柔らかき専制
エース・ランカスターは、オスマン帝国の根幹を支える制度「ミッレト」に、一種の美学を感じていた。
オスマン帝国はイスラーム教を国教としながらも、ギリシア正教、ユダヤ教、アルメニア教会といった非ムスリムに対して改宗を強制しない。彼らを宗教的集団として組織し、独自の法や信仰、自治を認めることで、帝国内の反発を最小限に抑え込んでいる。
「これを『柔らかい専制』と呼ぶのか……。強制的な同化ではなく、異なる周波数を共存させるヘテロダイン方式だ。スレイマン1世、彼は真のシステム・エンジニアだよ」
エースは自らの「大ブリテン連邦」においても、アイルランドやスコットランドに対して同様の羈縻政策を採っていたが、オスマンのそれはより歴史に裏打ちされた、強固な社会的安定装置であった。ミッレト制によって、各民族は「自分たちのアイデンティティ」を守りつつ、「オスマンの臣民」としての義務を果たす。この絶妙なバランスが、帝国の長大な寿命を支えているのだ。
しかし、エースはこの「柔らかさ」の中にある脆弱性も見抜いていた。
(自治を認め、多様性を許容するということは、内部の情報のエントロピーが増大しやすい。強力な中心核――スレイマン1世という重力源――が失われたとき、この巨大なシステムは容易に遠心力でバラバラになる可能性がある)
エースはスレイマン1世に対し、武力による対立ではなく、知的・経済的な「対話」を申し出ることにした。
「オリバー。オスマン帝国とは、戦争をする必要はない。彼らのミッレト制を尊重しつつ、我々の『魔導産業』をその自治の枠組みの中に滑り込ませるんだ。彼らが宗教を守るなら、我々は彼らに『利便性』という名の新しい教義を与えればいい」
ロンドンからコンスタンティノープル(イスタンブル)へ。エースの特使が運ぶのは、最新の顕微鏡と、精密な天体観測儀、そして自由貿易の提案書であった。
しかし、自由貿易の概念がないスレイマン1世は、この提案書を破り捨て、
「我が偉大なる帝国は、協定を結ぶより、服従を選択する。イングランドを打ち破れ。!!」
こうして、赤髭と異名を持つ元海賊バルバロス・ハイレッディンに戦闘するように指示を出した。




