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どうあがいても悪役令嬢になれません! ~わたくし、完璧な悪事を働いているはずなのに、なぜか聖女と崇められて断罪フラグがへし折られていく件~  作者: 和三盆


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第93話「悪女は、救済の席には座らない」

王城の鐘は、まだ鳴っていた。


一度始まった異常通知は止まらない。


正確には──止めるための判断が下されていない。


それが、問題だった。


「……まだ、止まらないのか」


王太子の声は低い。


中庭から見上げる城は、いつもより遠く感じた。


セレスティアはその隣に立ったまま、動かない。


「止められないんでしょうね」


「お前なら止められるのか」


「止める理由がないわ」


即答だった。


王太子は一瞬、言葉を失う。


風が強くなる。


夜の庭園は冷えていた。


だがその冷たさよりも、今の状況のほうが重い。


「このままでは、行政が完全に停止する」


「ええ」


「それでもか」


「それでもよ」


セレスティアは視線を上げる。


城の窓明かりが不規則に点滅している。


「私は止めるための装置じゃないもの」


その言葉は静かだった。


だが拒絶としては十分だった。


その頃、城内。


会議室はもはや会議になっていなかった。


「保留」


「再検討」


「上申」


同じ単語が繰り返されるだけで、前に進まない。


誰も決断しない。


誰も責任を取らない。


そして誰もが、同じ考えを抱いている。


──あの人なら。


だが、その名前は誰も口にしない。


言った瞬間、それが依存になるからだ。


王太子の執務室では、書類が崩れかけていた。


「……くそ」


ペンが折れそうなほど握り込まれている。


「これは、俺の責任だ」


だがその言葉は空虚だった。


責任はある。


だが処理能力がない。


制度が個人の判断を前提にしすぎていたことに、今さら気づく。


その設計者は、もういない。


そしてその代わりにいたはずの人間は──


「外にいる」


彼は窓の外を見る。


そこに、彼女はいる。


だが、こちらには来ない。


中庭。


セレスティアは一歩、後ろへ下がった。


「私は行かないわよ」


「……なぜだ」


王太子の声には苛立ちが混じっていた。


「このままでは国が止まる」


「止まればいいじゃない」


「何?」


彼女は静かに目を細める。


「止まるってことはね」


ゆっくり言う。


「今まで止まらない前提で雑に動いていた部分が全部見えるってこと」


風が一瞬止まる。


「それは……」


「修正のチャンスよ」


その言葉に、王太子は固まる。


「修正……だと?」


「ええ」


「国が崩れる可能性がある」


「崩れない国なんてないわ」


即答。


あまりにも当然のように。


そのときだった。


遠くで鐘の音が止まる。


正確には──一瞬だけ止まった。


そして次の瞬間、別の鐘が鳴り始める。


王太子の表情が変わる。


「……まさか」


彼は踵を返す。


「現場が分裂している」


城内。


異常はすでに決断不能ではなく、多重決定へ移行していた。


ある部署は承認。


ある部署は保留。


ある部署は撤回。


同時に成立しない命令が、同時に動き始めている。


制度の歪みが、ついに顕在化した。


中庭。


セレスティアはそれを遠くから感じ取っていた。


「始まったわね」


「何がだ」


王太子の声は鋭い。


彼女は淡々と答える。


「私がいなくても回るようにした仕組みが、私がいないと成立しない状態だったことの証明」


「……皮肉だな」


「ええ」


否定しない。


王太子は一歩踏み出す。


「来い」


「どこへ?」


「止める」


セレスティアは動かない。


「無理よ」


「なぜ」


「構造がもうあなたの手を離れてるから」


その瞬間。


城の方角で光が走る。


魔導回路が過負荷で暴走している。


行政系統と軍事系統が同時に異なる命令を発した結果、魔導補助機構が自己矛盾を起こしていた。


本来ならセレスティアが整理していた優先順位が消えたことで起きた事故だった。


王太子の声が震える。


「……お前が必要だ」


その言葉に、セレスティアは初めてわずかに目を細める。


「それは違うわ」


「何?」


「私は必要じゃない」


静かに続ける。


「ただ、あなたたちが考えることを放棄した代わりだっただけ」


風が強くなる。


夜の庭園に、冷たい空気が流れ込む。


城の鐘は再び鳴り始める。


今度は三重。


警告ではなく、崩壊前兆。


王太子は一瞬だけ黙る。


そして、言った。


「ならどうすればいい」


その問いは、今までと違っていた。


命令でも、依存でもない。


純粋な問いだった。


セレスティアは少しだけ間を置く。


そして、答える。


「考えればいいじゃない」


それだけだった。


沈黙。


長い沈黙。


だがその沈黙は、以前のような停滞ではない。


初めての自分で考えるための空白だった。


遠くで、城が軋む。


制度が揺れる。


だが崩壊はまだ確定していない。


セレスティアは踵を返す。


「私は戻らないわ」


「待て」


王太子の声が追う。


だが彼女は振り返らない。


「あなたたちが私なしで考える国になるなら」


静かに続ける。


「そのときだけ、また会いましょう」


そして彼女は夜の闇に消える。


中庭には、王太子だけが残った。


遠くで鐘が鳴り続けている。


だがその音は、もう命令ではなかった。


ただの問いだった。

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