↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうあがいても悪役令嬢になれません! ~わたくし、完璧な悪事を働いているはずなのに、なぜか聖女と崇められて断罪フラグがへし折られていく件~  作者: 和三盆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
96/108

第95話「悪女は、まだ助けない」

 夜の空気は冷えていた。


 だが、急使の額には汗が浮かんでいる。


「第二魔導塔が封鎖……」


 ルシアが低く繰り返した。


 王都に住む人間なら、その意味を知らない者はいない。


 魔導灯。


 防壁。


 水路制御。


 王都の基幹機能のいくつかは、魔導塔の補助演算によって維持されている。


 ひとつ止まるだけでも影響は大きい。


 まして第二塔は、王城側の制御補佐を担う中核だ。


「現場は?」


 セレスティアが問う。


「封鎖状態です! 責任者双方が互いの命令を無効と主張しており、誰も中へ入れません!」


「王太子は」


「現在、第一塔側で対応中とのことです!」


 聞き終えたセレスティアは、小さく息を吐いた。


 怒っているわけではない。


 呆れているのだ。


「見事なくらい、悪い方向に噛み合ってるわね……」


 


 ルシアが横目で見る。


「行きますか?」


「行かない」


 即答だった。


 急使が絶句する。


「で、ですが……!」


「今の私は部外者よ」


「そんな場合では――!」


「そんな場合だから、よ」


 セレスティアは遮るように言った。


 静かな声だった。


 けれど、妙に逆らいにくい響きがある。


「ここで私が出て行ったら、“結局またセレスティア様が何とかしてくれた”になるでしょう」


 急使が言葉に詰まる。


 否定できない。


 彼自身、半ばそれを期待して来てしまっていた。


 


 セレスティアはそんな彼を見て、少しだけ視線を和らげた。


「あなたを責めてるわけじゃないの」


「……」


「楽なのよ。誰か優秀な人間に任せるのって」


 その言葉には実感があった。


 彼女自身、長いことそれを引き受けてしまっていたからだ。


 


「でもね」


 セレスティアは窓の外を見る。


 王都の灯りが、遠く瞬いていた。


「このままだと、あの国は“考えない国”になる」


 


 急使は何も言えなかった。


 


 しばらくして、ルシアが口を開く。


「では、本当に何もしないんですか?」


「……そうね」


 セレスティアは少し考え込む。


 そして、テーブルの上のメモ用紙を一枚取った。


 さらさらと、数行だけ書く。


「これを持っていきなさい」


 急使が慌てて受け取る。


「こ、これは……?」


「第二塔の責任者二人の経歴」


「経歴?」


「片方は地方貴族出身で、“中央に実績を認めさせたい人”。もう片方は中央官僚家系で、“失点を極端に恐れる人”」


 ルシアが目を細める。


「性格分析ですか」


「人間観察と言ってほしいわね」


 


 急使は紙を見下ろす。


 そこには簡潔に、だが妙に核心を突く内容が並んでいた。


 


『片方に責任を集中させようとすると決裂する』


『共同名義に変更し、責任を分散させれば合意可能』


『決断ではなく、“体面”を用意してやれば動く』


 


 急使が顔を上げる。


「これを……どうしろと?」


「読めば分かるでしょう」


 セレスティアは紅茶を一口飲んだ。


「問題は魔導塔じゃないの」


「え……?」


「人間関係よ」


 


 あまりにも当然みたいに言う。


 


「機構の故障なんて、大抵は人間が原因だもの」


 


 ルシアが小さく吹き出した。


「相変わらず夢がありませんね」


「現実的と言ってちょうだい」


 


 急使は呆然としていた。


 こんな紙切れで、本当に解決するのか。


 だが同時に、妙な説得力がある。


 


 なぜなら彼は知っている。


 この公爵令嬢は、昔からこうやって厄介事を片付けてきた。


 本人だけが悪意満々の顔をしながら。


 


「……伝えます」


 急使は深く頭を下げた。


「ええ。頑張りなさい」


 セレスティアは軽く手を振る。


 まるで他人事だった。


 


 急使が去ったあと、テラスに静けさが戻る。


 ルシアがぽつりと言った。


「結局、助けてるじゃないですか」


「助けてないわ」


「そうですか?」


「今回は“答え”を渡してないもの」


 


 セレスティアは椅子に座り直す。


「前なら、私が直接行って終わらせてた」


「ええ」


「でも今回は、“考え方”だけ置いた」


 


 夜風が髪を揺らした。


 


「自分たちで決めさせないと、意味がないでしょう」


 


 その横顔は、どこか昔より穏やかだった。


 


 一方その頃。


 第二魔導塔では、怒号が飛び交っていた。


「だから責任問題になると言っている!」


「停止させたままの方が問題でしょう!」


「誰が判断する!」


「あなたが――!」


「私一人に押し付ける気か!」


 完全な膠着状態。


 現場の空気は最悪だった。


 


 そこへ、急使が飛び込んでくる。


「王城より伝達です!」


「今さら何だ!」


 苛立った声。


 だが急使は構わず紙を差し出した。


「……これは?」


 責任者の一人が眉をひそめる。


 数秒後。


 その顔色が変わった。


「共同……承認?」


 もう一人も紙を覗き込む。


 


『責任を共有し、暫定復旧を優先』


『正式決裁は後日合同提出』


 


 沈黙。


 


 互いに顔を見る。


 


 そして、先に視線を逸らしたのは中央官僚側だった。


「……暫定措置なら」


 地方貴族側も咳払いする。


「共同名義であれば、不公平ではないな」


 


 周囲の技師たちが一斉に顔を上げた。


 


「じゃ、じゃあ復旧を!?」


「急げ!」


 止まっていた現場が、一気に動き出す。


 


 その光景を見ながら、急使は思う。


 結局。


 あの人は、誰よりもこの国の人間を理解しているのだと。


 


 そして同時に、少しだけ怖くなった。


 


 あれほど深く人を見抜ける人間が、どうして自分を“悪女”だと思っているのか。


 


 王都の夜は、まだ終わらない。


 けれど止まりかけていた歯車は、ほんの少しだけ動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。