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ポスドクは異世界イングランドで無双する  作者: 橋平 礼


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神童の秘め事

 廊下に落ちた本を回収し、エースは何事もなかったかのように自室の椅子に座り直した。


 だが、その心臓は激しく鼓動していた。


 成功の喜びと同時に、この魔法が持つ「危うさ」を即座に理解したからだ。


(この技術が公になれば、あらゆる城の城壁は無意味になる。暗殺も略奪も思いのままだ。ヨーク家のような敵対勢力に知られれば、僕はこの国の『最終兵器』として幽閉されるか、あるいは消されるだろう)


 前世の科学者が、自らの発明が兵器転用されることに怯えたように、エースもまた、この強力すぎる力の隠匿を最優先事項とした。


 レベル10になった生産魔法、レベル5の闇魔法。


 それらを組み合わせて、彼は自室に「感知阻害」の結界を張ることにした。闇魔法で光の屈折を操作し、生産魔法で空気の振動(音)を吸収する特殊な壁を物理的に生成する。


 トントン、と控えめなノックの音がした。


「エース様、お茶をお持ちしました。……あら? 何か大きな音がしたような気がしましたが」


 入ってきたのは、メイドのアンナだった。彼女はエース専属のメイドとして、この五歳の主人の「異常性」を誰よりも近くで見守ってきた存在だ。


「ああ、アンナ。少し本を落としてしまっただけだよ。心配いらない」


「そうですか? エース様はいつもお一人で難しいお顔をされているので、時々心配になります。たまにはお庭で、本物の土遊びをなさいませんか?」


 アンナの言葉には、エースに対する純粋な気遣いが溢れていた。彼女もまた「はずれ魔法」の持ち主として世間から疎まれてきた身だ。エースは彼女に対してだけは、少しだけ本心を漏らすことにした。


「アンナ。もし、一瞬で遠くの場所へ行ける魔法があったら、君はどこへ行きたい?」


 アンナは小首を傾げ、少し考えてから微笑んだ。


「そうですね……。私は、エース様が行く場所なら、どこへでも。エース様が作る未来に、お供できればそれで満足です」


 その献身的な答えに、エースは胸の奥が熱くなるのを感じた。前世の孤独な研究者時代には得られなかった、絶対的な味方の存在。


(そうだ。僕は一人じゃない。この力を使って、アンナや家族、そして僕を認めてくれる人たちのために、新しい世界を『生産』するんだ)


だが、その様子を廊下の陰から静かに伺う人物がいた。


 執事のミレー・セバスチャンである。


 退役軍人のヘンリが全幅の信頼を寄せるこの男は、四属性魔術の達人であると同時に、魔力の揺らぎを察知する鋭い感覚を持っていた。 (……今、確かに空間の位相がズレた。准男爵家の次男坊、エース様。貴方は一体、あの部屋で何を『製造』しておられるのか)


 セバスチャンは、エースが「はずれ魔法」の持ち主であることを疑っていない。しかし、そのはずれ魔法をどう運用しているかについては、深い疑念を抱き始めていた。


 彼はランカスター家の盾として、もしエースの力が家門に災いをもたらすものであれば、たとえ主人の息子であっても報告しなければならない立場にある。


 そんな周囲の視線を知ってか知らずか、エースは次なる目標を定めていた。


「テレポートはあくまで手段だ。僕の本当の目標は、AIホムンクルス……人工的な魂の定着」


 彼は召喚魔法のステータスを確認する。まだ「未発現」のままだ。


 だが、テレポートを成功させた今、空間を越えて「情報」を呼び込む召喚魔法の端緒は掴みかけていた。


「ポーション作りなんて、序の口だったな。これからが、魔導物理学の本番だ」


エースは、アンナが淹れてくれた紅茶を一口啜り、再びペンを執った。


 五歳の神童は、見守る者、疑う者、そして敵対するヨーク家……それらすべてを置き去りにするほどの速度で、異世界の法則を書き換え始めていた。


 いつか、AIを搭載したホムンクルスを友とし、テレポートで世界を繋ぐ日を夢見て、前世で志半ばに倒れた男の第二の人生は、今、加速アクセルを踏み込んだ。


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