ジェームズ・ワット
「政治の次は、金だ!!」
学園の寄宿舎の一室で、エース・ランカスターは手元の帳簿を閉じ、冷徹に断じた。
前世のポスドク時代、彼は痛感していた。どれほど革新的な理論を打ち立てようとも、予算がなければ、それはただの空論に過ぎない。一人で生産魔法を振るい、分子結合を操ったところで、一人の人間にできる生産量には物理的な限界がある。この異世界を、そしてイングランドを根底から作り変えるには、富を生み出す「システム」の構築が不可欠だった。
(僕が一人で一万本の剣を作るのではなく、一万本の剣を自動で作る『機関』を作らなければならない……。それには、僕の理論を形にするための有能なエンジニアと、初期投資が必要だ)
エースは【ロングサーチ】と【前世の英知】を組み合わせ、学園内の学生データを精査していた。この時空の歪みか、あるいは運命の悪戯か。彼の前に、一人の風変わりな少年が浮上した。
カーツ・バーン男爵家の嫡男、ジェームズ・ワット。
実家は貿易商を営んでおり、金勘定には明るいが、本人は「生産系魔法」と「機械いじり」にしか興味がないという。学園での評価は散々だった。古典文学や歴史、詩作といった文系科目は赤点続き。だが、エースの目には、彼こそが「産業革命」の火種に見えた。
エースは、学園の裏手にある埃っぽい技術実習室で、一心不乱に歯車を削り出しているワットに接触した。
「その歯車の噛み合わせ、遊びが少ないし摩擦係数を考慮していないね。エネルギーのロス率が15%を超えているよ」
唐突な指摘に、ワットは驚いて顔を上げた。油にまみれた顔、しかしその瞳には、真理を求める者の輝きがあった。
「……摩擦係数? ロス率? 君、何を言っているんだ。でも、確かにこの試作機はすぐに熱を持って止まってしまうんだ」
二人の対話は、そこから始まった。
エースはワットに、前世の物理学と数学を教え込んだ。微分積分を用いた運動方程式、熱力学の基礎。それらは魔法至上主義のこの世界では、誰も体系化していない「禁断の論理」だった。
「エース、君は天才か!? 魔法を『感覚』ではなく『数式』で記述するなんて……これなら、魔力がない普通の人でも、構造さえ正しければ巨大な力を生み出せる!」
ワットは夢中でエースの知識を吸収した。彼は語った。いつか、人の力や馬の力に頼らず、機械そのものが自律して動く「革命」を起こしたいのだと。
エースは確信した。彼という実行部隊がいれば、前世の蒸気機関をこの世界に再現できる。それも、単なる石炭の燃焼ではない。魔力による熱核反応を制御した、超高効率の「魔導蒸気機関」を。
魔力を持たない普通の人でも、扱える蒸気機関も発明した。
特許制度設立は、エリザベスに頼むとしよう。




