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ポスドクは異世界イングランドで無双する  作者: 橋平 礼


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閑話:ウイリアムは鍛錬をめざす。

ランカスター家の広大な練兵場。その中央で対峙する兄弟の姿は、あまりにも対照的だった。


 兄ウィリアムは、ランカスター家の象徴である赤バラが刺繍された真紅の外套を誇らしげに翻している。その手には、魔力を増幅させる特注のブナの杖が握られ、彼の全身からは「火」と「風」の魔力が目に見える熱気となって立ち上っていた。


 対するエースは、武器も持たず、ただ静かに佇んでいる。その背後には、緊張で指先を震わせながらも、主人の背中を信じて控えるメイドのアンナの姿があった。


「エース、可哀想だが手加減はしないぞ。それが騎士の礼儀、そして次期当主候補としての私の務めだ」


ウィリアムが自信に満ちた笑みを浮かべ、杖を高く掲げる。それが戦いの火蓋を切る合図だった。


「燃え盛れ、烈風! ――複合魔法『フレイム・トレント』!」


ウィリアムが練り上げた膨大な魔力が、大気を瞬時に加熱する。発生した上昇気流に「火」の属性が混ざり合い、直径三メートルを超える巨大な火柱が渦を巻いてエースへと襲いかかった。炎は猛り狂う龍のように咆哮を上げ、周囲の酸素を食らい尽くしながら、エースの立っていた地点を完全に呑み込んだ。


凄まじい爆炎と熱波。練兵場の石畳が熱で爆ぜる音が響く。ウィリアムは、その光景に勝利を確信した。


(終わった……。はずれ魔法しか持たぬ弟に、この高温の奔流は防げまい)


 だが、炎が晴れたそこに、エースの死体は愚か、一辺の衣服の端すら残っていなかった。


「な……!? どこだ、エース!」


 ウィリアムは焦燥に駆られ、視線を巡らせる。その時、視界の端で空気が不自然に揺らいだ。


「そこか!」


 反射的に、ウィリアムは杖を振り抜く。「火球ファイアボール」と「真空波バキューム・ウェーブ」を連続して放った。熱エネルギーが真空の刃に乗って加速し、空気を切り裂く。


 しかし、放たれた魔法は、まるで幻影を通り抜けるかのように空を切り、背後の防壁を粉砕しただけだった。


「くそっ! なぜ当たらない! どこに隠れている、正々堂々と出てこい!」


ウィリアムは狂ったように魔法を乱射した。火、風、そしてそれらを組み合わせた散弾状の熱波。練兵場は土煙と炎に包まれ、視界は最悪となる。だが、エースはまるで「最初からそこには存在しない」かのような静寂を保っていた。


 実はこの時、エースは【闇魔法】による光学迷彩と、【生産魔法】による音響相殺の複合術式を展開していた。


(兄上の攻撃は、出力こそ凄まじいが、目標を『視覚』だけに頼りすぎている。光の屈折率を操作し、僕の熱源を闇の膜で遮断してしまえば、それは存在しないも同然だ……)


エースは土煙の中を、音もなく移動する。ウィリアムの背後、完全な死角。


 ウィリアムの肩が激しく上下し、魔力の消費によって息が荒くなる。その一瞬の隙を、エースは見逃さなかった。


 彼は右手の指先に、極小の、しかし超高密度の電位差を発生させた。闇魔法で電子の「道」を固定し、生産魔法で空気中の窒素をイオン化させる。


「――ミニマム・サンダー」


冷徹なまでに静かな声が、ウィリアムの耳元で響いた。


「なっ――」


 ウィリアムが振り向こうとした瞬間、彼の頸椎に青白い火花が散った。


 バチッ。


 それは落雷のような派手な一撃ではない。しかし、人間の神経伝達を一時的に遮断し、脳を強制シャットダウンさせるには十分すぎる、理系的な一撃。


 ウィリアムの視界が急速に暗転する。杖が手からこぼれ落ち、彼の巨体がどさりと地面に沈んだ。


「ウィリアム兄、ごめんなさい。でも、これが現代物理……いえ、魔導物理学の帰結です」


エースが神聖魔法で兄の神経系を保護しつつ、意識を覚醒させる。


 数分後、泥まみれで目を覚ましたウィリアムは、目の前に差し出されたエースの手を見て、自分が完敗したことを悟った。


「……お前、何をした。魔法の気配すらなかったぞ」


「魔法を『現象』として制御しただけですよ」


 ウィリアムはエースの手を借りずに立ち上がり、悔しげに顔を歪めた。


「……負けは認めよう。だがエース、お前も騎士の端くれなら、次は騎士らしく正面から戦え! 搦手ばかりでは本当の強さは身につかんぞ」


 負け惜しみを含みつつも、ウィリアムは清々しい顔をしていた。彼は根っからの脳筋ではあったが、実力差を認められる「いい奴」でもあったのだ。


「さて。次は僕のメイド、アンナとの対戦をお願いできますか?」


 エースの言葉に、ウィリアムは眉を跳ね上げた。


「……ふん、いいだろう。弟に負けたままでいられるか。メイドごときに負けるようでは、ランカスター家の名が廃るからな!」


だが、その後の光景は、ウィリアムにとってさらなる悪夢となった。


 アンナが召喚したのは、手のひらサイズの愛らしい妖精「ミニピクシー」の群れだった。


「なんだ、その愛玩動物は。そんなもので私を倒すつもりか!」


 ウィリアムが再び杖を構える。しかし、アンナはエースに教わった通り、冷着に魔力を操作した。


「いってください、みんな。……ピクシーダスト、散布」


妖精たちが一斉に羽ばたく。瞬時に、練兵場は虹色の燐光に包まれた。


「ふん、目くらましか!」


 ウィリアムは風の魔法で光を吹き飛ばそうとした。だが、その粉を吸い込んだ瞬間、彼の世界は一変した。


「……が、ああああ!? なんだ、これは! 地面が、地面が波打っている!? 炎が、冷たい氷の蛇に見えるぞ!」


ピクシーダストに含まれる特殊な幻覚成分が、ウィリアムの脳内の感覚受容器を狂わせた。彼は虚空に向かって剣を振り回し、ありもしない敵から逃げ惑うように転げ回った末、過呼吸による酸欠で再び気絶した。


 傍目には、可憐なメイドが小さな妖精と戯れている間に、最強の騎士候補が勝手に自滅したようにしか見えなかった。


二度目の気絶から目覚めたウィリアムは、今度こそ完全にがっくりと肩を落とした。


「……私は、鍛錬が足りなかったようだ。エース、そしてアンナ。お前たちの魔法は、私の理解を遥かに超えている」


 彼は地面に座り込んだまま、自身の拳を見つめた。


「よし……決めたぞ。明日から基礎体力の作り直しだ! 魔法が効かないなら、魔法を打ち消すほどの剛腕を手に入れればいいだけのこと!」


どこまでも前向きで、少しだけズレた兄の宣言に、エースは苦笑いを浮かべた。


(……脳筋なところは変わらないけど、この兄上なら、いつか僕の物理法則さえ力業で突破してくるかもしれないな)


夕日に照らされた練兵場で、エースはアンナと共に、新たな門出を確信していた。


「行きましょう、アンナ。学園への推薦状、父上から頂かないとね」


「はい、エース様。どこまでも、お供いたします」


赤バラの家の次男坊と、そのメイド。


 二人の「はずれ者」が、世界最高峰の魔法学園の門を叩く日は、もうすぐそこまで来ていた。

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