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ポスドクは異世界イングランドで無双する  作者: 橋平 礼


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禁書庫の略奪者

イートン校の禁書庫。そこは、数千年の歴史が沈殿した知の墓標である。


 天井まで届く巨大な書架には、もはや現代の言葉では読み解けないほど古い、植物の樹皮や魔物の皮膚を装丁に用いた魔導書が並んでいる。空気はひどく乾燥し、時折、古い紙が爆ぜるような小さな音だけが、静寂を支配する深淵に響いていた。


 エース・ランカスターは、その暗がりの中心で、一冊の奇妙な本を手に取っていた。


 装丁には銀の鎖が絡みつき、触れるだけで指先に微かな痺れ――魔力的拒絶反応――を走らせるその本には、古

代語で『リプロダクション(物質の複製)』と記されていた。


(……リプロダクション。直訳すれば『生殖』あるいは『再現』か。内容をスキャンしてみよう)


 エースは【前世の英知】を起動し、術式の構造を解析する。


 この世界の一般的な複製魔法は、見かけだけを似せた幻影を作るか、あるいは膨大な魔力を消費して不完全なコピーを作る「非効率」なものだ。しかし、この禁書に記された術式は、生産魔法の究極形に近い。  それは、対象の「情報構造」を一時的に保存し、周囲の魔力粒子マナを触媒として、同一の原子配列を再構成するという、前世の3Dプリンターをさらに高度化させたような理論だった。


「なるほど……魔法の実行ログをトレースすれば、この術式は情報の保存期間に制限がある。だが、物理的な『本』として定着させる際に、神聖魔法の『固定』と生産魔法の『結合』を組み合わせれば、永久的な複製が可能になるはずだ」

 エースの瞳が、暗がりの中で怪しく光る。


 彼は実験を開始した。まず、禁書庫の机に置かれた羊皮紙をターゲットに定める。


 生産魔法で、周囲の空気から炭素とセルロース成分を抽出。そこにリプロダクションの術式を流し込み、情報の転写コピーを行う。


「――リプロダクション(複製開始)」


 指先から放たれた青白い光が魔導書をなぞり、その隣に、物質の粒子が結晶化していく。


 一秒、二秒・・・・。


 そこには、元となった禁書と寸分違わぬ、インクの染みや紙の傷みまでもが再現された「二冊目の禁書」が姿を現した。


「成功だ。解像度も問題ない。……さて、ここからは時間との勝負だな」


 エースは不敵な笑みを浮かべた。  彼は禁書庫の入り口に張った自作の感知トラップを再確認する。アンナが外で誰か来ないか見張ってくれているが、教師たちの定期巡回まで残り一時間。


 普通なら、ここで貴重な本を数冊選んで、書き写す(模写する)のが限界だろう。だが、ポスドク時代に膨大な論文をコピー機で回し続けていた彼に、そんな非効率な選択肢はない。


「有用な情報を、すべてアーカイブ(保存)する」


 エースは迷うことなく、書架の間を歩き始めた。 『魂の等価交換論』『召喚精霊の神経回路図』『闇魔法による重力加速の数理』……。


 一般の魔導師が見れば発狂しかねない禁忌の書を、次から次へと棚から引き抜き、空中に並べていく。


 そして、両手を広げ、自身の魔力を最大出力で解放した。


 「マルチ・リプロダクション(一括複製)」


 禁書庫の深淵が、強烈な閃光に包まれる。


 十数冊の魔導書が同時に青い光を放ち、その隣に全く同じ「複製体」が産み落とされていく。情報の並列処理。前世でスーパーコンピュータの恩恵を受けていた彼にとって、複数のプロセスを同時に回すのは論理的に可能な行為だった。


 次々と生まれる複製の山。エースはそれらを、生産魔法で作った特殊な「縮小保存用鞄」の中に次々と詰め込んでいく。


 オリジナルの本を盗めば、即座にアラームが鳴り、学園追放は免れない。だが、その場で精密なコピーを作り、コピーだけを持ち帰るのなら、書棚の見た目は変わらない。  これは、物理的な窃盗ではなく、知的所有権の「無断コピー」だ。


「これで、ゆっくり勉強できるぞ!!」


 エースは思わず、少年の顔で声を弾ませた。


 ポスドク時代、高額な学術雑誌の購読料が払えず、大学図書館のコピー機の前で朝まで過ごしたあの屈辱。知識への飢え。それが今、この異世界の禁断の地で、最高の形で報われようとしていた。


 鞄を肩にかけ、エースは最後の一冊を棚に戻した。


 そこには、何一つ変わらない禁書庫の風景が残されている。だが、エースの鞄の中には、この国の歴史を覆しかねない、数百年分の知の集積が詰め込まれていた。


 出口で待っていたアンナが、エースの足取りを見て小走りに近寄ってくる。 「エース様、終わりましたか? 何だか、凄く満足げな顔をしていらっしゃいますが……」


「ああ、アンナ。最高の収穫だ。寮に帰ったら、二人でこの『新刊』を読み耽ろう。君の召喚魔法をさらに強化する秘策も見つけたよ」


 二人は夜の静寂に紛れ、白亜の校舎を影のように通り過ぎていく。


 エースの頭の中では、すでに持ち帰った情報の整理ファイリングが始まっていた。  生産、神聖、闇、召喚。


 神から与えられた「はずれ魔法」たちは、この夜、禁断の知識というガソリンを得て、爆発的な進化の時を迎えようとしていた。


 学園の教師たちはまだ気づかない。


 自室に戻ったエース・ランカスターが、禁書を枕元に積み上げ、前世の物理学と異世界の禁忌を融合させた「未知の魔導物理学」を、狂気的な速度で完成させていくことを。


 赤バラの家の次男坊は、もはや学生の枠を超え、世界そのものを書き換える「創造主グランドデザイン」へと、その歩みを進めていたのである。


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