「劇マズ」の術式
エリザベス・テューダーが死の淵から生還したというニュースは、王都全域を揺るがす奇跡として語り継がれた。
事件から一週間。王宮の最高級の滋養物と、国家抱えの治癒術師たちによる戦後処理(もっとも、根源的な治療はエースが済ませていたが)を経て、彼女は驚異的な回復力で学園へと戻ってきた。
白亜の校舎の廊下を、以前と変わらぬ、いや、死を乗り越えたことでより鋭さを増した威風堂々たる足取りで歩く彼女の姿に、学生たちは畏怖を込めた道を開ける。
だが、エース・ランカスターの「観察眼」は、彼女の背後に張り付く新たな影を見逃さなかった。 (……毒味の侍女が三人、護衛の騎士が五人。学園内だというのに物々しいな。だが、前回の二重呪詛を見抜けなかった連中に、彼女の命を預け放しにするのは計算が合わない)
エースは自室の作業机で、一本の銀のスプーンを手に取っていた。
一見、王立学園の食堂で使われている平凡な食器に見えるが、その内部構造は分子レベルで書き換えられている。
彼は【生産魔法】を用い、銀の結晶構造の隙間に、特定の化学反応にのみ応答する「論理回路」を組み込んでいた。
「よし、特性付与――『生体認証』および『毒性触媒反応』完了だ」
エースがこのスプーンに施したのは、前世のセンサー技術を魔法的に昇華させた三つの機能だった。
第一に、エリザベス本人の魔力波形を登録し、彼女以外の人間がこのスプーンを口に含んだ瞬間、味覚神経に直接「人類が経験しうる最大級の不快な味」を叩き込む。これは、敵対勢力によるスプーンのすり替えや盗用を防ぐためのトラップだ。
第二に、劇薬や呪毒が食器に触れた瞬間、スプーン内部の構造が微細に振動し、エリザベスの嗅覚にだけ届く「警告の悪臭」を放つように設定した。
そして第三に、彼女が使う時だけ、素材の銀が料理の熱伝導率を最適化し、常に最高の口当たりを維持する。
「アンナ、これをエリザベス様に届けてくれ。……いや、直接渡すのは角が立つ。彼女の私室の荷物に、紛れ込ませておいて」
「承知いたしました。……それにしてもエース様、この『劇マズ』の味、どんなものなのですか?」
アンナが興味津々に尋ねる。
「ああ、前世の記憶にある『腐った生ゴミと焦げたゴムを混ぜて濃縮したような味』を、脳に直接電気信号で送るようにしてある。物理的な毒ではないから、解毒魔法も効かないよ」
エースは悪戯っぽく笑った。
数日後、エリザベスはその「魔法のスプーン」を使い始めたようだった。
【ロングサーチ】で確認する限り、彼女は最初こそ不審がったものの、スプーンから伝わる微かな「エースの魔力」を察知したのか、今ではそれを肌身離さず持ち歩いている。
エースが解析したところ、今のところ新たな毒は盛られていない。しかし、スプーンが放つ「安全」のシグナルは、エリザベスの張り詰めた精神を密かに支えているはずだった。
「はずれ魔法の使い道としては、なかなか優雅だろう? アンナ」
「はい、エース様。……ですが、あの王女様、素直に喜んでくださるでしょうか」
「さあね。王族のプライドと、僕たちの論理。どちらが勝つか、見ものだよ」




