食堂の宣戦布告
学園の昼食時。光が燦々と降り注ぐ中央食堂は、身分ごとに厳格に分けられたテーブルで埋め尽くされていた。
エースとアンナが座るのは、食堂の隅にある「特殊クラス」専用の質素な席だ。周囲の「正統クラス」の学生たちは、彼らを汚いものを見るような目で見遣り、あるいは完全に透明人間として扱っていた。
その静寂を、カツン、カツンという規則正しい靴音が破った。
全学生の視線が一箇所に集まる。
エリザベス・テューダーが、護衛を下がらせ、真っ直ぐにエースたちのテーブルへと歩み寄ってきたのだ。
食堂内が騒然となる。王族が、よりによって「はずれクラス」の男爵家次男の席に自ら足を運ぶなど、前代未聞の事態だ。
エリザベスは、エースの目の前で足を止めた。
彼女の手に握られているのは、あの銀のスプーンだった。
「……ごきげんよう、エース・ランカスター」
彼女は優雅に、しかしどこか固い表情で腰を下ろした。
エースは動じず、手元のパンを千切りながら応える。
「これはエリザベス様。王族専用の席はあちらの特等席のはずですが、僕たちの粗末な食卓に何か御用で?」
エリザベスは周囲を一度鋭く睨みつけ、野次馬たちの耳を塞ぐように、手近なナイフでテーブルを叩き、小さな防音結界を張った。
そして、エースだけに聞こえる消え入りそうな小声で囁いた。
「……私を助けてくれて、ありがとう。あの一件も、そしてこの……妙な味のしないスプーンも。助かっているわ」
その顔は、ほんのりと赤らんでいる。王族としての矜持と、命を救われたことへの純粋な感謝が、彼女の中で激しく葛藤しているのが手に取るように分かった。
エースはふっと口角を上げた。
「お気に召したようで何よりです。論理的に言えば、貴女に死なれると僕の今後のポートフォリオが崩れますからね」
「……ポートフォリオ? 相変わらず、貴方の言うことは意味が分からないわ」
エリザベスは一つ溜息をつくと、立ち上がった。
そして次の瞬間、結界を解除し、食堂全体に響き渡るような高慢な声を張り上げた。
「ですが勘違いしないでちょうだい! 貴方のようなしがない男爵家の子息が、私に近づくなんて100年早くてよ!! 今回のことは、あくまで私の慈悲で許してあげるだけなんだから!」
扇を広げ、高笑いを残して去っていく彼女の背中。
周囲の学生たちは「やはり王女様が、はずれ者を叱責しに行ったのだ」と納得したように頷き、嘲笑の視線をエースに戻した。
だが、去り際のエリザベスの瞳が、一瞬だけエースを見て微かに揺れたのを、エースは見逃さなかった。
「……『ツンデレ』か? 前世のアニメ文化の用語が、まさか王女様に当てはまるとはな」
エースは苦笑いしながら、残りのスープを口にした。
アンナが呆れたように、しかし少しだけ楽しそうに呟く。
「王族という身分は、素直になるのも一苦労なのですね。でも、あの方……エース様を完全に『味方』だと認識されましたよ」
「ああ。あれだけ派手に拒絶してみせれば、むしろ周囲の疑いからは遠ざかる。彼女なりの、僕を守るためのカモフラージュだろう。……なかなか計算高い王女様だ」
大きな恩義。それは、今はまだ目に見えない「種」だ。
だが、この学園という庭で、エースが積み上げていく「魔導物理学」の成果とともに、その種はやがて、イングランド全土を覆い尽くす巨大な大樹へと育つだろう。
王族からの信頼という、最強のバックアップ。
エースは、自作のメモ帳に「エリザベス:協力関係(確定)」と記した。
学園での覇権。そしてその先にあるヨーロッパ全域への支配。
ポスドクから覇王への階段は、今、確実に一段登られた。
「さあ、アンナ。昼食が終わったら研究室に戻ろう。次は『神聖魔法』をバイオテクノロジーに応用した、不老長寿の術式についてだ」
「はい、エース様!」
二人の少年の周囲には、嘲笑する学生たちの声はもう届かなかった。彼らの見ている地平は、すでにこの学園の壁を越え、世界の真理へと繋がっていたからである。




