可憐なる召喚師
兄ウィリアムがエースの神聖魔法によって意識を取り戻した時、練兵場を支配していたのは「驚愕」を超えた「恐怖」に近い沈黙だった。
「今、何をした……? エース、貴様、何の魔術を使った!」
ヘンリの怒号が響く。だが、エースは平然と答えた。
「単なる闇魔法の応用ですよ、父上。さて、次は約束通り、アンナとの対戦をお願いします」
ウィリアムは屈辱に顔を赤くしながら立ち上がった。
「ふざけるな! 弟に不覚を取っただけでも万死に値する。その上、メイドごときと……」
「兄上、油断は禁物ですよ。彼女は僕が育てた『最高傑作』の一人ですから」
エースの背後から、緊張に震えながらも一歩前へ出たのはメイド服を着たアンナだった。彼女はエースから「召喚魔法」の真理を教わっていた。
この世界の召喚魔法は、通常、強大な魔物を呼び出して戦わせるものだと考えられている。しかしエースの解釈は違う。
(召喚とは、異次元からの『情報の転送』。巨大な個体を呼ぶには莫大な魔力が要るが、微小な知性体を数多く呼ぶのは、パケット通信のように効率的だ)
アンナは、エースから授かった術式を胸の中で反唱する。ヒラリとスカートがひるがえった。
「来てください、小さき森の守護者……召喚、『ミニピクシー』!」
アンナの魔力に応じ、虚空から羽虫のような光の粒が数十、数百と溢れ出した。それは伝説に聞く妖精族の幼体、ミニピクシーの群れだった。
「はっ、そんな羽虫が何になる!」
ウィリアムが風の魔法で吹き飛ばそうとする。しかし、ピクシーたちは意志を持っているかのように風を避け、ウィリアムを包囲した。
「いけません、ウィリアム様。……ピクシーダスト、散布」
アンナが静かに命じると、妖精たちの羽から色とりどりの燐光が降り注いだ。
それは、ただの光の粉ではない。
(幻覚性の高い成分を配合した、魔力混じりの神経毒――ピクシーダスト。これを吸い込めば、脳内の伝達物質はパニックを起こす)
エースが生産魔法でピクシーの生理機能を強化し、アンナが召喚魔法でそれを維持する。二人の「はずれ魔法」の共同作業が、四属性の天才を翻弄する。
「う……あ、ああっ!? 炎が、蛇に見える……風が、笑っている……!?」
ウィリアムの視界は歪み、自らが放った魔法の制御さえ失った。彼は混乱の極致に達し、泡を吹いてその場に再び倒れ伏した。
アンナが指を鳴らすと、ピクシーたちは瞬時に虚空へと消えた。
「……終わりました、エース様」
「よくやったね、アンナ。完璧なコントロールだったよ」
エースはアンナの肩を優しく叩いた。
練兵場の隅では、執事のミレー・セバスチャンが、震える手で自身の杖を握りしめていた。
(ありえない……。四属性魔法を極めたウィリアム坊っちゃまが、二度も、それも子供とメイドに完敗するなど。あの二人が扱っているのは、本当に我々の知る『魔法』なのか?)
ヘンリは、崩れ落ちたウィリアムと、平然と立つエース、そして慎ましやかに控えるアンナを交互に見つめ、ついに力なく椅子に腰を下ろした。
「……認めざるを得まい。エース、お前には我々の理解の及ばぬ『何か』がある。学園への入学を、そしてそのメイドの同行を許可しよう」
エースの心に、小さな、しかし確かな勝利の鐘が鳴った。
(よし。これで第一段階はクリアだ。魔法学園という、この世界の知識が集まる場所へ行けば、AIホムンクルスの核となる『魂の構造』をもっと深く学べるはずだ)
メイド服で勝って安心して、ちょっと恥ずかしい表情をしているアンナとエースは視線を交わした。
かつてのポスドクは、今や異世界の常識を破壊する革命児として、その翼を広げようとしていた。
「はずれ魔法」と呼ばれた四つの属性が、この世界の真の理へと至る鍵であることを、彼はこれから学園という舞台で、全大陸に見せつけることになるのだ。
「行きましょう、アンナ。僕たちの研究を、次のステージへ進めるために」
「はい、どこまでも。エース様」
赤バラの家の庭に、新しい時代の風が吹き抜けた。それはウィリアムの魔法のような烈風ではなく、静かで、しかし全てを書き換えてしまう、論理という名の疾風だった。




