青き回廊
建設は、灼熱の砂漠を空間の歪みが切り裂く、異様な光景の中で始まった。
エースは自ら現地に降り立ち、精密な測量と魔力演算を開始した。彼の手が空をなぞるたび、数万トンの砂と岩石が一瞬にして消え、代わりに海水の呼び水を待つ深い溝が出現する。
「距離が長い。だが、この『青き回廊』が完成すれば、物流の熱力学は一変する」
工事と並行して、運河の出入り口には「自由貿易港」が建設された。表向きは商船が停泊する平和な港だが、そのドックの奥底には、最新鋭の魔導蒸気砲を搭載した「商船偽装型軍艦」が密かに配備されている。
「もしスレイマンが欲をかいて、この黄金の卵を産む運河を強奪しようとしたら……その時は、この港ごとオスマンの夢を沈めてあげるまでだ。人類初の月旅行もありかな。」
一ヶ月を経て(エースの魔法による加速で、本来の工期の百分の一以下で)、紅海と地中海がついに握手を交わした。
第一号船として、イングランドの蒸気帆船が汽笛を鳴らして運河を通過した時、世界の距離は半分になった。通航料という名の富が、ユダヤの自治区とイングランド、そして手数料を受け取るオスマン帝国へと流れ込み始める。
スレイマン1世は、この「魔法の運河」がもたらす莫大な富に驚愕し、同時に恐怖した。自国の領土のど真ん中に、自国の法律が及ばない、イングランドの論理で動く「特区」が誕生したのだ。だが、一度味わった利権の味を捨てることはできない。
「エース・ランカスター……。貴殿は、地上の地図を書き換えるだけでなく、海の理までも支配したのか」
コンスタンティノープルからの親書には、畏怖と、そして逃れられぬ協力への誓いが記されていた。
運河の岸辺、シオンの丘に立つエースは、沈みゆく夕日を見つめていた。
「アンナ。これで、東洋と西洋の情報の同期が始まる。……さあ、次はインド、そしてジパングだ。世界という巨大な演算機を、僕の望む解へと導くためにね」
大ブリテン連邦の知性は、砂漠の熱風さえも「繁栄の風」へと変え、人類史上最大の交易路をその掌中に収めたのである。




