出よう」
「はい、早く行きましょう」
俺たちも、さっさと瓦礫の中から脱出する。
あんな閉鎖された空間に居たからか、いつも以上に世界が広く感じる。
そしてその広い世界は、真っ赤な世界で覆われていた。




