後編:これをイージーモードと言っても許されたい
水留は、支給品の記章を指して、箱に戻すようにジェスチャーをした。
「記章は、制服が出来たらつけてくださいね。私服に穴をあけるのは忍びないですから」
花妃莉は言われた通り記章を戻そうとして、手が止まる。
銀の丸の上に豊かに枝の分かれた大木が描かれていると思っていたが、銀の丸には何やら模様が彫られており、その上に描かれている金の木もとても細かい木の枝の意匠が彫られていた。
じっくり見る花妃莉に気づいた水留が、花妃莉にも支給されていた丸い記憶装置と言われるものを机の上に置いて、スイッチらしきものを押した。
何やら探しているようで、空中で視線を止めている。
暫くすると、記章を拡大した図が3Dで浮かび上がった。
「じっくり見ると綺麗ですよね。銀の生命の花を背景にしているんです。それと、この金の木は、生命の木なんですよ。覚醒者は生命の守り人って意味だったと思います。勉強不足でちゃんと説明できなくて、ごめんなさい」
水留はそう謝りながら、空中をタップするような動きをした。
「今、研修でお伝えした内容をチェックしているので、お待ちくださいね。研修内容の半分くらいは月曜日に終わってるんですね。では、組織説明のあとに、認定所内の全階案内をしますね」
水留は、記章の3Dを消し、今度は文字が浮かび上がる。
文字の下には認定所の外観画像まで3D表示されている。
「わかりやすい組織図作ってみたんです。どうですか?」
満面の笑みの水留に、花妃莉は正直に感想を言うことにした。
「びっくりしました。3Dで組織図が浮かんで認定所の外観が下に映っているのがとても素敵です」
でしょう、でしょう。と水留は嬉しそうである。
「では、私たちが務める覚醒者認定所は、覚醒省の末端組織となっています。覚醒省は、二庁一局から成っています。その一つが、覚醒研究局です。さらに、覚醒研究局の下に三つの室があり、その一つが、鑑定室です。鑑定室の下にある二つのうちの一つが、覚醒者認定所になっています。お渡しした記憶装置に、通常版の組織図もあるので、式典など、上位組織と同伴の可能性がある場合は見直しておくと良いですよ」
組織図を見ながら、花妃莉は、室長って…、と真田を思い出していた。
覚醒省―覚醒研究局―鑑定室―覚醒者認定所
真田の位置付けが、組織図で見えてくる。
覚醒省の覚醒研究局、その直轄にある鑑定室の室長である。
その下に覚醒者認定所と遺物鑑定所があった。
え?まてまて、真田さん、部長クラスってことか?四十二で?
室長って通常の官庁なら課長の下くらいの認識が多いだろ…。
まじかぁ…。めっちゃ優秀な人じゃないか。
覚醒省の組織図を見せられながら、驚きで声がでない。
初対面の時の重役室も納得である。
その様子は、周りからすると真剣に組織を覚えようとしているように見えた。
「えっと、それとですね。天梨さんは、午後から、以降一ヶ月くらいですが、真田室長の下で研修を受けていただきます」
幻聴か?と、花妃莉は、再び固まる。
その反応わかるよ、というように、水留の瞳に同情の色が浮かぶ。
「驚かれたと思いますが、行野主任の鑑定が相性で発動しないとのことでしたので…。私も担当できたらよかったんですが、属性等級がC級と低いうえに、まだ認定所勤務が二年目で、指導員としては実力が足りないって評価なんですよね。十年は新人こないかもって言われていたので、天梨さんが来てくださってとっても嬉しいんですが…」
お力になれなくてごめんなさい。と水留が肩を落とした。
個性的だが、同年の子が、気後れしそうなOJT指導員についての同情を示す優しい一面に、花妃莉は微笑ましく思った。
役職の高さは驚いたが、年代で考えれば水留が指導員よりも真田の方が、今の花妃莉にはありがたい。
「なので、時間配分の自由度が高かった室長がOJT指導員です。緊張するでしょうが頑張ってください」
花妃莉は、水留の励ましに頷いた。
「緊張しますが、頑張って覚えて、一日も早くみなさんと働ける戦力になれるように、室長にたくさんご指導いただいてきます」
花妃莉は、思わず新人の模範解答を読み上げるようになってしまったが、水留はそれを緊張のせいと受け取ったのか、うんうん、頑張って!と花妃莉を力づけるように微笑んだ。
*** ** ***
水留に認定所内の案内と、昼食までごちそうになり、気安い気持ちのまま、午後の研修の時間になった。
午後は室長室で、勤務記録や経費の精算の仕方から覚醒省の仕事についての幅広い研修である。
真田の説明は、わかりやすく、気になった箇所の質問時間、説明内容の花妃莉による反復など、充実した研修であったが、予定より一時間も早く終わった。
「駆け足になってしまったけど、私の説明で気になった事で抜けていたところや、イメージしづらい部分はあったかな?」
花妃莉は思い返してみるが、これと言ってなかった。事前に用意していたメモ帳の気になるところは、全て解決済みのチェックマークがついている。
「分かりやすく、疑問も全て解決しています。丁寧にご説明いただきありがとうございます」
花妃莉が真っすぐ真田を見つめてお礼を口にすれば、真田は納得したように頷いた。
「研修は早く終わったけど、少し話があってね。念のためこれも起動しておこうかな…」
真田は座ったまま、ひじ掛けに並ぶボタンの一つを押した。
何かが発動されたのか、研修を受けている応接部分がほんのり青く半円形状に、囲まれていく。
遊戯場のアトラクションのようで、花妃莉の瞳が楽し気に輝いた。
「会話の遮断装置でね。役職者の応接や、部屋全体がそういう構造になってるところもあるんだ」
花妃莉の様子を見た真田は、安心させるように半円型について言及する。
そして、真田は自分自身の手元に視線を落としてから、花妃莉の瞳に視線を合わせ、おもむろに口を開いた。
「あの日以降、鑑定は使っていないね?」
真田の雰囲気に、花妃莉は背を伸ばしてから頷いた。
確かに、あの日以来、鑑定は、使っていない。
その日の夜に自分自身を鑑定したのは、除外である。
「隠さずとも察しているかもしれないけど、天梨さんの鑑定能力は、国の利権や影響力が大きすぎるんだ」
この世界に生きると決めた花妃莉であるが、ある意味慣れるだけで必死であり、世の中の事象は、やや小説の中にいる感覚から抜ききれていない。
真田の言葉を吟味して、考えてみる。
「私の鑑定結果を覚えているかな?等級昇格の条件が表示された。他にも補足があったけど、それも覚えているかな?」
花妃莉はいやな予感がした。
「詳細な結果を出せる鑑定士は日本にいないし、私の知る限り、世界にもいない」
おぉおおいっ!俺はチートに興味ねぇっていっただろうがっ!
花妃莉は、転生前の暗闇での会話に、気持ちが逸れていた。
見なかったことにした自分自身の鑑定結果は無意味だったといえるだろう。
花妃莉の心は荒れていた。
「この詳細能力について、報告を上にあげてないんだ」
まじか。花妃莉は目を見開いた。
「本来は私から局長へ、局長は大臣へ、大臣は総理へ伝えて、あの日の数日後には天梨さんは、会合という名の料亭かホテルの会議室に呼ばれていたと思う」
前世でも面識のない面々である。
真田が意を決したように話を続けた。
「天梨さんは、どうしたいかな。能力を明かして、国のために頑張りたい?それとも普通の鑑定士として過ごしたいかな」
人生普通が一番だろ。と、花妃莉は思うが、真田の瞳をじっと見つめてしまう。
この人は、官僚としては、選択すべきじゃないことをしても、花妃莉に選択をくれているのだ。
本来なら、早々に国に囲われるか、如月がいる分、詳しくはわからないが、ある程度は自由にできたかもしれない状況に置かれたはずだ。
ただ、今は、真田の機転で、普通に過ごせている。
自分の選択は、この真田に、負担を強いるものではないだろうか。
今の花妃莉は若い。だが、人生経験は長い。
真田に甘えて良いのだろうか。真田以外にも共有すべきではないのか。
花妃莉は、一瞬、深く思考に沈んだ。
「如月さんには伝えても良いでしょうか」
真田だけに背負わせるには酷だ。
如月なら大丈夫だと、多分、現世の自分が言っている。
今世の記憶が飛んで、まだ短い期間であるが、花妃莉は、自分の感情や判断がある人物を介すると過剰に出ることを知った。
それが、如月である。
如月が絡むと関わる相手への評価が厳しくなる。
そして、如月に対する無意識の安堵は、少なくとも前世の花妃莉が持つには早すぎる感情であった。
「私は、まだ普通の鑑定士としてここで勤めたいです。あの鑑定が必要なら、言っていただきたいです。自分の力は役に立てるためにあるかもしれませんので」
総理大臣まで話を上げなくてはいけない事態になるなら、それは、仕方がない。
花妃莉は、真田を真っすぐ見つめる。
「もちろん。信頼している人に言うことは止めない。『あの鑑定』は、過ぎたるものだよ。鑑定で十分世の役に立てるからね。天梨さんが考える何かがあった時は、確認なく進めるようなことはしないと誓うよ」
真剣な眼差し、こちらを安心させるような微かな口元の緩み。
すごく良い人だ。
花妃莉は、そう思った。
「ありがとうございます」
緊張が解けたのか、花妃莉のピンと伸びた背が軟かな伸びに変わる。
「そういえば、室長は、覚醒属性レベルは上げないんですか」
確か、覚醒属性レベルが六十一、七十で物質鑑定が解放されて、属性等級がBからAになるはずである。
「そいうところだからね。本当に覚醒者が求めてるというか。日本が求めているというか」
真田は呆れたように苦笑する。
「もちろん私は、昇級するために頑張って鑑定しないといけないけど。政府が、天梨さんの能力に飛びつく明確な理由がこれなんだ」
真田は、テーブル上のゴルフボールサイズの何かを操作した。
空中に光が一瞬走り、収束すると、極東地区覚醒等級・前線覚醒者等級表が空中に映し出される。
中華人民共和国
S・SS級 1名
A・SS級 4名
S・ S級 6名
(略)
大韓民国
S・SS級 3名
A・SS級 2名
S・ S級 4名
日本
S・SS級 1名
A・SS級 1名
S・ S級 4名
「上位の覚醒者が、極東地区の中で一番少ないんだ。特に覚醒属性SS等級の能力はけた違いでね。そこに覚醒体力S等級だと摩天楼を飛び超えられるレベルだよ」
画面を見ながら、韓国が多すぎではなかろうかと、花妃莉は脱線した考えに至る。
それ以外は、人口から考えれば問題ない気もするが、人口自体の認識が前世と違う可能性がある。
「昇級できるか、分かるかもしれないというのは大きなメリットですね」
そうなんだ。と頷きながら真田は画面を変えた。
「これはちょっとした娯楽になるかもしれないけど…」
切り替えて映し出された映像は、何かの特集の一部なのか、『なぜ日本にSS級覚醒者が少ないのか』という文字を映し出して止まっている。
「日本で上位の覚醒者が少ない理由の検証番組なんだ。」
無音のままに流れ始めた動画は字幕があるため、意味は汲み取れた。
「都市伝説なんだけどね。日本には、八百万の神々に、仏様もいるからね。なんて話が……」
真田は困ったように言葉を区切って、再び口を開いた。
「呆れるかもしれないけど、実しやかに言われてる。特に覚醒者の等級が上がるほどそれを直観するというか。実は、研究もされてるんだ。解明されてないけどね」
花妃莉は、それを聞いて呆れるよりも先に、納得してしまった。確かに、不思議な感覚はあるよな、と。
誰も、あなたの場合は、鑑定が原因です。とは、突っ込むことができないのが、さらなる問題であった。
「そんなわけで、高等級の覚醒者が少ないんじゃないかって言われてる」
真田は、眉唾雑学くらいに思っておいて、と眉をさげて口元を歪めた。
「面白いですね。人知を超えた存在の守りってことですよね。もしかしたら、そのせいで全体の覚醒等級が低く測られてるかもしれないですよ」
花妃莉は、前向きな冗談をいうように、にっこり微笑んでみせた。
「新しい視点だね」
真田は、くすりと笑った。
「今日は、ここまでにしようか」
デジタル時計が、退勤の定刻を指していた。
非常にホワイトな職場である。
*** ** ***
それは、世の中のメディアが地球に小惑星が衝突して訪れる太陽の届かない世界を描いた仮想再現映像のように、天の全てを闇で覆った。
夜の帳が降りた国々は、不気味な気配に、すくみ上がり、昼の光が差す国々は、急に訪れた月夜のごとき暗闇に、動きを止めて驚愕に染まる。
覚醒した強者ほど、過敏に反応し、怖気が走る感覚は強かった。
――恐れ敬い崇め讃えよ。
世界にその音が、厳かに響いた。
天には、低く暗い、怖気の走る轟きが繰り返される。
亀裂が現れ始めて百年の節目のこの年、この月、人々が見たことのない巨大な亀裂が、次々と上空に出現した。
人々が、それぞれの神に祈りを無心に捧げた日でもあった。
数日後、WRO、世界亀裂研究機構が発表した亀裂の発生地点は、九箇所。それは、地区分けされ、対処するべき国々が決まった瞬間であった。
だが、政治的外交的理由が絡み、協力は容易いことではなかった。
つまり、発生場所の国々に攻略優先権があるということである。
北米地区、アメリカ、シリコンバレー。
極東地区、中国、深圳。
ユーラシア極北地区、ロシア、シベリア。
中東地区、UAE、ドバイ。
東南アジア地区、シンガポール。
欧州地区、イタリア、ローマ。
アフリカ地区、エジプト、カイロ。
オセアニア地区、オーストラリア、シドニー。
南米地区、ブラジル、マナウス。
亀裂は、九箇所全てが、等級、暫定SSS級という前代未聞の難易度が判定され、制限は、三百六十五日である。
WROの発表直後から、マスコミは、地球の危機・人類の終焉とこぞって報道したが、時が経つにつれ、その亀裂が遠い国々の人々は、対岸の火事に近い感覚になっていった。
*** ** ***
世界が震撼していたころ、花妃莉は熟睡していた。
日本が深夜であったことも理由であるが、世界に響いたあの音が、花妃莉には届いていなかったのである。
この時、花妃莉は暗闇にいる夢を見ていた。
これを夢というべきかは、わからないが、暗闇にはパチンッ!という音がずっと響いている。
鑑定が失敗した時の音だな、と花妃莉は思っていた。
ずっと聞いていると、ふと扇子が頭に浮かんだ。
合点がいく。これは時代劇で聞いたことがある扇子を開いて閉じる時に、鳴る音だと。
しばらく続いたその音は、ひと際大きく鳴り響き、唐突に止まった。
――かたはらいたし!
低い男の声が重く波紋のように響き、吐息のような、ため息のような、何かが暗闇の中に落ちた。
それは、『いつも』と違うというのに、花妃莉に届くのは、微かに柔らかな雰囲気である。
あぁ、この声は……と、花妃莉は、『何か』を思い出しかけた。
その好機は、急速に目覚めへと誘われる感覚によって、遮られることになる。
目覚めた時、思い出しかけた『何か』も暗闇の中の出来事も、脳裏に全く残っていないのであった。
花妃莉の瞳は、少し開いたカーテンを映す。
昨夜は、カーテンを確り引き忘れていたのか、ちょうど顔に日差しが直撃していた。
「……これは、眩しすぎる」
目覚めた途端、花妃莉は、呟く。
上半身を起こし伸びをしながら、今日も良い目覚めだなと、朝の日課を始めるために立ち上がったのであった。
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登場人物一覧:ここまで閲覧いただいている内容での説明文
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【天梨 花妃莉】あまなし かいり
主人公、現世女子の記憶が吹っ飛び、前世おっさんの意識がある。
【如月 聡湖】きさらぎ さとこ
主人公の姉的存在であったが、記憶が吹っ飛んでからは保護者に近い。前線系覚醒者。
【鷹司】たかつかさ
覚醒者認定所の課長補佐らしい。
【千種】ちくさ
覚醒者認定所の職員。鷹司の部下らしい。
【真田 壮一朗】さなだ そういちろう
鑑定室の室長。B級人物鑑定士。
【多岐川】たきがわ
覚醒者認定所の覚醒初期者のメンター。
【行野】ゆきの
覚醒者認定所に所属する主任で、A級人物鑑定士。
【游槻 藍】ゆうづき らん
主人公の知り合いだがおっさんの記憶にはない。天照ギルドの前線系覚醒者。
【大炊御門 輝嗣】おおいみかど こうじ
覚醒研究局の局長。
【霧生】きりゅう
覚醒研究局か大炊御門傘下の覚醒者と思われる。
【風戸】かざま
覚醒研究局か大炊御門傘下の覚醒者と思われる。
【久坂部】くさかべ
覚醒研究局か大炊御門傘下の覚醒者と思われる。
【水留】みずどめ
覚醒者認定所のC級鑑定士。主人公の先輩。




