福音の雷鳴
スコットランドの峻厳な大地に、一発の銃声よりも重い「叫び」が響き渡った。
宗教改革の旗手、ジョン・ノックス。彼は、富を独占し、民衆の貧困を尻目に「免罪符」を売り捌くカトリック教会の腐敗を激烈に糾弾した。だが、この反乱の真の導火線は、信仰心だけではなかった。イングランドとの圧倒的な「経済格差」である。
銀の線路が国境まで伸び、南の地から豊かさの噂が風に乗って届くたび、スコットランドの民の心には「なぜ我らだけが、この古臭い教会の搾取に耐えねばならぬのか」という毒にも似た疑問が回っていた。
エース・ランカスターが放った「生活の向上」という名の針が、ついにスコットランドという風船を突き破ったのだ。
エディンバラの王宮、ホリルードハウス。
女王メアリー・スチュワートは、窓の外で燃え上がる叛逆の炎を見つめ、愕然としていた。
「反乱? 教会の腐敗? ……どうして、私の国がこんなことに……」
彼女の傍らに立つ将軍が、苦渋に満ちた声で答える。
「報告によれば、イングランドとの経済格差が発端です。民衆は、教会の富を奪い、南のような『産業』を求めて暴動を起こしています。陛下、軍内でも下層兵士がノックスに同調し、収拾がつかない状態です」
メアリーの脳裏には、エース・ランカスターの涼しげな顔が浮かんだ。
(あの男だ……。剣を抜かず、呪文も唱えず、私の国を根底から腐らせたのは……!)
その時、一通の手紙が届けられた。封蝋には、イングランド女王エリザベスの紋章――そして、その裏にはエースが考案した「魔導指紋」が刻まれていた。
手紙の内容は、甘美な誘惑と冷徹な現実が混ざり合った「詰み」の宣告だった。
『イングランド連邦への加盟を提案します。加盟すれば、貴国の反乱は我が軍が鎮圧しましょう。女王としての地位、権利、そしてスチュワート家の誇りは完全に保障します。……選択の時は、今です』
メアリーの手が震える。彼女は最強の【アンチ・マジック】の使い手だ。どんな強力な攻撃魔法も彼女の前では無力化される。だが、目の前で起きている「飢え」と「怒り」という現実の波は、魔法では消せなかった。
「……受け入れるしか、ないのね。誇りを守るために、国を売る……いえ、国を救うために、誇りを差し出すというのかしら」




