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亀裂とおっさんと美少女の取説  作者: 大路 将臣
2ページ目『切れた目次』:転生前の質問が全く生かされていない現実に叫ぶ

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前編:意外に順調な新しい人生の交友関係

 花妃莉《かいり》は、覚醒者専門大学に通うことになった。

 一学年は、月曜日から水曜日の三日を大学、木曜日から金曜日の二日を覚醒省直轄の認定所で勤務であり、基本、学業が優先であった。

 今は、大学の第一事務室で一連の入学説明を受け、校内地図を受け取って、如月《きさらぎ》と見学中である。

 学校を見回って、そのまま帰宅という思ったよりも緩やかな大学生活の始まりであった。


 見回って思うが、全体的に武骨である。

 華やかなキャンパスというよりは、自衛隊の駐屯所のようであった。


「シンプルよね。使われてる素材は贅沢なんだからもう少し整えてもいいわよね。こう、積んだだけっていう感じに見えるのはね」


 花妃莉の反応を見てか、如月が言葉を紡ぐ。

 亀裂産なのにね、と本当に残念そうである。

 確かに、鉄筋コンクリートというよりは、外壁に光沢があり、特別感がある。

 素材を生かせていないのは、外壁の色がライトグレーであるせいか。

 建物も一昔前の四角い雰囲気で、スタイリッシュ感もなく、積んだだけという表現も的を射ている。

 あらゆる方向性からみて、今一な建物なのかもしれないと花妃莉は判断した。


 まぁ、勉学するところである。雨風をしのぎ、訓練で建物が壊れなければ良いだろう、ということだろう。


「…ちゃーーーん!さとこーー!」


 とてつもなく大きな女の声が、静かな大学の通路で響いた。

 最後の『ちゃん、さとこ』しか聞き取れなかったが、講義中の教室内にも響いたであろう大きさである。


 隣りを歩く如月が、長めに瞳を閉じてから開くと振り返った。

 花妃莉もそれに合わせて後ろを向く。


 すると、声の主なのか、目前に迫って如月に抱き着こうとする直前であった。

 これは、如月が抱き着かれるな、と予測したが、如月は、華麗にかわして両腕を組んで、声の主を見つめていた。


 二十代半ばであろうか。髪はショートカットでも短い部類に入り、色は栗色。細めの顎と、くりっとした瞳とその右目の涙ぼくろが印象的である。

 薄めの唇は口角がほんのり上がり、目じりも下がっていた。

 オレンジ色のジャージが、気になるところである。

 花妃莉《おっさん》の記憶が、高校や中学を連想していたのである。


「あんな大きな声で叫ぶなんて、TPOを考えなさいっていつもいってるでしょう」


 こういうことの常連のようである。

 如月に軽く叱られているのに、女の瞳は、花妃莉を映していた。

 花妃莉が、首を傾げると、女の目が見開かれる。


「花妃莉ちゃん、どうしちゃったの?いつもだったら、ほら、こう、聡湖《さとこ》の代わりに怒るじゃない」


 女が如月を指さしながら驚きを口にする。

 うすうす感じていたが、聡湖とは如月のことであるようだ。

 さらに、目の前の女は、花妃莉の知り合いのようである。

 如月に感じるような感覚もなく、まったく、記憶のどこにも掠めない。

 もっと印象的な事態が起きないと思い出せないのだろうか。

 対応に困り、如月に視線を向けると、瞳が和んでいる。


「すいません。覚醒の時の発熱で、長い期間の記憶がとても遠いんです」


 女のくりっとした瞳がさらに開いて真ん丸である。


「覚醒したんだ!仲間だね。私は、游槻《ゆうづき》藍《らん》。寮で一緒にゲームしたり、勉強みたりしたんだけどなぁ。早く記憶がはっきりするといいね」


 やはり、覚醒の発熱による記憶の一時の喪失は、珍しいことではないんだな。と、花妃莉は再確認した。

 それにしても、意外に近しい人物であったようだ。


「私も早く戻ればいいなって思います」


 花妃莉は、微笑んだ。

 その様子に、游槻はさらに啞然とした。


「聡湖に抱き着くと、子猫が威嚇するように怒る感じが可愛かったのにー。一気に高嶺の花って感じになっちゃてるじゃない」


 游槻は、楽しみの一つが減ったとでもいうような口調である。その気持ちのとおり、若干唇が尖っている。

 唐突に両手を花妃莉の頬にあてて、ぐりぐりと残念そうな瞳で覗き込んでくる。


「神秘的な雰囲気よね」


 如月まで相槌を打つ。

 游槻が近すぎる。花妃莉は若干慌てていたが、見た目に動揺は現れていない。

 花妃莉が、今、いつも通り話せば、おっさん臭さしか出ないはずである。

 砕けて話していいという二人の言外の雰囲気は、汲むことが出来ない話であった。


「これから、講義なの?」


 如月が游槻に軽く話をふれば、游槻は頷いた。


「そそ。二限の講師!前線覚醒者《イヴォーカー》の学生が今期多いみたいでね。臨時枠なんだよね。それより花妃莉も通うのかな?覚醒最近?三月に会ったときは、非覚醒《モータル》だったよね?難関の理系大学だからそれはなし?あ、でもココにいるんだから…」


 游槻の言葉が止まらない。あまりの弾丸質問と一人突っ込みに花妃莉は言葉も挟めない。

 理系の大学受験も知ってる上にやたらと花妃莉に詳しい。

 如月ほどではないが、かなり親しいと考えて良いだろう。


「藍…」


 如月が游槻の肩に手を置くと、ぴたりと言葉が止まった。


「あー。ごめーん。気になることありすぎるから、つい」


 チラっと舌を出しながら謝る様も憎めない。


「事前準備あって少しだけ早く来たんだった!また近いうち行くから!!」


 游槻は、切り替えも早く、とてつもない速さで廊下を走って消えて行った。

 花妃莉は、嵐のように過ぎ去った游槻を呆然と見送り、気づかぬ間に手を軽く振っていたのだった。






 *** ** ***






 覚醒研究局は、覚醒省の直轄組織であり、覚醒者認定所の上位組織に位置する。

 真田は、その局長室の扉の前で、ゆっくり息を吐き出してから、ノックをした。


「どうぞ」


 返答の後に、真田は背筋を伸ばして部屋に入る。


「真田さん、先週の定例以来かな」


 デスクの書類からチラっと真田に視線を移し、男はかけていた眼鏡を外して、入口のソファーに座るよう真田を促した。

 3D(スリーディー)職札には、『局長 大炊御門(おおいみかど) 輝嗣(こうじ)』と表示されている。


「お時間をいただき、ありがとうございます」


 真田は一礼の後、示されたソファーに浅く腰かけた。

 やや遅れて大炊御門が、向かいの一人掛け椅子に座る。

 のぞき見えたのは、上品に輝く黒を基調とした端に波紋を描く瓶覗がみえる螺鈿のタイバー。

 制服と同色の藍色を基調とした竪縞《たてじま》のポケットチーフ、袖口からはタイバーと同質のカフスボタン。


 相変わらず洒落っ気のある人だな。と、真田は思った。


 大炊御門は、白髪の混じった黒髪を後ろに流し、乱れはない。

 細身であるが、背丈がある分やや威圧感もあるというのに、表情が柔らかいせいか相手に緊張感を与えない。だが、肩書が高すぎる。

 自分自身の上司として長い付き合いでなければ、真田も緊張がさらに積みあがったことだろう。


「鑑定士が増えたみたいだね。最近はギルドに行く人が多かったからよかったよ」


 柔らかな口調で真田の緊張をほぐそうとしているようだ。


「はい。私もまさか天照《あまてらす》の庇護下の子が、こちらの採用に応えてくれるとは思いませんでした」


「天照は、子ども達を囲っているわけではないからね。養護施設の中でも群を抜いて環境がいい。しかも天照の覚醒者達も近くにいる。自ずとそちらに行ってしまうんだろう」


 大炊御門が微かに笑い、身を乗り出した。


「それで、何があったのかな」


 本題である。


「こちらをご覧ください」


 真田は、丸い黒い物体を大炊御門に渡す。

 手のひらに収まるそれは、機密事項を記す3D端末である。

 大炊御門がそれを起動させ、瞳を空中に走らせる。

 徐々に、大炊御門の穏やかな雰囲気に、険が少なからず加わった。


「行野《ゆきの》さんだったか……。彼女の書類から、別の件の懸念が見つかったようだね。少しこちらで預かろう。天梨さんの方は、影響は?」


 大炊御門は、3Dを消して、真田へ視線を送る。


「恐縮です。影響は確認されていません。鑑定も問題なく、ただ、ご報告のとおり代償がありました」


 大炊御門は、多くの報告書の中の記載事項を思い出すかのように、ゆっくり頷いた。


「一定時間の失明か。あまり無理をさせないように。属性レベルが上がれば、緩和されるかもしれないからね。念のため覚醒体力もあげられるようにフォローしてあげてくれるかな」


 真田は、元々自分自身がOJT指導に当たる予定であったが、その事をおくびにも出さず、承知した。

 大炊御門は、満足そうに微かに口元を上げる。


「真田さん、鑑定士が一人減っても問題ないかな?」


 預かると、大炊御門は言ったが、彼の中ではすでにある程度のことが決定しているようである。


「はい。覚悟はしております」


 大炊御門は、期待通りの返答に頷いた。


「いつも人員不足で苦労をかけるね。できるだけ無理なく頼むよ」


 大炊御門は、外していた眼鏡をかけた。デスクワークに戻るようである。


「お時間ありがとうございました」


 真田は、立ち上がり、深々と頭を下げた。


「かしこまりすぎだ」


 大炊御門は、破顔した。

 穏やかな雰囲気のまま、真田は丁寧に部屋を辞していった。


 扉が閉まると同時に、大炊御門は、大きく息を吐き出し、背もたれに寄り掛かった。


「霧生《きりゅう》」


 大炊御門が、誰もいない部屋で声を発すると、向かい側のソファーの後ろが陽炎のように歪み、人の姿が現れた。

 だが、その姿はゆらりと揺れて、その姿を把握させない。まるで陽炎の人型である。


「はっ」


 現れた人物、霧生を瞳に移してから、大炊御門は口を開いた。


「真田に風戸《かざま》をつける。『護る』ように」


 霧生は、大炊御門の指示を受け頭を深く下げる。


「ご報告は…」


「必要ない」


 霧生は、大炊御門から監視ではない意を確認した。


「行野には…空いていたかな」


 霧生が、ぼそりと音を落とす。


「久坂部《くさかべ》が…」


 大炊御門は、一呼吸置いてから告げた。


「うん。適任だな。見落としなく、介入は避けるように」


「承知いたしました。失礼いたします」


 短いやり取りのあと、部屋の陽炎は消え失せ、扉も開くことはなかった。

 だが、そこに、霧生が既に居ないことを大炊御門はわかっていた。


「厄介なことになった。覚醒省の採用は、身辺調査を確りするように言っておいたはずだが…。救済《サルベージ》か…面倒だな」


 大炊御門は、再び大きな息を吐いて、デスクワークに戻るのであった。






 *** ** ***






 近いうちという言葉で連想するのは、数日後だろう。

 誰が、数時間後だと思うだろうか。

 花妃莉《かいり》は、自問自答していた。


 大学を出た後、如月と出勤用のスーツと靴、覚醒者用の手袋を買い、覚醒者認定所で制服の採寸などを済ませて、寮に着くと、寮のエントランスにあるソファーに游槻《ゆうづき》の姿があった。


「花妃莉ちゃん、聡湖《さとこ》!」


 游槻は、花妃莉と如月を見つけて満面の笑みである。

 素早い動きでソファーを立つと、今度は花妃莉に向かって両手を広げて駆けて来た。

 避けるという選択肢さえない速さである。

 花妃莉があっけにとられていると、その勢いが止まり、親猫が子猫をくわえるかのように、如月が游槻をぷらんと片手で捕まえていた。


「えー。聡湖ひどーい。ちゃんと加減して抱き着けるっていうのに!」


 ふふっと花妃莉は笑ってしまった。

 この流れ、知ってる気がするが、ふわりと浮かんで感覚は消えて行く。


「あぁー!可憐!早く記憶戻そう!これは危険すぎるよーー!いつもみたいに鼻でフンってしないとーー」


 その発言に、花妃莉は、やや困惑した。一体どういう交友関係なのかと。

 ゲームを一緒にし、勉強を教えてもらっているというのに、游槻を鼻でフンと失笑するというのは。

 ここは、おっさんの知る語録で関係性をまとめてみようかと考え始めてしまう。

 如月にはデレデレ。游槻にはツンデレ。

 中々の推理ではなかろうか。


「やっぱり!リビドー行ってきたんだね!ちゃんと手袋買った?オーダーもしたよね?服は?大学も危ないときあるからあそこで揃えておかないと!…」


 游槻は足元がブラブラしているというのにもかかわらず、目ざとく花妃莉の手元の袋を見て、店名を確認し、靴、鞄、帽子、眼鏡と怒涛の勢いで話し始める。

 如月の瞳が徐々に細められ、これが据わるという現象かと花妃莉が思った途端、游槻は投げられた。

 文字通り弧を描いてエントランスのソファーへ落ちていく。


「きゃ~~あぁ~~~あ」


 游槻は、冗談のような声をあげながら、体操選手のように一回転して華麗に床に着地した。

 さすがである。

 両者、前線系覚醒者《イヴォーカー》なだけあって、その身体能力はちょっとした見世物を完成させていた。

 思わず、思わずであるが、花妃莉は、拍手した。

 花妃莉の拍手を受けて、游槻が、片手を胸の下に、片手をやや横に伸ばし、片足を後ろにまわして頭を下げた。

 ふふと花妃莉が笑うと、呆れ顔の如月が柔らかく微笑み、游槻は満面の笑み浮かべた。


「で、いつ覚醒したの?」


 エントランスから花妃莉の部屋に移動し、ソファーに三人で座った途端、游槻が口を開いた。


「大学の入学式の後です。その後三日くらい入院してたみたいで…」


 一連の出来事を話せば、游槻が思案気な様子で口を閉じている。

 妙に似合わないが、こういう一面もあるのだと、花妃莉はしっかり見つめてしまう。


「あのおっさん苦手なんだよね~。あの、ほわっていうか、のらりくらりっていうか。ニッコリしてて胡散臭いっていうか。どれも微妙に違うなぁ…」


 どうやら、覚醒者認定所の真田《さなだ》のことのようである。


「ま、私は肩書付きのエライやつが苦手なだけなんだけどね~」


 あはは、と笑う游槻に、官庁の室長ならそれほど偉くないですよ、と言おうと思って思い留まる。

 多分、現世の花妃莉にはない知識である。

 如月が游槻を見て首を横に振り、深く息を吐いた。


「藍は、行野《ゆきの》さんと口喧嘩して、怒り任せに認定所の会議室の壁こわしちゃったのよ…」


 それは、思わぬ惨事である。如月のため息も深く理解できる出来事であった。

 その惨事に、保護者として如月が出向いた可能性もある。


「受付以外は普通の建物だったものだから…。そのあと真田さんと話すことになってね…」


 如月が言葉を濁す。

 これは、認定所の階層を破壊したかもしれないな。と、花妃莉は一人納得する。

 その後に、やんわり怒られたんだなと、花妃莉は勝手に合点して行く。

 真田は、頭ごなしに怒ったり、怒鳴ったりするタイプには思えなかった。

 売り言葉に買い言葉をしそうな游槻からすると、怒られ方が苦手の部類に入る目上の人といったところだろう。


「属性等級わからなかったのは残念だけど、行野の鑑定弾いたのは、でかしたわ!一部の鑑定特化の人もいるからまた鑑定の機会はあるはずよ。うちにもいるしね」


 嬉しそうに親指を立てて見せた游槻は、行野と随分と反りが合わないようである。

 根深いなぁと思いながら、『うち』という游槻の言葉に首を傾げれば、游槻が、しまった、という顔をした。

 花妃莉の記憶が遠いという言葉を思い出したようである。


「この寮にいる覚醒者は全員、天照《あまてらす》のギルドメンバーなんだ。もちろん、私もね。まぁ私はここじゃない方の天照の寮にいるんだけど!あ、ここが企業ギルド天照の養護施設兼ギルド事務所と寮を兼ねてるのは知ってる?ギルマスは…」


 またもや怒涛の説明と質問である。ギルドマスターの拠点、副ギルドマスター、と息をつく間もない。


「藍…」


 游槻の肩に置かれた如月の手は、その肩をぎりぎりと掴み上げているようにも見える。


「あー!もう!ほんとごめん!だって、花妃莉がぽやってしてるから!調子くるっちゃうよー。外出させるのも心配すぎるー」


 游槻には、今の花妃莉がよっぽど危機感なさそうに見えるようだ。

 たしかに、記憶が前世のおっさんだとしても、世間がこんなに物騒な状況は初めてある。

 危機感が足りないかもしれない。


「自分の顔自覚してる?ほんと、隙だらけだから!あーーーー!もう!今はいいけどホイホイ微笑んじゃだめだから!!!」


 我が子を守る親のごとき状態である。

 花妃莉の笑みが止まらないのは、この雰囲気のせいかもしれない。

 心に灯る温かさに、こういうのが、微笑ましいってやつなんだろうな。と、深く考えずに花妃莉は答えを出した。






 *** ** ***






 花妃莉《かいり》は、本日、国家公務員として覚醒者認定所に初出勤となった。

 この四月三週目の木曜日は、亀裂発生百年追悼防災式の準備で各省庁が忙しくなりつつある日でもある。

 如月《きさらぎ》に連れられて、訳も分からず来た時や制服の採寸で訪れた時とは違う緊張があった。

 とはいえ、認定所まで如月に送ってもらったのではあるが、さすがに出勤に保護者付きとはいかないのである。

 花妃莉は、グレーのスーツという着慣れないスタイルをしながらも気分を引き締める。


「天梨《あまなし》さん?」


 覚えのある声に振り返れば、制服を着た千種《ちくさ》の姿があった。

 制服には認定所の更衣室で着替えると聞いているので、千種は既に仕事を始めているようである。

 就業開始時間まで、まだ一時間近くある。


「おはようございます。本日から出勤となります。よろしくお願いいたします」


 花妃莉は会釈をした。今回はキチンと両手を腹の前にできたな、と内心で自分自身の所作をチェックする。

 気を引き締めていないとどうしても手が横にきてしまうのは、おっさんの記憶のなせる技だろう。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。どうぞ同僚として気軽に接してくださいね」


 千種は自然に微笑んで、花妃莉を認定所内へ誘導した。

 花妃莉は、少しの緊張が、知り合いに会って、やや緩和するのを感じる。


「お早いんですね。もう少し早く出勤した方が良いんでしょうか」


 千種は数回瞬きを繰り返すと首を横に振った。


「まさか、今だけ特別ですよ。亀裂発生追悼防災式が百年の節目で、いつもよりも大々的な式典や付属するイベントの準備で、概ね外注なんですが、例年通りにはいかなくて、関係省庁は末端組織まで例外的に忙しいんです。その影響を私も受けている感じですね。認定所も普段の三分の二くらいの人員で、しばらく回すことになると思いますが、ベテランばかりですから問題ありませんよ」


 花妃莉を安心させるように、千種は例外について説明してくれた。


「天梨さんの初出勤の案内担当は、私がしたいところだったんですが、急に式典の方へ派遣されることになってしまって…。せっかく会えたので、研修を受ける部屋にご案内しますね」







 花妃莉が案内された部屋は認定所の三階、相談役《メンター》である多岐川《たきがわ》と面談した部屋とは違う方向のエレベーター近くである。

 始業時刻丁度に、女がノックと共に部屋に入って来た。


「おはようございます。本日午前の研修を担当する。鑑定士の水留《みずどめ》と申します。よろしくお願いいたします」


 花妃莉は席を立ち、会釈をした。


「天梨と申します。よろしくお願いいたします」


 水留は、花妃莉より少し上か、同年に見える。

 おかっぱ頭だな、と花妃莉《おっさん》が認識するほど、顎より少し上で切りそろえられた真っすぐな髪、前髪も短く真っすぐ切り揃えられている。

 小さな顔に収まる顔のパーツのバランスが良く、髪型が妙に似合って、品良くしていた。


「座ってください。研修を始めましょう」


 水留は、持っている布製に見える袋の一つを花妃莉の前へ、ずいっと置いた。


「こちらが、天梨さんへの支給品となります。いくつか間に合わなかったものがありますが、後日お渡ししますね」


 ご確認くださいと手で示される。

 花妃莉は、袋から取り出し、机に並べてみる。


 三つ折りの機械っぽい何か。

 黒く丸い手に収まる機械っぽい何か。

 銀色のチェーンに紫の石がついた首飾り。

 黒い革製のように見える箱。

 緑色の平たい何か。

 五つほど並べたが、なんであるかさっぱりわからなかった。

 水留は、並べた物を見て頷いている。


「パソコン、3D記憶装置、身分証明書、認定所記章、簡易インベントリ、ちゃんと入ってますね。では、説明します」


 確認したら終わりかと思ったら、全て使い方までレクチャーしてくれる丁寧さである。

 三つ折りの機械は、キーボードも画面も3Dで出てくるパソコンであった。

 黒い丸い機械は外付け記憶装置、首飾りは認定所の職員身分証明書が記録された装置、黒い箱は開けると認定所の記章が鎮座していた。

 そして、緑色の平たい何かは、叩き割るように言われたのであった。


「割るんですか?」


 ええ。と、水留は満面の笑みで、机に叩きつけるジェスチャーをした。


「思いっきりしてくださいね。言い方悪いですが、少々相性の悪い方を思い浮かべながら、叩きつける感じが良いですよ」


 どうぞ、どうぞと水留が進めるので、やらざるを得ない状況である。

 花妃莉としての短い記憶にそういう相手はあまりいない。だが、おっさんの中には色々あるものである。

 遠慮なく叩きつけさせていただいた。


「すばらしいですね!」


 水留がとても楽しそうである。小さく拍手までつけてくれるサービス精神であった。

 叩きつけた緑色の板は、机の上で砕けたが、散ったりはせず、輝きながら空中浮かび上がる。


「!!?」


 輝きが、花妃莉の文様のある手の甲に、吸い込まれて、消えた。


「これで簡易インベントリが使えますね。容量は二十アイテムです。これだけは退職しても返さなくていいんですよ。帰属なので。覚醒省の国家公務員だけに無料で支給される特別品です!警察とかの免許と同じ感覚ですかね」


 実習は叩き割るだけですけど、と水留がにっこりしている。

 まじか。まさか、インベントリとか現代にあるのか。凄すぎる。

 おっさんの心が童心に帰って喜んでいる。


「今日支給したものはそちらに入れておいてくださいね。使い方は、インベントリって脳裏に浮かべると、目前に二十個の四角が現れるので、そこに、目の前の物体を入ることを強く念じると入ります。取り出しも一緒ですよ。空きには私物の収納をしていただいても問題ありませんよ」


 花妃莉は支給品をインベントリに入れて、出してを繰り返した。


「わかります!やりたくなりますよね!私もやりましたよ」


 同士を見つけたように水留の笑みが深くなる。

 その様子を見て、花妃莉は、子どものように、はしゃいだ自分を少し恥ずかしく感じてしまった。

 いい年して、私《おれ》は何をやっているんだと。


 まだまだ続くであろう研修は、初っ端から花妃莉のテンション爆上がりイベントとなった。

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 登場人物一覧:ここまで閲覧いただいている内容での説明文

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【天梨 花妃莉】あまなし かいり

  主人公、現世女子の記憶が吹っ飛び、前世おっさんの意識がある。


【如月 聡湖】きさらぎ さとこ

  主人公の姉的存在であったが、記憶が吹っ飛んでからは保護者に近い。前線系覚醒者。


【鷹司】たかつかさ

  覚醒者認定所の課長補佐らしい。


【千種】ちくさ

  覚醒者認定所の職員。鷹司の部下らしい。


【真田 壮一朗】さなだ そういちろう

  覚醒者認定所の室長らしい。B級人物鑑定士。


【多岐川】たきがわ

  覚醒者認定所の覚醒初期者のメンター。


【行野】ゆきの

  覚醒者認定所に所属する主任で、A級人物鑑定士。


【游槻 藍】ゆうづき らん

  主人公の知り合いだがおっさんの記憶にはない。天照ギルドの前線系覚醒者。


【大炊御門 輝嗣】おおいみかど こうじ

  覚醒研究局の局長。


【霧生】きりゅう

  覚醒研究局か大炊御門傘下の覚醒者と思われる。


【風戸】かざま

  覚醒研究局か大炊御門傘下の覚醒者と思われる。


【久坂部】くさかべ

  覚醒研究局か大炊御門傘下の覚醒者と思われる。


【水留】みずどめ

  覚醒者認定所の鑑定士。主人公の先輩。

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