閑話1 深淵の瞳 ――諜報機関「ニャサド」の誕生
大ブリテン連邦による「ニャン類憐れみの令」は、オスマン帝国の版図にも拡大された。この一見奇妙な慈愛の法は、エース・ランカスターが仕掛けた史上最大の諜報網への布石であった。
スエズの地に「シオンの丘自治区」を得たユダヤの民の中には、古来より伝わる特異な秘術の使い手がいた。四大属性魔法とは一線を画す、「猫テイム」の魔法である。
エースはこの力に即座に目をつけた。
「猫は、王の寝室から軍の司令部まで、あらゆる障壁を無視して侵入できる。その五感を共有できれば、この世界に秘密はなくなる」
エースはユダヤの長老たちと密約を交わし、秘密諜報機関「ニャサド(Nyasad)」を設立。テイムされた猫たちは、主人の視覚や聴覚を共有するだけでなく、術者の声を媒介して「囁く」ことすら可能となった。各国の中枢で可愛がられる猫たちが、今やイングランドに情報を送る「生きた盗聴器」へと変貌したのである。
スエズ運河の開通式が執り行われた。世界各国の国王や賓客が集う3日間の狂乱の最中、エースは「ニャサド」の工作員を放った。賓客たちが豪華な食事や展示会に目を奪われている隙に、彼らが連れてきた、あるいは寄港地に住まう御用達の猫たちが次々とテイムされていく。
展示会場には、ワットが手掛けた最新の魔導蒸気機関や、クロムウェルが誇る新型ライフルの試作機が並び、列強の王族たちはその圧倒的な工業力に溜息を漏らした。しかし、彼らはまだ知らなかった。エースが用意した「真の余興」が、人類の理解を超えたものであることを。




