第86話「悪女は、期待されない席に座る」
その席は、窓際でも中央でもなかった。
会議室の端、出入口に一番近い場所。
「そこ、寒くない?」
ルシアが心配そうに言う。
「大丈夫」
セレスティアは外套を整え、腰を下ろした。
会が始まっても、視線は集まらない。
進行も、意見の整理も、誰か別の人が担っている。
以前なら、
少しの沈黙で視線が飛んできた。
今日は、違う。
「この案、どう思います?」
「現場の負担は?」
「段階的にいこう」
言葉は自然に回り、
詰まりそうになると、別の誰かが拾う。
セレスティアは、ただ聞いていた。
「公爵令嬢」
不意に呼ばれ、顔を上げる。
「確認だけ、お願いできますか」
「ええ」
内容を聞き、短く頷く。
「問題ないと思うわ」
それだけ。
期待されている答えは、
もっと重たいものだったはず。
判断。
方向性。
最終決定。
でも、今は違う。
会が終わると、若い官僚が近づいてきた。
「今日は……
気楽でした」
「そう」
「期待されてないって、
こんな感じなんですね」
セレスティアは、少しだけ笑った。
「楽でしょう?」
「はい」
その返事は、迷いがなかった。
夕方、廊下を歩きながら考える。
期待される席は、
確かに力を持つ。
でも、
期待されない席には、
呼吸がある。
悪女は、期待されない席に座る。
何かを背負わされない場所。
そこから見る景色は、
ずいぶんと広い。
窓の外、空が少し赤い。
今日も、
誰かが自分の役を見つけた。
それでいい。
セレスティアは、
静かに歩き出した。




