禁書庫
王立魔法学園イートン校の地下深く。そこには、数世紀にわたって積み上げられた「秘匿された知識」が眠る禁書庫が存在する。
分厚い石壁には強力な物理障壁と、精神を蝕むような認識阻害の結界が幾重にも張り巡らされており、選ばれた教師や高位貴族ですら立ち入るには厳格な手続きを必要とする。だが、十歳のエース・ランカスターにとって、その鉄壁の守護は「欠陥だらけの古いセキュリティシステム」に過ぎなかった。
(……魔法障壁の周波数、特定。干渉パターンを逆位相で生産魔法により上書き。よし、通れる)
エースは闇魔法で自身の存在確率を希薄化させ、監視の目を掻い潜りながら、音もなく禁書庫の重い扉をすり抜けた。 内部は、地上の華やかな図書室とは一変して、カビと古い羊皮紙、そして濃密な魔力の残り香が漂う静謐な空間だった。棚には鎖で繋がれた重厚な魔導書が並び、その背表紙には「生産魔法による生命創造の禁忌」や「闇魔法による次元侵食」といった、不穏なタイトルが踊っている。
エースがここを訪れた理由は、神からのミッション『はずれ魔法の汚名返上』を完遂するための「理論的根拠」を探すためだ。 この世界で、生産・神聖・闇・召喚が『はずれ』とされる最大の理由は、その修得難易度の異常な高さにある。四大属性が「感覚」と「イメージ」で放てるのに対し、これら四魔法は、現象を引き起こすための膨大な手順と、数十年におよぶ精神鍛錬を必要とする。 しかし、エースにはその「鍛錬」が必要なかった。
「……なるほど。この術式構成、現代のプログラミングにおける再帰関数と同じ構造か」
エースは一冊の古びた『生産魔法:物質変換極意』を手に取る。
一般的な魔術師が十年かけて暗記する複雑な魔法陣も、エースの【超・論理思考】と【前世の英知】を通せば、ただの「原子配列の指示書」として読み解くことができた。
構造が理解できれば、あとは魔力を流し込むだけだ。未開の言語を解読するような苦労はない。彼は設計図を見て機械を組み立てるエンジニアのように、次々と禁忌の術式を自身のスキルとしてダウンロードしていく。
エースは棚の奥に、特に禍々しいオーラを放つ黒い装丁の本を見つけた。 『虚無の理解――闇魔法による時空干渉』。
普通の人間が読めば、その複雑すぎる魔力の記述に精神を病むと言われている奇書だ。だがエースは、その数式にも似た術式を眺め、ふと笑みを漏らした。
「重力定数を変数として扱っているのか。前世の物理学者がこれを見たら、発狂して喜ぶか、あるいは絶望するだろうな」
エースの脳内で、魔法の構造が透明な3Dモデルのように展開され、ひも解かれていく。
彼にとって、魔法を身につけることは「修業」ではなく「理解」だった。理解さえ終われば、現象は瞬時に彼の手中に収まる。五歳で分子結合を理解した彼にとって、この世界の禁書庫は、まさに宝の山――いや、失われた技術のアーカイブだった。




