魔導物理学vs四属性魔法
洗礼の儀から数日。ランカスター家の広大な練兵場には、張り詰めた空気が漂っていた。
「お前は、無能力だ。魔法学園には入れないな」
父ヘンリの言葉は冷酷だった。この世界の最高学府である国立魔法学園は、強力な四属性魔法を操るエリートのみに門戸を開いている。鑑定結果が「極小」であったエースに、入学の資格はないと断じたのだ。
しかし、エースは揺るがなかった。前世で、実績がないという理由だけで研究費を打ち切られてきた経験が、彼を不屈にしていた。
「一応、入学試験は受けさせてください。僕には僕なりの戦い方があります」
「……よかろう。ならば兄、ウィリアムと勝負してみろ。彼に一太刀報いることができれば、受験を許そう」
ヘンリの提案は、事実上の「不合格通知」だった。ウィリアムは学園でも将来を嘱望される火と風の使い手だ。
「わかりました。ですが父上、もう一つお願いがあります。メイドのアンナも、その勝負に参加させてください」
その場にいた全員が耳を疑った。使用人に貴族の真似事をさせるなど前代未聞だ。だが、エースの瞳に宿る理知的な輝きに圧されたのか、ヘンリは「勝手にしろ」と吐き捨てるように許可した。
そして迎えた決闘当日。
対峙するウィリアムは、真紅の外套を翻し、自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「エース、可哀想だが手加減はしないぞ。それが騎士の礼儀だ」
合図と共に、ウィリアムが動く。
「燃え盛れ、烈風! ――複合魔法『フレイム・トレント』!」
火と風が螺旋を描き、巨大な火柱となってエースを襲う。四属性魔法の正攻法。熱膨張と酸素供給を計算に入れた、完璧なまでの攻撃呪文だ。
だが、エースは動かない。いや、動く必要がなかった。
(――光学迷彩、および音響減衰。術式展開)
エースが密かに発動したのは、闇魔法の応用。光の屈折率を周囲の風景と同調させ、同時に自身の存在という「情報」を闇の膜で遮断する『隠蔽』だ。
「なっ、消えた!?」
ウィリアムの火柱は、誰もいない地面を虚しく焼いた。
物理学的に言えば、見えているものは「反射した光」に過ぎない。光を曲げ、熱源を遮断し、気配という空気の振動を生産魔法で打ち消せば、人間は背景に溶け込むことができる。
ウィリアムは焦り、周囲に火球を乱射する。しかし、エースはすでに彼の死角へと回り込んでいた。
(兄上の魔法は強力だが、出力に頼りすぎていて制御が粗い。……さて、トドメはこれで行こう)
エースは右手の指先に、微小な電位差を発生させる。
闇魔法の本質は、負の電荷の集束でもある。彼は生産魔法で空気中の水分を排除し、絶縁破壊が起きやすい「通路」を瞬時に構築した。
「呪文名……『ミニマム・サンダー』」
それは落雷のような派手な音も光もない。ただ、ウィリアムの頸椎に向けて、ピンポイントで神経を麻痺させる程度の電流を流し込む「非致死性兵器」としての魔法。
バチッ、と小さな火花が散った。
「あ……が……」
ウィリアムは叫ぶ間もなく、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「ウィリアム兄、ごめんなさい。でも、これが情報の格差というものです」
エースは隠蔽を解き、気絶した兄の傍らに膝をついて、神聖魔法でその心拍を安定させた。
静まり返る練兵場。父ヘンリは、何が起きたのか理解できず、ただ愕然と立ち尽くしていた。




