第85話「悪女は、評価を数えなくなる」
その日、城の掲示板が妙に騒がしかった。
新しい施策の一覧。
担当者名が、やけに多い。
「名前、増えたね」
ルシアが紙を眺めながら言う。
「ええ」
セレスティアは、ちらりと目を向けただけで頷いた。
「以前は、
三つくらいの名前に集約されてたのに」
「集約しなくなったのね」
「いいこと?」
「たぶん」
昼の休憩時間、庭では小さな輪がいくつもできていた。
議論というほど堅くなく、
雑談よりは少し真剣。
「これ、うまくいったら評価どうなるんだろ」
「共同扱いじゃない?」
「それでもいいよ」
そんな声が、風に乗って聞こえる。
セレスティアは、少し離れた場所で立ち止まった。
評価。
称賛。
責任。
以前は、それらが一箇所に集まることを、
誰もが当たり前だと思っていた。
「最近、点数つけにくいよね」
ルシアが言う。
「誰が一番、とか」
「ええ」
セレスティアは微笑む。
「数えにくいものは、
無理に数えなくていい」
午後、若い官僚が訪ねてきた。
「この前の件ですが……
成果報告に、公爵令嬢のお名前を」
「不要よ」
遮るように言う。
「でも、関与は……」
「結果が残るなら、
名前はなくてもいい」
彼は、しばらく黙ってから、深く頭を下げた。
「……わかりました」
去っていく背中は、どこか軽そうだった。
夕方、書斎で一人になる。
帳簿も、報告も、
特別な赤字はない。
「数字が静かね」
悪女は、評価を数えなくなる。
何点取ったか、
誰より上か。
そんなものより、
止まっていないかどうか。
進んでいるかどうか。
窓の外では、
今日も人が行き交っている。
誰が主役かわからないまま、
それでも物語は続く。
セレスティアは、そっとカーテンを閉めた。
静かな夜。
それで、十分だ。




