第87話「悪女は、問いを置いて立ち去る」
午前の回廊は、少しだけ慌ただしかった。
紙束を抱えた人が行き交い、足取りが早い。
「今日は、決める日だね」
ルシアが言う。
「ええ」
セレスティアは歩調を合わせる。
会議室に入ると、すでに半分ほど席が埋まっていた。
中央ではなく、端。
いつもの位置。
議題は一つ。
複雑で、正解が一つじゃない話。
意見は出る。
反論も出る。
でも、どこかで止まる。
「もし、想定が外れたら?」
誰かが言う。
沈黙。
セレスティアは、少しだけ身を乗り出した。
「一つ、聞いていい?」
視線が集まる。
「外れたとき、
誰が直す予定?」
答えは、すぐに出なかった。
「……現場?」
「それとも、ここ?」
しばらくして、若い声が言う。
「両方、ですね」
「なら」
セレスティアは頷く。
「直せる余地を残しましょう」
それ以上、言わない。
会は再び動き出す。
具体案が、少しずつ組み替えられていく。
途中で、セレスティアは立ち上がった。
「先に失礼するわ」
「もう?」
驚いた声。
「ええ。
続きは、皆さんで」
扉の前で、一度だけ振り返る。
「さっきの問い、
忘れないで」
廊下に出ると、空気が軽い。
「答え、言わなかったね」
ルシアが言う。
「答えは、
その場に置いてきた」
庭に出ると、風が葉を揺らす。
問いは、
誰かに渡すと、
形を変えて戻ってくる。
悪女は、問いを置いて立ち去る。
結論を持ち帰らない。
その方が、
長く考えてもらえるから。
夕方、書斎に戻ると、
短い伝言が届いていた。
決まった、とだけ。
詳細は、後日。
セレスティアは、そっと息を吐いた。
今日も、
答えは誰かの手にある。
それがいいと思った。




