アンチ・マジック
禁書庫での収穫は、攻撃魔法だけではなかった。
エースが最も興味を惹かれたのは、魔法そのものを無力化する「負の魔法」の概念だ。 その代表格が、伝説上の魔法とされる『魔法無効化』である。
(通常の魔法使いにとって、アンチ・マジックは『相手の魔力よりも大きな魔力で押し潰す』か『奇跡的に術式を霧散させる』ものだと思われている。だが、それはあまりにも効率が悪すぎる)
エースは机の上に、練習用の魔導具を置いた。
彼はまず、自分自身の神聖魔法で小さな「光の檻」を作り出す。そして、その術式の「構造」を観察した。
魔法とは、魔力というエネルギーを、特定のアルゴリズム(術式)に通すことで物理現象化するものだ。ならば、そのアルゴリズムを逆回転させればどうなるか。
「……かけた魔法の構造を、末端から順にひも解いていく。結び目を解くように、論理的に。これがアンチ・マジックの正体か」
エースは指先から、微細な魔力の「触手」を光の檻へと伸ばした。
檻を構成する魔力の結合点に対し、逆相のエネルギーを流し込み、結合を解除していく。
パリン、とガラスが割れるような乾いた音がして、強固なはずの光の檻は光の塵となって消滅した。
それは、暴力的な破壊ではない。
数学の証明を逆算して「0」に導くような、エレガントな解体。
これができれば、どれほど強力な「火」や「風」の魔法が襲ってこようとも、その構造を理解した瞬間に、エースはそれを「なかったこと」にできる。
「応用すれば、『毒の無効化』も同じ理屈だ」
エースは禁書庫の棚から、毒素の構造を記した医学魔導書を引っ張り出した。
毒魔法とは、体内の特定のタンパク質や神経伝達物質を破壊・変質させる魔法だ。ならば、その「変質させる構造」自体を魔法的に中和、あるいは逆転移させれば、どんな猛毒もただの水に変わる。
(前世の製薬プロセスの逆を魔法でやっているようなものか。……これなら、暗殺の心配も大幅に減るな)
エースは、禁書庫での学習を終え、静かに本を棚に戻した。
一晩の滞在で、彼は学園の全課程を終えても辿り着けないほどの「理論武装」を完了させていた。
はずれ魔法がなぜはずれなのか。それは、この世界の人間が、魔法を「現象」としてしか捉えず、「構造」として解析する知性を持っていないからだ。
「アンナ、待たせたね」
禁書庫の出口で待っていたメイドのアンナが、エースの姿を見て安心したように微笑んだ。
「エース様、また何か凄いことを成し遂げられたのですね。お顔が、新しい数式を見つけた時のように輝いています」
「ああ。この学園には、まだまだ面白いおもちゃが転がっていそうだ。……さあ、寮に戻ろう。明日からは、この『アンチ・マジック』の理論をさらに洗練させて、誰にも破られない僕たちの『城』を構築するんだ」
エースの足取りは軽い。
禁書庫という闇の底から這い出した彼は、もはや一介の学生ではなかった。
魔法を、文字通り「ひも解く」術を得た十歳の魔導物理学者は、王族やエリートたちが信奉する四大属性の権威を、その根底から揺るがす準備を整えていたのだ。
神のミッションへの道筋は、今、確かな理論によって舗装され始めていた。




